第11話 危険な女
アルヴィドを宿に送り届けた後、ルドルフは愛用のコルセスカを取りにいく。
また怪物と出くわさないか彼は警戒していたが、何事もなく、時たま角笛の音が心地よく耳を触る、いつもの日常が戻っていた。
結局ルドルフは何の成果も得られぬまま、足を引き摺りつつ宿屋へと引き返すと、部屋に戻っていった。
そして自身に回復魔法を掛けると、ル装備も脱がぬまま床についた。
少しばかり仮眠を取って、朝を迎えても、ルドルフの疲れは抜け切らない。
翌朝目覚めると外傷は癒えており、昨日受けたダメージは一見完治しているように見えたが、体に少し違和感がある。
彼に残ったのは、疲労と徒労感だけだった。
冒険者たるもの、肉体管理はしておかないと。
しかしルドルフは、もっと寝ていたい気持ちを堪え、ハンナに感謝の意を伝えようと一階に降りた。
いつ帰ってくるともしれないルドルフを、夜分遅くまで待っていた彼女に、彼は頭が上がらなかったのだ。
「ハンナさん。昨日はありがとうございました」
僕は彼女に、深々と礼をした。
親しい間柄だからこそ、礼節を欠くような真似はしたくなかった。
「いいのよ、そんなこと。それより、トレヴァーさんについてなんだけど……」
いきなりトレヴァーの名を出され、ルドルフは気が動転する。
彼女の話では夕方から翌朝に掛けて、見回りをしていた夜警が、計七名犠牲になったらしい。
しかし教会に安置していた遺体の内、トレヴァーのものだけが行方知れずのまま見当たらないようだ。
その時、ルドルフは気が付いた。
―――昨日見たものは白昼夢などではなく、正真正銘トレヴァーの遺体だったということに。
「昨日、心当たりないの?」
ハンナが訪ねたが茫然自失したルドルフに、その言葉は届かない。
どういう魔物が、トレヴァーの遺体を動かしていたのか、同定するのでルドルフの頭の中は一杯だった。
自分自身の中で、昨夜の出来事を消化したかったのだ。
霊体の魔物の仕業だろうか。
よし、後で《幻獣図鑑》を読んで、確かめてみるとしよう。
ルドルフが、そそくさと階段を上がろうとした時
「大見得切った割には、随分情けないなぁ、オイ」
ガハハと大口を開けて下品に笑いながら、出入口に座り込んでいる髪の逆立った男が、ルドルフを侮蔑した。
「ええ、そうですね。力及ばず申し訳ありませんでした」
貴方からの依頼という訳でもないのに、何故謝罪する必要があるのだ。
そう思いつつも、ルドルフは平身低頭謝まった。
あまりにも不可解極まりない事件で、ルクスの冒険者総出でも解決する事は敵わなかっただろう。
だが、事実は事実。
眉間に皺を寄せ、不快感を露わにしながらも、ルドルフは否定できなかった。
そして何より不快な会話を切り上げて、一刻も早く休養を取りたかったのだ。
「こりゃ、いいや。とんだ間抜けがいたもんだぜ、ハハハ……」
「おいおい、しっかりしてくれよ。ケケ……」
失敗を嘲笑う男たちにも、ルドルフは何も言い返さなかった。
自分で事件解決に導けなかったのに、責任を感じていたことは勿論だが、何よりも人間と獣人に数では敵わない。
それに街中で魔術をブッ放そうものなら、犯罪者として処刑されかねない。
もし危害を加えてしまえば、僕を排除する正当性を、彼らに与えてしまう。
それが自分だけで済めばいいが、他のハーフエルフにまで、アルヴィドにまで魔の手が及びかねない。
自分のようなハーフエルフは少数派で、彼ら人間、獣人は多数派だ。
感情を逆撫でしては、他人にまで迷惑を掛けてしまう。
やり過ごすのが賢明だ。
「……落ち着け」
昂ぶる感情を律する為に、自分にしか届かない声量で言い聞かせた。
余計、僕のような少数派の立場が悪くなってしまう。
「こんな役立たずに俺らの仕事が奪われてると思うと癪だぜ」
「同じ人間なのにダンの野郎も、こいつの味方をしやがるしな……。いざとなったら、アイツも俺たちで……」
ダンの名前を出され、ルドルフの脳は瞬く間に覚醒した。
懸念していた通り、肩を持った人間は見境なく襲うつもりだ。
かばった人たちにまで、飛び火するなんて。
僕が憎いなら、僕を襲えばいいのに……。
―――こいつら、狂っている!
