第9話、魔人軍の女将軍
『おい、豚野郎。こんなところで寝ているんじゃねえ!』
狼顔の魔人、スキロデ人が、通路に横たる
スキロデ人は屈強な上半身に比べ、下半身がやや華奢に見える逆三角形の体躯を持つ種族だ。狼型に変身する能力を持つが、その大きさは狼より虎やライオンに近い。
『おら、起きろ!』
狼魔人が、セプラン人の腹を蹴飛ばす。蹴飛ばされた魔人はしかし反応が鈍かった。ぶるぶると震えるようにその場にうずくまっている。
『なんだ、病気か……』
しょうがねえな――スキロデ人がしゃがみこんだその時、不意に背後から――影から人影が盛り上がる。
『なっ……!』
振り返ったスキロデ人の顔面に斧がめり込んだ。
『ガァア……!?』
とっさにあげかけた悲鳴。だがスキロデ人は今度はセプラン人が伸ばした手に身体を押さえ込まれてしまう。何がなんだかわからないうちに、さらに一撃、二撃と叩き込まれ、狼魔人は絶命した。
その身体は押さえ込んでいる豚顔魔人の身体に取り込まれていく。
「これで九人目……」
トカゲ顔のカラドクラン人は日本語でそう告げた。慧太である。そして豚顔魔人の姿をしているのは、慧太の身体から分離した分身体である。
スプーシオ城内。慧太の孤独な戦いは続いていた。ひとりでいる魔人を見かければ、それを奇襲して殺害する。
そしてそれを喰らう。
すると取り込んだ種族のことや言葉、その記憶が慧太のものとなる。同時に、自らの身体も少しずつ大きくなっている。
とはいえ、それでは行動するのにも邪魔なので、変身技能を活かして大きくしている部分を影に一体化させていた。はたから見れば、ふつうの魔人だが、実は地面に面している部分のほうが大きいという状態だ。……変身できる身体でなかったら、今頃どれくらいの大きさになっていただろう、と慧太は思うのだ。
分身体であるセプラン人を再び影に取り込む。すると今喰らったスキロデ人の記憶なども慧太に入ってきた。喰っていくことに慣れつつあるのか、頭痛にさいなまれる期間も短くなってきていた。
だが、まだ足りない。慧太含めた三十人の高校生、それと同数の魔人をまだ殺していない……!
――いまのは中隊長か……。
喰らった魔人の記憶の糸を辿る。現在の魔人の軍勢のことも、だんだんわかってきた。
現在、スプーシオ城に駐屯するこの軍勢はレリエンディールという国の軍らしい。その中でも精鋭と呼ばれる七つの軍のうちひとつであり、第一軍と称している部隊である。
戦竜――人間をエサにしていた黒い竜型魔獣のことだ――などの魔獣を主力として、敵対する戦力の戦列を正面から破砕、
スプーシオ王国侵略の尖兵として本国を離れた第一軍は、いまのところ向かうところ敵なし。各所で王国軍を撃破し、王都に攻め込んだようだ。そしてその王都も陥落し、いまやスプーシオ王国は崩壊しようとしている。
――とりあえず……。
慧太は目標を定める。たった一人の襲撃で一個軍――万を超える魔人と魔獣を殺すことは無理だ。……実際に王都にいるのは三千ほどだがそれでも数が多すぎる。いずれどこかで気づかれる。
であるなら、『頭』を仕留める。
レリエンディール第一軍の指揮官――この王都にいるボスを殺害するのだ。
奴らの目論見を潰してやれば、それは復讐としては充分な戦果だろう。たった一人の慧太でもできる、もっとも効果的な反撃だ。
できるはずだ。一人のところを狙えば。
そして変身する能力を使えば。
第一軍指揮官、サターナ・リュコスを暗殺することくらいは。
・ ・ ・
かつて人類と大陸の覇権を賭けて戦った魔人勢力。伝説によれば白銀の勇者に率いられた人類勢力に敗北した魔人勢力は暗黒大陸へと追放された。
暗黒大陸は過酷で貧しい土地だ。追放された魔人たちの、人類に対する憎しみの感情は深い。
魔人の国レリエンディール――魔人たちは再び人類に牙を剥いた。かつての栄華を取り戻さんがために。
その先鋒たる魔人軍第一軍指揮官、サターナは七大貴族と呼ばれる国の中枢を担う一族の筆頭、リュコス家の娘だった。
長く伸びる黒髪。しかし黒一色ではなく、炎のような赤が混じる不思議な髪をしている。
人の顔をもつのは魔人の中でもディブル人と呼ばれる上位種族である。
非常に整った顔立ちの美女であり、どこか肉食獣を思わす眼光の持ち主だ。人間でいえば二十そこそこに見える。その耳は狼のそれ、背中には折りたたまれた漆黒の翼。背もたれのない椅子に腰掛けているのは、彼女の臀部の上に竜を思わす尻尾が生えているからだ。
そう、竜だ。リュコスの一族には竜の血が入っている。その尻尾も翼も竜のそれである。
闇色の鱗模様の甲冑をまとう彼女は王座の間で、配下からの報告を満足げな表情で聞いていた。
『第十一重装歩兵連隊、ならびに第一戦竜連隊第三大隊は、北部域にて王都奪還を目指す人類軍五千を撃破しました、姫君。ただいま残敵の掃討にかかっております』
報告する青い肌の魔人――コルドマリン人の将軍は恭しく告げる。
『これでスプーシオ王国における障害となりうる敵は壊滅したといってよいでしょう』
『結構。……非常によろしいわ』
サターナは右手に持っていた軍扇(ぐんせん)を左手の平に打ちつけた。
『バートル、王都から逃げた連中は討ち取れたかしら?』
居並ぶ将校のなか、三日月を思わす角を生やしたディブル人の男が一歩進み出た。痩身だが、その身に付けた甲冑は黄金と黒と煌びやかだ。
『は、サターナ様。その件につきましては何も心配しておりません』
これ以上指示を出すまでなく、確実に任務を遂行するだろう――という答えだ。サターナは軍扇を畳み、自身の肩を軽くぽんぽんと叩く。
『それでは我が第一軍は、この国の完全制圧に王手をかけた、とみていいわね』
将校団が頭を下げた。おめでとうございます、姫君――かつての魔王の血を引くリュコス家の娘である。
サターナは上機嫌で席を立った。
『これでお父様にもよい報告ができそうよ。……あなたたちもよくやってくれたわ。明日は休養日にあてる。ゆっくりと休みなさい』
ははっ――将校団が再び頭をたれるのを背中に感じながら、サターナは王座の間を去った。
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