第6話、箱が運ばれて


 魔人兵らは道を進む。散乱する人間たちの落し物をよけ、時に蹴飛ばしながら。


 正直、ヒヤヒヤしながら慧太はじっとしていた。魔人らの足がすぐそばを通過した時は、心臓――実際はないはずなのだが――がこれ以上ないほどドクドクと激しく鼓動しているようだった。

 ……同じように、近くにあった大きめの黒い箱を魔獣がその上を踏み越えた時も、やはり緊張した。


 先頭の一団は素通りした。


 慧太、そしてクライツは安堵する。

 成功だ。変身できるという能力を使って、慧太は宝箱じみた幅一メートルほどの木箱、クライツはやはり黒塗りの大きめの箱に化けた。


 お互いに声をかけようかと思われた時、魔人兵の後続部隊がやってきて、再び気を入れなおした。

 今度の連中は、人間の落としものを回収していた。何か有用なものがないか、集めているのだろう。


 ――おいおい、ちょっと待て……!


 ひょいひょいと魔人たちは拾った箱などを軽々と持ち上げ、馬車の荷台へと載せていく。当然のごとく、クライツ、そして慧太が化ける箱もそちらに運ばれる。


 近くで魔人兵の一人が叫んだ。荷台いっぱいに詰まれた荷物。おそらくこれ以上載せられないと言っているのだと思う。案の定、馬車は反転して、元きた道を引き返し始めた。


 ――これはヤバイやつか……?


 動くこともできず、慧太はじっと息を潜める。

 馬車のまわりには護衛とおぼしき魔人兵がついていた。クライツはどうするつもりか。同じく荷台に載せられている黒箱を見やるが、こちらも動きはなかった。

 とりあえずじっとして見つからないように努力をしつつ、隙を見て逃げ出すという方向なのだろう。


 慧太は木箱の姿のまま、移動する馬車に揺られる。地面がむき出しの道は、想像以上にでこぼこしていていて、周りの箱の角がガンガンと当たってきた。……別に痛くはないのだが、道中ずっとそれが気になった。



 ・  ・  ・



 馬車が止まったのは三度。

 一度目は廃墟となった村、おそらくパルタ村だろう。そこで別の馬車に荷物を積み替え。慧太たちは当然ながら箱のままなので、新しい馬車に載せられた。

 二度目は何もない道中。魔人兵たちが休憩をとったのだ。この隙に逃げ出すべきか。そう思ってクライツの化ける箱を見たが、動きはなかった。……どうやら逃げるタイミングではないらしい。

 そして三度目は、目的地だった。

 半壊した城――それはスプーシオ城。


 慧太とクラスメイトたちが召喚されたあの場所。つまり、振り出しに戻ってきたわけである。


 日が落ち、あたりはすっかり夜だった。煌々と松明の炎がいたるところで灯されている。

 破壊された城門を馬車は進む。

 城の中庭へ――そこは慧太たちが魔人の軍勢と対峙し、皆殺しにされた場所である。クラスメイトたちは殺され、慧太もまたあの得体の知れない黒い塊に喰われた……。


 馬車は止まり、魔人兵らによって荷物が降ろされる。木箱慧太はトカゲ顔の、黒い箱クライツは鬼顔の魔人兵によって運ばれる。魔人兵らの声がそこかしろで聞こえてきたが、いずれも何を言っているのかさっぱりわからなかった。


 しばらく歩いた先は、城の倉庫区画だった。

 石造りの床に置かれていく箱。すでに数十の大小さまざまな箱が並べられていた。そこにいた別の魔人兵の一団が箱の中身を検める。入っているものを確認し、それを別の場所へと運んだり、小物だと自身のポケットに突っ込んだりしていた。


 ――どうしよう……。


 慧太は考える。箱の姿に化けてはいるが、中身は空っぽだ。何か中に入れておかないと不自然ではないか。


 何を入れておく? お金? ……いや、オレはこの世界のお金は知らないぞ――と思ったらおぼろ気ながら、お金のイメージが浮かぶ。たぶん、クライツが見たお金のイメージだろう。だが何となくはっきりしないのは、彼の記憶力があいまいなのか適当なのか……そういや彼、慧太の学生服を真似た時、左右逆にしてたっけ。


 そうこうしているうちに、クライツの化ける箱が開けられた。

 彼はどうしているのか。慧太がじっと観察していると、魔人兵らは顔を見合わせ、首を振って箱を閉めた。……どうやら空っぽだったようだ。


 ――あー、それでいいんだ……。


 別に中身なくたって箱は箱だから。

 続く慧太の番。獅子顔の魔人兵が手を伸ばし、上蓋を持ち上げる。宝箱じみたその姿に期待していただろう魔人兵はしかし、中身のないそれを見やり舌打ちした。

 蓋を荒々しく閉めると、連続して空っぽだったことが腹に据えかねたのか、思い切り蹴飛ばしてきた。木箱慧太は宙を飛び派手に転がった。


 視界が何回転もした。思わず痛いと反射的に思ったが、当たった衝撃こそあるが、言うほど痛いわけでもない。熱くもないのにとっさに「あつっ!」とか言ってしまうあれだ。


 どれくらいそうしていたか。あらかた中身を確認し終えた魔人兵らは倉庫を去っていった。

 物音ひとつしなくなって魔人の気配がなくなった後、慧太は変身を解き、もとの人の身体に戻った。


 そのまま大の字で床に寝転がれば、小さな笑い声が聞こえた。

 クライツだ。彼も箱から変身を解いて、元の姿になっていた。


「災難だったな、慧太」

「まったくだ」


 お腹まわりをさする。蹴飛ばされたあたりに違和感。クライツは倉庫の出口に視線をやる。


「それよりここは魔人の巣窟だぞ。……さっさとズラかろうぜ」

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