第4話、新しい身体
「変わった身なりだから、てっきり貴族の子供かと思ったけど」
クライツは気楽な口調で言った。
「そうじゃなかったんだなぁ」
「……」
中世風世界観の人間から見れば、現代の服もそう見えるらしい。
「服だけじゃない」
クライツは右手を開くと、そこから一本のナイフを作り出した。自らの身体の中から生えてきたようにも見える黒い塊は、たちまち金属の刃を持つ武器と変わった。
「武器だって自由自在だ」
ナイフから斧、剣と次々に形を変える。
「しかも――」
クライツは剣で、自らの左手を傷つけた。小指が落ちたが、出血もなければ彼は痛がるそぶりも見せない。
「ひょっとしてオレたち不死身?」
クライツは左手の小指を拾うと、元の位置にくっつける仕草をする。まるで瞬間接着剤でつけたように小指は元通りになった。
「どうだろうか?」
「まあ、少なくとも心臓刺されても死なないのは確かだ」
クライツはポンポンと自分の左胸のあたりを叩いた。
血が出ないから、どこまで大丈夫なのか。彼はおそれ知らずにも自身の身体を切り開いたり、心臓を探ろうとした。結果は、臓器らしきものも存在せず、身体を構成している中身は黒い塊だということがわかった。
「分身ができる」
慧太(けいた)は自身の右手を前に出せば、そこから身体の一部を分離させる。どろっとした黒い塊が地面に流れるように落ちて、そこから高さ二十センチくらいの黒いスライム状のものを作る。
ぷるぷると震えるように動くそれは、慧太が右に行けと念じれば右にのそのそ動き、逆もまた同じだった。
「どういうことだろうな」
クライツは顎に手を当て、無精ひげをかいた。
「オレはお前に喰われた。お前の中でオレという意識はあったし、分離した時そっちに移ることもできた」
だけど――クライツは、慧太の作った小さなスライムもどきを、ぽむぽむと叩く。
「あの後、お前はオレの仲間――いや殺そうとしてきたからもう仲間じゃねえけど、あいつらの意識とかが現れて、オレみたいにこの身体に生まれ変わってもおかしくないと思うんだが」
「……そういうの、まったく感じられないんだよな」
慧太もか――クライツは自身の身体を見下ろした。
「最初は何か紐が絡むように頭ん中がグニャグニャしてたんだけど、今はそういうのないし」
「この黒い塊に喰われた人間でも、意識が残る人間とそうじゃない人間がいる?」
慧太が推測を口にすれば、クライツも頷いた。
「そういうことになるのかなぁ。……まあ、オレも慧太も運がよかったってことかな」
適当な調子でクライツは言った。深く考えてもわからないから投げたようだった。一度とりこんで意識が重なったせいか、会って間もないのに相手のことがわかるようだ。慧太ももちろん、クライツもそうだ。特に服のことを教えていないのに、彼は『学生服』とはっきり言ったのだから。
「それで、今の状況だけど」
慧太が話を変える。クライツは表情を険しくさせた。
「ああ、ここはスプーシオって王国だ。今いる場所は、王都から三里ほど離れたパルタって村の近くだ」
ちなみにこの近くに、クライツのいた小さな盗賊団のアジトがある。ただそこでは使いパシリのような扱いを受けていて、団にあまりいい感情を抱いていなかったようだった。
「で、この国は魔人の軍勢の侵略を受けている。王都は陥落したって話だけど――」
「しただろうな、たぶん」
慧太はその王都にある城に召喚され、魔人の軍勢と戦わされたのだ。
「あー、ほんとひでえ話だよな」
その時の記憶を共有しているようで、クライツは気の毒そうな顔をした。
「わけもわからず呼び出されて、皆殺しだもんな。前々からこの国の王様は気に入らなかったけど、とんだクズ野郎だぜ」
「勇者か……」
子供の頃、漫画やアニメでそういった特別な存在に憧れたことはある。だが『勇者』などは所詮、作り物。自分とは無縁だと思って今を生きていたのだ。それが別世界の勇者を召喚するという儀式に引っ張られ、この世界に転移した。運命というか皮肉だ。慧太も含め、巻き込まれた三十人は不運だったとしかいいようがない。
「もしかしたら、その中に本物の勇者がいたりしてな」
クライツが言えば、慧太は唇の端を吊り上げた。
「だったとしても、もう死んでるよ」
召喚直後に全滅。本当に勇者召喚に成功したとしても、成長する前に死んでしまっては意味がない。……つまり、今となってはどうでもいいことだ。深く考えたところで時間は戻せないし、死んだ奴が甦ることもない。
「問題はこれからどうするか、だが」
慧太の言葉に、クライツは立ち上がった。
「そうさな。オレたちは魔人軍が迫ってるって聞いたから、ここから離れようとしていたんだ――」
言いかけたところで、何かしらの物音が聞こえた。とっさに二人は音の方向を見やる。
複数の音、足音が勢いを増して近づいてくる。
二人は近くの茂みに素早く身を隠す。
集団がこちら――目の前の細い道を走ってくるのが見えた。馬の牽く車やら家財道具を積み込んだ荷車、荷物を抱えた人々の群れ。
どうやら近くにあるという村の住民たちのようだった。
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