第10話、急変
「随分とイケメンだねえ、バードルさんよ」
ガンと、床に転がるは黄金と黒の甲冑。その中身は、すでになく――
慧太は、元は王族が使っていただろう個室を見回す。
第一軍の幹部が割り当てられた城の一角。居住区画で待ち伏せていれば誰か来るだろうと踏んでいたが、やってきたのは第一軍の副将、バードルだった。
勇猛なる精鋭、第一軍の将とはいえ、まったく予想だにしていない場所での不意打ちにはなす術がなかった。
休もうとしたベッドが、まさか姿を変える怪物の擬態だったとは。
結果、彼はベッドに座った瞬間、食虫植物の広げた口に飛び込んだ虫の如く挟まれ、抵抗する間もなく慧太に飲み込まれる結果となった。
「……しかし、普通、鎧着たままベットに入ろうとするものかね……?」
答える者もいない室内で慧太は呟く。ひょっとしたら寝るのではなく、ただベッドに座ろうとしただけかもしれない。ちょっとした休憩というやつで。……まあ、いまさらどうでもいいが。
副将のバードルを喰らったことで、より第一軍の構造がわかってきた。同時に、バードルが指揮官であるサターナを神の如く崇拝し、好意を抱いていることも。
――余計な記憶だ。
慧太は顔をしかめる。これまで喰ってきた魔人兵は、すでに数えきれない。もちろん、百にはぜんぜん届いていないのはわかっているが、そのどれもが指揮官であるサターナに対して悪い感情を抱いていなかった。
つまり、いい上司、いい上官。話のわかる指揮官として、将校、兵たちから人気があるということだ。……おまけに美人らしい。
実物は見ていないが、普段から近くにいるバードルを喰ったことで、そのイメージがより鮮明に浮かんでくる。……他のに比べて、やや美化され過ぎている気もするが。
とはいえ、美女だからといって見逃すことはない。
彼女は国ひとつを滅ぼした軍を率い、王都で獲得した人間の捕虜を、晩餐の食材として兵や魔獣らに振る舞ったのだ。その中には、慧太のクラスメイトも含まれていた。魔人兵の記憶から、それが誰だったか今ではわかっている。
サッカー部の墨田。友人ではなかったが、クラスでは割と活発に声をかけていたやつだ。……仇はとる。
――ここから、どうしたものか。
慧太は、自らの影から椅子を作り出し、それに座って考え込む。
もうあと何人か指揮官を喰らうか。それともサターナに仕掛けるか。
まだ王座の間を去ってさほど時間が経っていない。もう少し後の時間にすれば、寝込んでいるだろう彼女を襲うことも――いや暗殺しやすくなるのではないか。
どう殺してやろうか――慧太は思考の海に考えを沈ませる。
寝ているところを討つのが一番面倒がないはずだ。抵抗されることなく、さっさと始末できる。
だがそれでいいのか、という想い。自分も含めた三十人の高校生を殺し、関わりがないとはいえ、この国の人間を魔獣のエサにした女だ。
惨たらしく、存分に死の恐怖を与えながら、何の関係もなかったクラスメイトの無念をぶつけてから、あの世に送ってやるべきではないか。
たぎるのは憎悪。魔人への
その時だった。
トントン、と扉がノックされた。慧太はビクリと固まる。開けられたらまずい――
『バードル様、お休みですか?』
魔人語のそれ。慧太はとっさに喉をいじり、バードル、その記憶をたどる。
『なんだ?』
極力声を真似たつもり……なのだが、そういえば彼の声をほとんど聞いていないことを今更思い出した。――だめだ、これはバレた……!
『は、サターナ様より第一軍全軍に急な命令が出まして――』
バレてない? 訝しげな慧太を無視して、扉の向こうの声が続ける。
『ただちに本国へ戻る、と』
『レリエンディールに?』
慧太はバレなかったことを幸いとばかりに、その姿をバードルのものに変える。
『は、本国で急を要する件が起きたようで……。先ほど本国からの使者がサターナ様に面会しました』
『いったい何が起きたと言うのだ?』
『わかりません。ですが、サターナ様は人間の国の侵攻を中止し、ただちに本国へ引き返すと』
わけがわからない――
『話は分かった。ただちにサターナ様の命令を実行に移せ』
『は、閣下』
コルドマリンの副官は足早にその場を去った。……バードルにもっとも近い副官にバレなかったのは、慧太の変身が完璧だったのか、彼が今回の事態に冷静さを失っていたのか。
慧太はバードルの思考をもとに、彼の口調を浮かぶまま演じてみたが、どうにも不安が拭えなかった。……こんな状態でサターナと会話するのは、さすがに正体を見破られてしまうのではないか。
「だが――」
通路の向こうでは兵らが行きかい、騒がしい。状況を把握するのが先か――慧太は王座の間のほうへと歩を向ける。
この騒ぎでは、サターナが眠るのを待つなどというのは無理な相談だろう。何が起こっているのか確かめて、それから行動を決めよう。
間違っても、他の誰かがいる状況でサターナを暗殺するのはリスクが高すぎる。殺る時は、彼女が一人の時。その機会を掴むためにも、まずは情報を得るのが先だ。
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