ルドルフの堪忍袋の緒は、限界を迎えていた。
「文句があるなら、僕に言うのが筋だろう! ダンさんや、周りの人たちは関係ないだろう!」
「さぁ、何のことやら。ハーフエルフの言っていることが分かりませんなぁ」
ならず者の集団は、余裕綽々とルドルフの言葉を聞き流す。
「とぼけやがって……! もし彼に手を出したら、只じゃすまないぞ」
感情のままに、ルドルフは言葉を紡ぐ。
「聞いたかよ、今の」
「怖いねぇ……。何しでかすか分からねぇ」
冒険者としての腕は、自分の方が遥かに上だ。
何故、こうも余裕でいられるのか。
ルドルフは、すぐにそれを察した。
手を出さないと知っているから、おちょくっているのだ。
ルドルフの腸が煮えくり返る。
とはいえ、危害を加えれば自分が悪者になってしまうから、先手を打つわけにはいかない。
ルドルフはハンナに、熱視線を送る。
彼女に手を出すのであれば、容赦しないと覚悟を胸に抱きながら。
「ルドルフ君、平気? 酷いわね、あいつら」
眼が合ったハンナが、ルドルフに同情する。
「いやいや、僕が情けないのがいけないんですよ」
ハンナが自嘲したルドルフを励ますが、同調してはいけない。
彼女の心の暖かさに、甘えてはいけない。
ずっとここで暮らしていく彼女を思えば、自分が悪者でいることも、ルドルフは苦ではなかった
「ルドルフくんが文句言われる筋合いはないでしょ! ルドルフくんでも解決できなかったのに、貴方たちにどうこうできるわけないじゃない!」
「あぁん、ハンナ!? テメェ、俺たちがこいつに劣ってるとでもいいたいのかよ」
「彼に《冒険者組合》の仕事が奪われているのだって、元はと言えばアンタたちが、依頼をノロノロやってるのが悪いんでしょ!」
普段の温厚な姿から想像できない、敵意の込められた言葉。
人間である彼女が、僕の為に……。
ルドルフの胸の奥が、仄かに熱を帯びていく。
しかし嬉しい反面、ルドルフは複雑な心境だった。
本来であれば、 好意を向けられるのは嬉しいものだ。
だが僕を庇えば庇うほどに、彼女に向けられる人々の憎悪も膨れ上がっていく。
ハンナの事は、恋愛感情抜きにして、人として好きだ。
だが自分と関わって、酷い目に合わされるしまうくらいなら、いっそ嫌ってくれた方がいい。
相反する感情が、ルドルフの心を苦しめた。
「あの、ハンナさん。いいですから。啖呵を切って飛び出して、失敗したのは事実なわけで」
僕なんかをかばったら、彼女にまで被害が及びかねない。
自分に振りかかる火の粉を払えるのは、戦える人間だけ。
彼女は力がない以上、むやみやたらと喧嘩を売るべきではない。
不測の事態を考えると、ルドルフはハンナに注意せざるを得なかった。
それにおめおめ逃げ去ったことは、決して褒められた行動とは呼べないのだから。
「大体貴方も悪いのよ! 怒らないから、コイツらが図に乗るの」
僕なりに後先を考えているのだが、彼女からしたら、ナヨナヨした弱虫にしか映っていないのだろう。
「……ハハハ、そうですね。僕が全部悪いんですよ。ハンナさんの言う通りです。治さないといけませんね」
「そういう所が駄目なのよ、もーっ!」
彼女の爆発した感情は、収まりそうになかった。
ルドルフがハンナの一挙手一投足に注視しつつ、冒険者の連中とルドルフが睨み合っていると、思わぬ訪問者が宿屋に訪れる。
「お話の所失礼するわ」
「貴方は……」
昨日市街で見掛けた女性だ。
確か名前は……。
「アデルよ」
疑問に思いながらも、ルドルフはハンナを凝視する。
「アデル様、何か御用ですか」
「えっと、この可愛い子は、ルドルフくんの……」
深い間柄だと、勘違いされても困る。
