第3話、衝動


 身体は動く。まるで初めてではないかのように。

 盗賊たちが武器を振るう。ナイフが、斧の刃が刺さる。だがそれだけだった。


 痛くない。


 おかしなことに、傷つけられてもまったく痛みを感じなかった。

 ああ、やっぱり夢の中なんだ、という思いと、この身体すげぇ、という思いがない交ぜになる。

 湧き上がる殺人衝動が身体を動かし、盗賊たちを血祭りに上げる。


 ――僕は、人を殺してる……?


 ――ざまあみろ、オレを殺そうとするからだ!


 相反した感情。


「ば、化け物っ――ぐぇぇっ!?」


 最後の盗賊――アーバンが斧を身体に食い込まされ絶命した。

 慧太けいたの呼吸は荒らぶる。肺が空気を求めて――だがその時に思考に言葉が浮かぶ。


 ――肺ってなんだ?


 その意味がわからなかった。何を言っているのだ、僕は、オレは――

 どくん、と再び衝動的な何かが浮かぶ上がる。


 ――喰いタイ……!


 喰うって何を? 慧太は視線が泳ぐ。その定まった先にあったのは、盗賊たちの血に塗れた死体。


 クイタイ。喰いタイ。喰いたい!


 何かがそう身体を動かす。慧太は自分の意思とは別のそれに操られるように、死体のもとへ。

 その時になってイメージが割り込む。


 盗賊――クライツという男が慧太に喰われる寸前の光景。


 そして慧太が、黒くドロドロとした塊に覆いかぶさられ喰われる寸前の景色。


 ――ああ、そうか。


 慧太は理解した。

 本当の自分は、すでに死んでいるのだ。

 あの黒いスライムの化け物みたいな奴に喰われたのだ。


 ――オレは、僕は……。


 人間ではなくなった。あの化け物になってしまったのだ。

 のちに慧太はその化け物の名前を知ることになる。

 姿を変える化け物――変幻自在のシェイプシフター。



 ・  ・  ・



 自分が一度死んでいることを認めたら、気分がすこぶる楽になった。

 言ってみれば幽霊みたいなもので、一度死んだのだからもう死ぬことはないという心理だ。斧で切られてもナイフで刺されても痛くもなかったという経験が、そのような気持ちにさせたのだ。

 ……もちろん、それは錯覚なのだが、それを慧太が知るのはもう少し先のことだ。


 とにかく、幽霊ではなく実体をもった状態で生きているのだ。人間ではないが、ひょっとしたら人間以上の身体で。

 空腹感は感じなくなっていた。……盗賊を六人も喰らったせいだろうか。だが喰らった影響なのか、その直後から思考がまとまらず、一晩中頭を抱えてのたうつことになったが。


 翌朝、ようやく落ち着いた慧太は、思考を整理することにした。

 いまの状況、自分がどんな身体になったのかを。


 目の前にいるのは、無精ひげを生やしたバンダナ男。

 盗賊仲間からクライツと呼ばれていた男だ。ふけ顔だが、これでも二十歳らしい。


「ふけ顔で悪かったな、慧太」


 クライツは胡坐あぐらをかき、拗ねたように言った。

 同じく座る慧太は苦笑する。


「そうはいうけどな、クライツ。じゃあ、聞くがあんたにはオレが幾つに見える?」


 ちなみに慧太は西方語を喋っている。この世界の住人……盗賊らを喰ったことでその記憶が混ざり合った結果だ。とはいえ、正しい言葉遣いができているかは正直怪しい。

 クライツは睨むように目を細くした。


「十五?」

「十七だ」


 日本人は外国人から見たら幼く見えるというが本当らしい。クライツは肩をすくめた。


「まあ、外見のことはいい。……しかし、すげえなこの身体」

「うん」


 慧太とクライツ。時々、慧太の思考に干渉していたのが盗賊である彼だ。

 そして今は、慧太の身体から分裂して、クライツの身体を構成している。彼の意思もまたそちらに移っている。


 分裂できるのだ。


 あの黒くドロドロした塊で、この身体は出来ている。そしてこの服も。

 慧太は学生服姿の自身を見やる。


「学生服、ねぇ」


 クライツの盗賊衣装が、慧太の学生服に瞬時に変わった。……恐ろしく似合っていなかった。あと、ポケットの位置が左右逆だ。


 分裂だけではない。身体の大きさはもちろん、変身すらできる。クライツのいう『凄い』という身体とはそういうことだ。


 人間ではない。だがそれを悲観する気持ちはほとんどなかった。いまの身体への関心、好奇心のほうがそれを遥かに勝っていたからだった。

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