マフラーと人魚
山口はな
第1話
女の子が海岸を歩いています。首と手には、ふわふわした暖かそうな物を身に着けています。──誰かに呼ばれたのでしょうか。あわてて走って行ってしまいました。
首に巻いたふわふわが、するりと落ちたことに気づかずに。ふわふわは海に落ちて、波が沖へと運びます。
(あのふわふわした物は何だろう?)
海の中から見ていたのは、あかりと言う名の人魚の女の子でした。あかりはふわふわを追いかけます。尾をふたけりもしない間に、それをつかまえました。
ふわふわだった物。つかまえたのは、白くて長いものでした。あの子が巻いていた時は、暖かそうだったのにべちゃっとして、冷たいのです。
あかりは、海で織られた布で作られた服を着ています。海の中でも暖かく、陸に上がっても乾いている、そんな不思議な布でした。けれどふわふわしてはいないのです。
あの子が戻ってきました。砂浜を探しながら歩いています。落としたふわふわを探しているのでしょう。あかりは迷ったけれど、音を立てないように泳いで、岩かげからそっと話しかけました。
「あなたが探しているのは、これ?」
「わあ! ありがとう。あなたが拾ってくれたのね。これね、おばあちゃんとおそろいで編んだマフラーだったの。見つかって、うれしい!」
「編む? それは編んで作ったの?」
「そうよ。編み物知らない?」
あかりは首を横に振ります。ぬれていて、よくわからなかったけれど、こんな布は見たことがありません。太いひもが組み合わさってできている、不思議な物です。
「編み物ってむずかしい?」
「ちょっぴりむずかしいけど、なれればだいじょうぶ。見つけてくれたお礼に教えてあげよっか?」
「いいの?」
「うん! 家に行こう。ここじゃ寒いもん」
「お家に? ……お母さんにお願いしてくる。明日でもいい?」
「うん! 明日のこの時間に、ここで待ち合わせしよう! 本当にありがとう。またね!」
「またね」の言葉がうれしくて、あかりはニコニコして、「またね」を返しました。明日、行かせてもらえるといいな、そう思いながら。
女の子が階段を上って、帰っていくのを見送ってから、パシャンと、海へ帰ります。
家に帰るとすぐに、あかりはお母さんにお願いに行きました。
「お母さん、明日陸に上がりたいの。お願い」
「急にどうしたの? 陸は危ないのよ? あなたが海から来たことが知られたら、捕まってしまうわ」
あかりは今日の出来事を話しました。マフラーを見つけたお礼に、編み物を教えてくれることを。
「……そう。お母さんが会ってみて、いい子だとわかったら、行かせてあげる」
「うれしい。ありがとう、お母さん!」
「気が早いわよ?」
「だってあの子、いい子だもの。絶対に大丈夫」
名前も聞き忘れた人間の女の子ですが、なぜか仲良くなれる気がしていたのです。
「それなら、行けると思って準備をしましょう。陸に上がる時の注意、しっかり頭に入れてちょうだい」
お母さんは、あかりの目を見て、ゆっくりと話をしてくれました。
「陸には道があるの。真ん中を歩いてはダメよ。道の端を通りなさい。車という大きな乗り物に殺されてしまうわ。道には信号という物があって、赤と青に光ります。青になったら、道を渡れますからね。それと、人間の家に入るときは、靴を脱いでね。『おじゃまします』とあいさつすること」
「お母さん、靴ってなあに?」
「そうね。一度陸に行きましょう。教えてあげるわ」
お母さんは、荷物を袋に入れて準備をしました。手をつないで、陸へお出かけです。
海から顔を出すと、薄暗くなり始めていました。
「いい? しっかりと人がいないことを確認してから、陸にあがるのよ。右も左も前も、全部見てね」
「はい。右見て、左見て、前も見て、うん大丈夫」
「それでは行きましょう」
一度海に潜ってから、陸からは見えないであろう岩陰に隠れます。
「このスカートをはきなさい。」
お母さんが渡してくれたのは、赤いひらひらしたスカートでした。はくと、尾っぽが足になりました。
「お母さん、すごいよ。あの子と同じ足になった!」
見ると、お母さんもスカートをはいて、足になっていました。お母さんのスカートも私と同じ、赤色です。ひらひらしていたら、おそろいなのに。少し残念でした。
お母さんは、靴下のはき方を教えてくれます。これには時間がかかってしまいました。尾っぽが二つになっているのが、変な感じなのです。時間がかかったけれど、何とかはくことができました。
次が靴です。運動靴という、はきやすい靴でした。
お母さんは、薄くて、長くつながっているものをはこうとしています。とっても大変そう。私は靴下で良かった、とあかりは思いました。
薄くて長いものをはいたお母さんは、『かかと』という部分が高い、形のきれいな靴をはきます。大人の女性がはく靴らしいです。
「さあ、少し歩いてみましょうか」
あかりはお母さんと手をつなぎました。
砂浜は、面白い感触です。水に近いぬれている砂の上を歩くと、足跡が残りました。乾いているところは、少し歩きにくい。人は、こんな風に歩いていたんだ。だんだん歩くのになれて来て、少し早く歩いてみます。
二本の足が交互に動くのが面白く感じて、もっと早く交互に動かしてみようと頑張ってみました。
「うふふ。面白いね、お母さん。お母さん?」
いつの間にか、お母さんの手を離してしまっていました。あわてて、お母さんの所にもどります。
大人の女性用の靴は、歩きにくいのだそうです。『かかと』の部分が、砂にめり込んでいます。
あかりはお母さんの手をしっかり握って、一緒にゆっくりと歩きました。
道の渡り方を教えてもらうために、『階段』というものを上ります。足を持ち上げる感覚が分からなくて、あかりはつまずいてしまいした。べちょっと階段に手をつくと、ぶつけた足と手が痛かったです。
お母さんが手を貸して、起こしてくれました。
もう一度挑戦です。手で片足の『太もも』を持ち上げて、一段上に乗せました。もう片方も持ち上げて、これで一段上れました。
お母さんは片足ずつ、器用に持ち上げて上っていきます。私もやってみよう、と手で持たないで上ってみました。
「よいしょ。よいしょ」
ゆっくり、ゆっくり。片足ずつ交互に持ち上げるコツが、わかった気がします。お母さんのように登れるようになったら、階段の上までたどり着いていました。
階段の上には、石で出来たでこぼこのない道が、どこまでも続いていました。
目が光る『車』というものが通って行きます。イルカよりも早いので、びっくりしました。
「あら、イルカもあのくらいのスピードなら出せるわよ。あなたは本気の速さを知らないだけ。だけど、車が本気を出したら、イルカより早く走れるのは確かだわ。」
「イルカも車もすごいのね。」
あかりはお母さんと手をつないで、ゆっくりと道の端っこを歩きます。
信号も教えてもらいました。『横断歩道』を青になってから渡ります。今から特別に、いいところに連れて行ってくれるそうです。
どこに行くのかな。とっても楽しみです。
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