第2話

 お母さんが連れて来てくれたのは、『ファミリーレストラン』というお店でした。

 たくさんの人間がいて、あかりはお母さんの手をギュッとにぎってしまいました。お母さんは微笑んで、キュッとにぎり返してくれました。少し落ち着いたあかりは、お料理のいい匂いに気づきました。

「いらっしゃいませ」

 お店には、同じ服を来たお姉さんたちがいて、中の一人が席に案内してくれました。


「ここはね、色んなお料理が食べられるお店なの。色々あるのよ、見てごらんなさい」

 お母さんはテーブルに置いてあった、メニューを開きます。写真がいっぱいで、見たことのないお料理がたくさんのっています。

「好きな物を選びなさいね。どれでもいいわよ?」

 目を輝かせているあかりを、お母さんは笑って見ています。


「お母さん、パフェとケーキ、どっちがいいかな…」

 どちらもきれいでかわいくて、初めて見るお料理なのです。

「パフェとケーキ? そうね、どっちも頼んで、半分こしましょうか」

「いいの? うわぁ、お母さん大好き!」

「ふふ。お母さんもね、どっちも食べたいのよ」


 お母さんがテーブルの隅に置いてあるボタンを押すと、お姉さんが来てくれました。お母さんはなれた様子でお料理を注文します。

 チョコレートパフェとショートケーキ。飲み物は、メロンソーダと紅茶を頼みました。


「お待たせしました」

 お姉さんは、銀色のお盆に4つをいっぺんに乗せて、持ってきてくれました。すごいです。


 茶色いアイスクリームと、白いアイスクリームにチョコレートがかかったパフェ。生クリームや果物も乗っていて、とてもきれいです。

 甘くて冷たくて、初めて食べる味でした。ケーキもふわっとして、口の中でとろけるみたいです。海の中でも甘いお菓子はあるけれど、こんな味は初めてでした。

 メロンソーダは口の中でシュワシュワするのです。陸は面白いことばかりです。


 お母さんと半分こして、あっという間に食べ終わってしまった気がします。

「おいしかったね、お母さん」

「そうね。お母さんも久しぶりに食べて、とてもおいしかったわ。さ、そろそろ帰りましょう」


 お母さんは、レジでお金を払います。

 紙のお金は初めて見ました。お母さんが持って来た袋には、いろいろな物が入っています。


 外に出ると、さっきよりも暗くなっていました。車が、みんな目を光らせていました。

「暗くなってくると、車には特に気を付けないといけないの。運転している人が、歩いている人を見にくくなるのよ。だから、暗くなる前に帰って来ないといけないの」

「うん、気を付ける」

 あかりは、目の光った車がとても恐ろしく感じました。


 これで陸の勉強は大丈夫でしょう。自信がついたあかりは、明日あの子の家に行けるとウキウキしています。

 お母さんと岩陰で着替えたら、海の中のお家へ帰ります。


 お家には、お父さんが帰ってきていました。

 お母さんは「急に出かけてごめんなさいね」と謝って、夜ご飯を作ります。あ母さんは、ちゃんとお父さんに手紙を書いていたのです。それでもお父さんは、陸に行った二人を心配していたのでした。


 あかりがお父さんに、お出かけが楽しかったお話しをしたら、とてもさびしそうな顔をしたので、今度はお父さんと二人で陸に出かける約束をしました。

 お母さんは、あかりの夜ご飯を少なくしてくれました。──あかりもお母さんも、お腹が空いていなかったのです。




 次の日の朝です。尾っぽが痛いです。ぶつけたところも痛いです。

 お父さんに聞いたら、筋肉痛と打ち身だと教えてくれました。普段使わない筋肉を使ったから、痛いらしいです。なれて来たら痛くなくなるし、ぶつけたところは、時間がたてば痛くなくなるそうです。


