第8話、カラドクラン人
「正気か、慧太!」
クライツは周囲に声が響かないように落としながら、しかし語気を強めた。
「魔人と戦うつもりかよ!」
「……もう決めた」
慧太は真っ直ぐクライツを見つめた。
「わけもわからず殺されたり、獣のエサにされたり……何でそんな目にオレたちが遭わなきゃいけない。……そうなるために生きてきたわけじゃない。ここで終わりとか、そんなのあんまりだろう!」
無残に奪われた未来。進学か就職か、あるいは別の道か。将来に夢を抱き努力していた奴もいただろう。家族――両親だったり、兄弟姉妹だったり、色々な想いを持って生きていた。それを無慈悲に奪われることの無念。
慧太は怒りをたぎらせていた。
――魔人を殺す! 魔人に無慈悲な死を与える! お前たちが奪ってきた人間たちと同じ無念、悔しさを抱かせて地獄に送ってやる!
「だがどうやって……っ!?」
クライツは大げさな身振りで言った。
「オレたちに、いやお前に何ができる! ただのガキが、あの屈強な魔人とどう戦う?」
「もう、ただのガキじゃないだろ」
慧太は怯まない。
「もう、オレたちの身体は人間とは違う。あいつらが人間を喰うなら、オレもあいつらを喰ってやる」
「……そうかよ。ああ、わかった。勝手にしろ」
クライツは身を翻すと、手をひらひらと振った。
「お前とは上手くやっていけると思ったけど、お前がそのつもりならしょうがない。ここでお別れだ」
「クライツ……」
「オレは死にたくない」
彼は、さっさと言ってしまう。
「復讐とか敵討ちとか、お前の理由だろ。オレには関係ない。じゃあな。二度と会うことはないだろうよ」
「……ああ、そうだな」
慧太は
「達者でな。クライツ」
・ ・ ・
トカゲ顔の魔人は、通路に置かれている木箱を怪訝な目で見た。
何故、ここに置いてあるのか? 誰かが運んでいた? わからない。
魔人兵はその木箱に触れる。意外に重そうだった。何が入っているのか――上蓋に手をかけ、中身を拝見。
中は空っぽだった。いや内側全体が黒く塗装されているのか真っ黒で、よくわからない。本当に何もないか覗き込む。
その時だった。
突然黒い影のようなものが魔人兵の肩を掴み、引きずりこむ。凄まじい力。ついでに上蓋が閉まり、魔人兵の胴体を挟み込む。
グサリと身体に何か突起物が数本食い込んだ。ナイフ――いやそれは牙の様に鋭い歯だった。意識が飲み込まれ、ついでトカゲ顔の魔人は、木箱にその身体を喰われながら中に引きずり込まれた。
それは『ミミック』と呼ばれる架空の怪物。宝箱などに擬態し、犠牲者がかかるのをじっと待ちうけ、時がきたら襲い掛かる。
やがて――木箱は、人の形になった。いや、その顔はトカゲ顔の魔人。カラドクラン人と彼らが呼ぶ魔人種族の姿に。
だがカラドクランの戦士は頭を軽く抑え、近くの壁へともたれる。
そこへ別の魔人種族――黄色い肌の豚のような顔をした兵士が二人、通路に現れる。その二人は、自分より上背のあるトカゲ顔の魔人兵を見て、少し距離を置きながら近くを通ろうとする。まるで腫れ物に触るみたいな態度である。
カラドクランの戦士は口を開いた。
『ジロジロみてンじゃねェよ……投げ捨テるぞ』
豚顔の魔人兵二人は、逃げるようにその場を去った。トカゲ顔の魔人は口もとを揉む。魔人言語で喋ったつもりだが少し噛んだような――
カラドクラン人――それは慧太が化けた姿だった。ミミックに化け、カラドクラン人を喰った後、今度はその姿に化けたのだ。
これで堂々と城内を歩ける。ついでに魔人たちの言葉なども、完璧ではないがだいたい理解できるようになった……はずだ。
ちなみにカラドクラン人訛りの魔人語を喋ったつもりだが、どうもトカゲ喋りに慣れていないせいで、うまく発音できなかったような気がしている。……そこは要訓練だろうか。
無意識に舌が出る。周囲の臭いを少し強く感じたような。……このカラドクラン人の特徴だろうか、と少し首をかしげながら、ようやく頭痛も解け、慧太は歩き出した。
すると、通路の向こうから同胞――カラドクラン人の兵士がやってきた。
『よう』と片手を挙げたのは、どうも知り合いのようだ。記憶をたどるが、すっと出てこなかった。
『どうした?』
先方が怪訝な顔になった。――はたから見ると変化がないように見えるが、カラドクラン人を喰った影響か、その些細な変化が何となくわかるようになっていた。
『いいヤ』
なんでもないと答えたつもりだったが、相手はなおも首を捻った。
『なんだ、舌でも焦がしたか?』
『なんでもネエよ』
慧太は同胞の横をすり抜け――次の瞬間、背後から飛び掛り、その脳天に具現化させたダガーを突き刺した。
『ガッ!?』
そのまま脳をかき回すようにダガーを動かせば、そのカラドクランの戦士はガクリと力が抜けて倒れた。
『アァ……』
慧太は周囲に目を配る。薄暗い通路ではあるが、カラドクラン人の目ではそこまで暗くはなかった。魔人の気配はなし。
さて――
死んだ同胞を抱えつつ、慧太はその場に座り込む。そして自らの影に沈めるように、同胞を喰らう。……何も口から喰うこともないのだ。黒くドロリとした身体は、その気になれば目も口もどこでも移動できる。この影の部分をそのまま口にしても、何の問題もないのから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます