第7話、エサ


 スプーシオ城は、魔人の軍勢が拠点としていた。

 城門まわりは破壊されていて、城壁や中央の城もところどころ壊れ、戦闘の跡が生々しく残る。

 夜にも関わらず、多くの魔人兵が行きかい、時に喧騒けんそうや獣の咆哮が聞こえてきた。


 中庭の見える通路、高さからして二階部分だろう。煌々こうこうと炊かれた松明で明るい中庭には、魔人兵の集団が晩餐ばんさんの肉を喰らっていた。庭の端に積み上げられている服や靴、鎧などを見ると、魔人兵らが何の肉を喰っているのか想像したくなかった。


「しっ」


 先導するクライツが壁に張り付き、人差し指を立てた。慧太も壁に背を預ける。

 靴音が通路、進行方向から聞こえてくる。一人……二人か。

 隠れるところが何もない石畳の通路だ。引き返す? そう思った時には、すでに猪顔の魔人兵らが向こうから現れる。

 息を殺し、壁に張り付く、張り付く。


 ドス、ドスと見るからに腹の出ている魔人兵が肩で風をきるように歩く。それがクライツと慧太の前を通り過ぎ――通路の向こうへ消えた。


「……はぁ……」


 壁からせり上がるように石壁模様から、もとの色、姿に戻るクライツ。慧太もまた同様だ。壁に同化するように身体を限界まで伸ばし、一体化していたのだ。


「ほんと、姿を変えられるというのは便利だよな」

「ああ」


 同意である。そうでなければ発見され、騒ぎになっていただろう。


「でも、ぶっちゃけ、いちいち変身するのも緊張する」

「いっそ石壁模様になって壁に張り付いて移動するか」


 そんな話をしつつ、慧太とクライツは城内を進んだ。この変身技能がなかったら、こうも楽に進めなかっただろう。


「なあ、中庭通って城門行く必要あるか?」


 クライツの声。壁に薄く張り付き移動しているので、その姿はほとんど見分けがつかない。


「というと?」

「だってさ、その気になれば城壁だって張り付いて登れるし、そこから城の外に出れるじゃん。……と、今気づいた」

「なるほど」


 何も馬鹿正直に城門を通っていく必要はないわけだ。実を言うと、その中庭に通じる出入り口近くまで来ているのだが、先ほどまでと比べて魔人兵の往来が激しくなっていた。

 いくら隠れているとはいえ、わざわざ魔人が大勢いる場所を通るのはリスクが大きい。万が一でも気づかれたら――圧倒的多数の魔人兵に取り囲まれるのがオチだ。不死身かもしれない身体でも、そうなっては切り抜けられる気がしなかった。

 

「そうしよう」


 慧太は同意した。元きた通路を引き返し、城門前中庭を避けて城の西側へと向かう。そこもまたひらけた庭があって、さらに十数メートル先に城壁がそびえる。


 壁から離れ、人型に戻る。城壁まで走り、そこからまた壁に張り付いて上に登り、そこから脱出だ。


「やめろ、殺さないでーっ!」

「助けてくれっ!」


 悲鳴じみた声が聞こえてきた。切羽詰った、あまりに悲痛なその声。

 だが次の瞬間、耳をつんざくような咆哮が響いてきた。その腹から響くような重低音。猛獣にしてはその声の迫力は桁違いだった。


「うあああああっ――――」


 絶叫が途切れる。悲鳴が連続し、それらもやがて収まる。慧太たちが見れば、そこには黒い鱗を持ったドラゴンのような魔獣が数頭、堂々とした体躯を誇示しながら『エサ』をモシャモシャと喰っていた。何がエサなのかは言うまでも無いだろう。


「……ひでぇことしやがる」


 クライツは顔面蒼白だった。絶句する慧太。

 生きた人間を竜型魔獣の食事にしているのだ。次のエサとして、後ろ手に縛られた人々が連れてこられる。男も女も関係なく。すでに何が起きているかわかっているのだろう。口々に「やめてくれ」と言い、ある者は泣き、ある者は魔人に慈悲を乞うている。だが魔人兵らは小首をかしげるばかりだ。……たぶん言葉が通じていないのだ。慧太は思わず口もとに手を当てた。


「慧太、行こう……」


 クライツが言った。この場にいてもどうすることもできない――その意味を理解する。だが慧太は動けない。本当に何もできないのか。あの人たちを見殺しにするしかないのか?


 だが実際、変身はできても魔人兵にすら立ち向かえない自分に何ができるだろうか。魔人より遥かに強そうな竜型魔獣が数頭いて、だ。


 無理だ。助けられない。


 慧太は唇を噛む。非力だ。無力だ。


「慧太……!」


 クライツが重ねて呼びかけた。慧太は頷き、しかしふと視線の先に、白い何かに気づいた。先ほど喰われた一団のものか、それより前かはわからない。縛られた人々が並べられる中、魔人兵の一人が、その白い何かを拾った。


 ――……っ!


 思わず声に出そうになった。


 白い何かは、何の変哲もない靴だった。

 スニーカーだ。この世界にはおそらくないだろうそれ。やや汚れたスニーカーがそこにあった理由――慧太はそれに思い至り思考が吹っ飛んだ。


 ――クラスの誰かだ……!


 魔人の襲撃の中、生きていた者がいたのか。

 いや、しかしそこに靴だけある時点で、その誰かは、竜型魔獣のエサとして喰われたのだろう。最後の生き残りだったかもしれない生徒の。


 知ってるうちの誰かだ。誰かはわからない。だが知っていた奴だ。仲がよかったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。だが慧太の中で、何かが切れる音がした。


「……畜生」


 目の前が真っ赤に染まるようだった。わき上がるのは憤怒。


 ――許さない……!

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