 お母さんから、かわいいお花のカバンをもらいました。

「この中に入れておいたものは、ぬれないのよ。陸でぬらしたくない大事な物を見つけたら、この中に入れておきなさいね」

 昨日お母さんが持っていたカバンも、ぬれないカバンだったと教えてくれました。だから紙のお金が乾いていたのか、と今になって気がついたのでした。


 あの子との約束の時間。早めに来て着替えていたあかりとお母さんは、浜辺で待っていました。

「ごめんね、待たせちゃったかな? あ、お母さんですか? こんにちは。立花さやかです」

「こんにちは。あかりの母です」

「あかりです」


「あかりちゃん」

「さやかちゃん」

 二人はうふふ、と顔を見合わせて笑いあいました。


「今日はあかりの先生になってくれるんですってね。ありがとう。」

「あかりちゃんは、大事なマフラーを見つけてくれたんです。私、昨日からずっと、一緒に編み物するのを楽しみにしていました」

「あかりは外国育ちで、日本のことがよくわからないの。迷惑かけたら、ごめんなさいね」

「大丈夫だよ、お母さん。私、勉強したもの」

「大丈夫です。私がついてますから」


 お母さんは、さやかちゃんの家までついて来てくれました。心配しなくても大丈夫なのに。


「ただいま! おばあちゃん、あかりちゃん来てくれたの」

 家の奥から、おばあちゃんが出むかえてくれます。

「あかりちゃん、いらっしゃい。マフラーを見つけてくれて、ありがとう。どうぞ、上がってちょうだい」

 あかりは、ぺこりと頭を下げた。

お母さんに言われたとおり、「おじゃまします」と言ってから、靴を脱いで上がりました。


 『縁側えんがわ』という場所で、毛糸を見せてもらいます。毛糸を編むとマフラーになったり、手袋になったりするの、とさやかが教えてくれました。

「そうそう、さやか。マフラー乾いたよ」

 おばあちゃんが持ってきたのは、あかりが拾った白いマフラーでした。冷たくビチャビチャにぬれていたマフラーは、きれいなふわふわに戻っていました。

「きれいになった! ありがとう、おばあちゃん」

 マフラーにさわらせてもらうと、思っていたとおり、ふわふわな手ざわりでした。

「本当に私にも作れるのかな?」

「作れるよ。私とおばあちゃんがついているもの」


 かぎ針編みを教わることになりました。

 一番初めに教わったのは、かぎ針の持ち方です。

 次は、あやとりのひもを編むのです。あかりは『くさり編み』が上手く出来なくて、穴の大きさがそろいません。見本に作ってくれたさやかちゃんのひもは、きれいにそろっているのに。

 悲しい顔をしていると、おばあちゃんが言いました。

「初めてにしては、きれいにできているよ。むすんで、ひもにしてみましょうね」

 ひもを輪にして結びました。


 おばあちゃんはあやとりを教えてくれました。あかりの作ったひもを両手の指にかけて、おばあちゃんのまねをします。

「そろってなくても、気にならないね」

 あかりはすっかりうれしくなってしまいました。あやとりも知らなかったので、おばあちゃんとさやかが優しく教えてくれます。あやとりなんて初めてで、とても楽しいのです。うれしくなって、たくさんひもを編んでいたら、『くさり』がきれいにそろうようになりました。

 おばあちゃんは、飲み物を入れてくると言って、台所に向かいました。


「あかりちゃん、のみこみが早いね。きっと、マフラーもすぐに作れちゃうよ」

「先生がいいもの。ありがとう」

「お礼はまだ早いよ? 次はコースター編んでみよう!」

 四角く編むコースターの作り方を教えてくれるそうです。


 太いかぎ針と太い毛糸を用意。くさり編みを12目作って、二段目を初めて編みました。

「ここにかぎ針を入れて、毛糸をひっかけて、引っ張り出すの」

 さやかに言われた通りに、ぎこちない手つきで一目一目編んでいきます。

「出来た!」

 仕上げの糸の始末まで、1人で出来ました。ひもと違って、本物の『編み物』です。一本の毛糸がコースターになるなんて、まるで魔法のようでした。

「すごいね、編み物になったよ! さやかちゃん、うれしい!」


 そこへ、おばあちゃんが戻ってきました。

「あらあら、もうコースターが完成したの? 一休みしましょうか」

 お盆に乗せて持って来てくれたのは、オレンジジュースとおまんじゅうでした。おばあちゃんの分は、温かいお茶です。


 縁側の隣の『たたみ』部屋のテーブルに、おばあちゃんは三人分並べました。

「わーい。あかりちゃん、このおまんじゅう美味しいのよ。早く食べよう」

「いただきます」そう言った三人の声は、ピタリとそろいました。そして、おかしいねと笑いあったのです。

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