第4話 幼馴染
ルドルフは宿屋に到着した。
内部はレンガに囲まれた閉塞的な空間で、丸枠のガラス窓が幾つかあるものの光が入ってくるとは言い難い。
朝方や昼間でも薄暗いというのに、夜になると一層闇が濃さを増していく。
長居していると気が滅入る場所だが、ここにはルドルフの張りつめた心をほぐしてくれる存在がいた。
「ルドルフくん、お疲れっ」
水色のシャツに黄色のエプロンを着た、茶髪ポニーテールの女性がルドルフに話し掛けてくる。
彼女は
誰が相手でも態度を変えず、分け隔てなく接する陽気な少女だ。
「いつもお疲れ様です。ハンナさんは僕が怖くないんですか」
ルドルフが問う。
とても素朴な疑問だった。
生まれてから悪事を働いた訳でもないのに嫌われるのは当たり前で、ルドルフに偏見のない人間に会うのが稀だったのだ。
「どうしたの、突然。ルドルフくんが嫌われるようなことしたっけ」あっけらかんと彼女は言う。
裏表がない彼女の言葉だ、恐らく本心なのだろう。
「だってさぁ、私は見慣れてるんだよぉ? こんな客とかね。ルドルフくんなんて、ちっとも怖くないわよ」
歯を剥き出しにして、硬球を鷲掴みにするようなジェスチャーをしながら獣の真似をした。
獣人と暮らしている町人といえど、自分よりも大きな獣人に見下ろされると恐怖を覚えるのか。
「ハハハ、説得力ありますね」
苦々しく笑みを浮かべ、ルドルフは応じる。
「でしょでしょ、ルドルフくんと話してると時間があっという間に過ぎちゃうなぁ」
体を揺らしハンナが大笑すると、ルドルフもつられてはにかんだ。
和やかな雰囲気が、二人の間に流れる。
話に花を咲かせていると、唐突に甲高い声がルドルフの鼓膜を刺激した。
「あーっ、ルドルフくん! ここにいたんだ」
「……ルドルフ、久しぶりだな」
頭頂部の凹んだ中折れ帽、白シャツに茶のベスト、土気色の長ズボン、緑マント姿という出で立ちのハーフエルフの青年アルヴィド。
毛や泥が付着したボロ布の上に革鎧を装備した、猫頭の獣人ダグマル。
共にエルフの里で育った幼馴染だ。
「ねぇ、なんで私たちを置いていったの。ねぇってば」
「……」
忘れる筈がない、子どもの頃に三人が成人したら冒険に行こうと約束したことを。
僕を追ってきたのか、まさか再び出会ってしまうとは。
ルドルフは罪悪感からか、まともに返事ができなかった。
「しらばっくれるつもりかよ。ま、ビル小父さんの血を継いでるもんなぁ。どこでも特別扱いだ、そりゃ気も大きくなるか」
嫌味ったらしく、アルヴィドが言う。
挑発のつもりなのか、口の悪さは相変わらずだ。
父様を侮辱されたかのように感じた僕は、売り言葉に買い言葉で返した。
「特別なのはアルヴィドの方だろう。その弓はアウグスト様から譲り受けたエルフがエルフたる証。ハーフの君には不要なものだ」
月桂樹の弓を指差して、ルドルフは語り掛ける。
「……んだよ。自分が貰えなかったからって嫉妬してんのか? 欲しがればなんでも得られると思ったら大間違いだぜ」
アルヴィドの眉間の皺が、更に深く刻まれる。
「ル、ルドルフくんもアルヴィドくんも喧嘩しないで仲良く、ね」
ルドルフとアルヴィドに交互に視線をやりながら、おろおろとダグマルが喋った。
が、静止しても彼らの怒りは収まらなかった。
「人をおちょくることだけは上手くなったね、アルヴィド。まともに戦っても僕に敵わないから、せめて口だけは勝とうって魂胆かい」
「……面白ェ、喧嘩なら買うぜ。ルドルフくんよぉ」
ルドルフとアルヴィドが睨みあい、火花を散らす。
「また三人で楽しく過ごそう? ねっ」
二人の間に立ちはだかり、ダグマルは同意を求めた。
「はっきり言わせてもらう、君たちは僕の冒険に必要ない。早く里に戻ることだ」
ルドルフは、敢えて突き放すように毒づいた。
ダグマルとアルヴィドを、危険な目に合わせる訳にはいかない。
これからいく先々に、命の危機に直面するだろう。
僕の人生に関わらせては駄目だ。
「……チッ、そうかよ。いくぞ、ダグマル」
アルヴィドはそう言うと、心底不快そうに二階へと昇っていった。
「待ってよ、アルヴィドくん!」
ダグマルはアルヴィドを呼び止める。
が、彼は歩みを止めない。
「酷いよ! あんな言い方あんまりじゃない!」
ルドルフは、ダグマルの言葉に返すことができなかった。
思惑はどうあれ、友達に台詞を吐いたのは事実だ。
ダグマルはアルヴィドを追い掛ける。
二人が去ると
「ね、お友達なんでしょ。よかったの?」
やり取りを間近で見ていたハンナが、ぼそりと呟いた。
「二人は大切な友達ですから。死ぬような目にあわせたくないんです」
「なら、ちゃんと言葉で伝えないとダメだよ」
刀の手入れをする武士のように、彼女はルドルフを凝視して云う。
そうだ、ちゃんと言葉で伝えないと。
心の中でこの台詞が、洞窟の中で声を発した時みたいに騒々しく反響していた。
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