僕と彼女の関係性は、素直に言うべきだろう。
ルドルフはハンナに、あったことを喋り始めた。
「彼女はアデルさん、昨日知り合った女性で……」
「ええ、冒険に同行させてくれると言ってくれたわね。それと呼び捨てで構わないから」
ルドルフとハンナの会話に割って入ると、 薄い笑みを浮かべた。
「えっ……」
思わずルドルフは頓狂な声を出す。
昨日も今日も、一言も連れていくとは言ってないのに。
まさか、既成事実を作ろうというのか。
どうやら僕が思う以上に、彼女は厚かましいようだ。
文句の一つも言いたくなったが、、父母が伝説的英雄の冒険者よりも、社会的な地位は上流階級である彼女の方が高いに違いない。
どうすれば、彼女は諦めてくれるのか。
ルドルフは頭を悩ませた。
だが言葉に詰まるも、連れていく気はないという意志だけは変わらなかった。
「……先日、丁重にお断りした筈ですが」
「ええーっ、呼び捨てで呼びよう関係なのぉ? ルドルフくんも隅に置けないわねぇ。こんな女の子引っ掛けるなんてさぁ」
猿のように紅潮させてハンナは腕組みし、うんうん頷いている。
今、彼女の脳内では、僕と彼女はどれだけ親しい男女なのだろうか。
「あのー、僕とアデルさんはただの……」
「仲のいい男女は、みーんなそう言うのよ。でしょ、アデルちゃん」
「フフフ……私とルドルフがどういう関係かは、貴方のご想像にお任せするわ」
また勘違いされるような発言を。
ルドルフは憎しみを込めて、アデルをジッと見つめた。
このままでは、なし崩し的に彼女を同行しなければならなくなる。
全く面倒なことをしてくれる。
「さぁ、何のことだか忘れてしまいましたね……。他の方を当たってみては、如何でしょう」
「貴方がいいから……。駄目かしらね」
猫撫で声で、彼女は言う。
張り付いたような笑みで、ルドルフは何やら裏のありそうに感じた。
推測の域を出ないが、彼女には冒険しなければならない、何らかの理由があるのだろう。
星の数ほど冒険者などいるのに、何故僕に固執するのだろうか。
「あら、つれないわね……」
「僕の気は変わりません。どうかお引き取りを」
素性が知れないが、下手に出ておかないといけない。
やりづらさを覚えつつも、ルドルフはアデルにへりくだった。
迂闊に答えれば、父や母にまで面倒ごとに巻き込みかねないと判断してのことだった。
「貴方の言い分も分かるわ。見るからにひ弱なな女が、冒険に付いてこれるのか不安なんでしょう。つまり実力を示せばいいのかしら」
心を読まれているのか。
ぎょっとしたルドルフの瞳孔が、幾分か大きく開く。
「アデルさん……。貴方は、いったい何をするつもりなんですか」
「まぁ、無理もないわ。だったら、こいつらで試し撃ちしてあげても構わないわよ。クズどもに囲まれている貴方にとっても、悪くない提案でしょう? 鬱陶しいから、まとめて灰にしてもいいわよねぇ……」
アデルは不自然なほど口角を吊り上げて、白い歯を覗かせる。
彼女の邪悪な微笑みに、ルドルフは肝を冷やした。
本気だ。
この女は、本気でやりかねない。
でも、そんなことが出来るのか。
いたぶられる姿を見られたら、さぞ気分も高揚するだろう。
復讐されないのをいいことに、散々馬鹿にされているルドルフにとって、アデルの提案は花の蜜のように甘美であったが、理性がそれを止めた。
「ぜ、絶対に駄目ですよ。僕が許しません」
「ええ、この子にそんなこと出来るの?」
眼を輝かせて、ハンナはアデルに好奇の目を向けた。
いくら柄の悪い相手とはいえ、暴力で解決するのを期待したらいけないだろうに。
「誰が誰を灰にするってェ、お嬢ちゃん」
彼女の挑発的な発言に、案の定、柄の悪い男たちが彼女に突っ掛かってくる。
当たり前だ。
彼らといえど、曲がりなりにも冒険者稼業で生計を立ててきた誇りがある。
愚弄するかのような発言の数々を浴びせられると、冒険者たちは赤布を見て興奮した闘牛のように、アデルの元へと向かっていった。
このままでは、 アデルにも被害が及ぶ。
彼女の実力が、どれほどのものかは分からない。
だが追い払えば、危険なハーフエルフとして袋叩きにあっても可笑しくない上、ダンにも暴力が振るわれる。
彼は、理性と感情の板挟みになっていた。
だが、答えは一つだった。
勝手に連れていくと約束したことにされたのは 腹が立つ。
しかし、これとそれとは別問題だ。
一時の感情を彼女を見捨てれば、あとあと後悔するだろう。
考えた末、ルドルフは男とアデルの間に立ちはだかった。
「邪魔なんだよ。それともテメェが餓鬼の代わりに、いたぶられるのかよ」
「女性には優しく接さないと、でないと、いい女性が寄ってきませんよ。ねっ……」
「ああん? 誰だテメェは。チンチクリンのクソガキの保護者か。だったら、しっかり教育……しなッ!」
苛立った男は、いきなりルドルフを力任せに殴る。
あまりの突然の出来事に反応が間に合わず、ルドルフは地面に倒れ込む。
殴られた後の彼の口腔内には、血特有の鉄の臭いが充満した。
うがいでもするみたいに、口から血を吐き出すと、ルドルフは大男を睨みつける。
「ああん、やんのかい。小僧」
突然の流血沙汰に、宿屋中が騒然となる。
しかし観衆の殆どが、被害者であるルドルフとアデルではなく、殴った男の味方についていた。
「いいぞぉ、もっとやっちまえ! 」
「ヒャハハハ、殺せ殺せぇ! 前から気に食わなかったんだよォ、そいつはよ!」
いけ好かないハーフエルフと、まるで得体の知れない女。
幾らでも暴力を振るっても構わない見世物としては、お誂(あつら)えの存在だった。
「ルドルフくん、大丈夫? ウチの店で暴力沙汰なんていい度胸じゃないの、アンタたち全員出禁よ、出禁! 出ていきなさい!」
激昂したハンナは、その場にいた全員に向かって何度も雷を落とす。
「やられっ放しでみっともないわねぇ。貴方が本気を出せば、このゴロツキ共なんて一瞬で始末できるでしょうに」
黙り込んでいたアデルが、ルドルフを見下ろしつつ問い掛ける。
彼女は首を傾げ、純粋に不思議そうにしていた。
何故力を誇示して、この場を切り抜けないのかと。
「……僕は貴方と違って、自分の快不快で殺戮など行いませんよ。法と秩序を乱す者、人の命を奪おうとする者。そういう人物以外は……」
「秩序に従おうが従うまいが、人殺しは人殺しだと思うのだけれど。見せしめの処刑だって、一個人の殺人を国が代行しただけなんだから」
いいたいだけ言うと、アデルは背を向けた。
「しかし騒がしいわねぇ……。この男、始末しましょうか。いいでしょう、英雄の御子息様」
「おい、糞餓鬼。今、なんつった?」
「私が貴方を、よ。なるべく平易に伝えたつもりなのだけれど、これでも分からないかしら。貴方の頭では」
髪を掻き上げて、アデルは自分の凸を指差す。
「私に勝ちたいんでしょう、早く掛かってきなさいな。私は目と鼻の先よ。襲われないと、私がやり返せないじゃないの」
煽りの台詞を吐く度に、アデルの口許が徐々に歪んでいく。
絶対の自信に満ち満ちている。
絶対に負けないという確信か。
それとも、自分を大きく見せたいが為の虚勢か。
「お前みてぇなチンチクリンが勝てる訳ねぇだろーが、糞餓鬼」
「口だけなら何とでも言えるわよ。やるのか、やらないのか……。はっきりして下さらない?」
負けじとアデルも、挑発する。
「ほぉ、いい度胸じゃねぇか。女だからって容赦しねぇぞ」
「薄気味悪いガキだし、やめといた方がいいんじゃ……」
「何だよ、こいつ……。気持ち悪いっスよ、兄貴」
アデルの放つ余裕と威圧感、言い知れぬ雰囲気に気圧されたのか、一人また一人と、彼女から遠ざかっていく。
「御託はいいから、かかってらっしゃい。それとも命が惜しいのかしら」
「ほぅ、口の減らない嬢ちゃんだ。あの世で後悔するんだなッ」
あの身長差、体格差では絶対に敵わない。
頭の中でごちゃごちゃと考えるより早く、ルドルフの体は動いた。
「おい、止めろォッ!」
「邪魔すんじゃねェ、坊主。引っ込んでろォ」
飛び掛かったルドルフは、壁に叩きつけられる。
―――まずい、このままでは彼女が……。
と思っても、何処かを痛めたのか、体にはまるで力が入らなかった。
「好き放題言ってくれンじゃねぇかよ、糞餓鬼。次はテメェだ!」
ルドルフを突き飛ばした男は間髪入れず、アデルに襲い掛かる。
アデルが殴られそうになった瞬間、思わず目を閉じたルドルフが、恐る恐る目を開くと、信じられない光景が広がっていた。
まるで、夢でも見ているかのようだ。
ルドルフは、驚愕した。
体をグイィッと捻って放たれた、重そうな拳を正面から受け止めたのだ。
小人が知恵で巨人を倒す逸話は、神話でも、両手指で数え切れないほどある。
しかし彼女は、力に対し、更なる力でもって男を圧倒している。
彼女の体の何処に、そんな力があるというのだ。
「あら、図体は大きいのに随分貧弱なのね」
「ど、どうなってやがる。信じられねぇ!」
取り巻きも驚嘆する。
次の瞬間レンガの壁に向かって、自分の身長の二倍はあろう大男を、アデルは小石でも飛ばすように軽々と放り投げた。
投げられた男は、白目で天井を仰いでいる。
「これは殴られたルドルフの分よ。性懲りもなく襲ってくるなら、私の分まで痛い目にあって貰うけど?」
「な、なんだよ。この女は……」
「化け物、化け物だァ!」
冒険者たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
ならず者を追い払うと、アデルは喜色満面に微笑んだ。
「私の考えは変わっていないわよ、英雄さん。見ず知らずの、薄気味悪い女にも親切にする貴方と共に、冒険させて頂戴」
今ので彼女の実力は、よく分かった。
だが、城壁の外には人攫いや盗賊のような、金と女に目の眩んだ連中がウヨウヨしている。
そんな人間たちに捕まるようなことがあれば、人としての尊厳を蹂躙されてしまう。
自分如きが、判断を下していいのだろうか。
ヒリヒリと痺れる頬をさすりながら、ルドルフは思案した。
「アデル様の父君、母君に許可を得ないことには、どうにも……。安全な冒険には護衛が必要でしょうしし、僕の一存では決められませんよ」
慎重に節度を持って 言葉を選んでいく。
「……私の父は居ないわ、だから心配する必要はないのよ」
物憂げな表情で、小さく呟いた。
胡散臭い少女だが、その言葉に嘘偽りはないと、ルドルフは感じた。
「辛い記憶を思い出させてしまったみたいで、申し訳ございません」
聞いてはいけないことだったか。
誰にでも嫌な思い出の一つや二つある。
ルドルフはそれ以上詮索するのを止めた。
「分かりました。同行して構いませんよ……」
「……ありがとう。大丈夫かしら、私の手を取って」
詳しいことは分からない。
だが一言で言い表せない、複雑な事情がありそうだ。
ルドルフはアデルが差し出した手を握り締めると、重たい体を起こし、宿屋を後にした。
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