第3話 謎多き少女

クエストの完了の印を押してもらい、ルドルフは冒険者組合を後にした。


「ありがとうございました」


快活な若さに満ちた声で言うと、通りがかった婦人の二人組がルドルフに目を向けた。


「やーねぇ、亜人よ」

「何されるか分かったもんじゃないわ」


こちらの耳に届くくらいの声量で、彼女らは駄弁った。

聞こえていないと思って、好き放題言ってくれる。

眉間と口許にギュッと力を込めて、怒りを呑み込んだ。

二人組がルドルフを見遣ると、肉食動物に追われる草食動物のように一目散に彼の側から離れていった。

もし王様や貴族になったら、こんな風に民衆は僕を避けて平伏するのだろうか。

下らない妄想をしつつ、ルドルフは風を切るように歩を進めた。

陰鬱な心を誤魔化す為に、無理に明るいことを考えるよう努めていたのだ。

十字路に差し掛かる、ここを抜ければ宿屋まであと少しだ。

ほっと一息ついたその時である。


「もし、そこの貴方」


雨が降った訳でもないのに傘を差した、真紅の瞳の見知らぬ少女がルドルフに声を掛けてきた。

肌は雪のように真っ白だが、それとは対照的に艶やかな黒髪が風に吹かれた木葉みたいに揺れていた。

白の姫袖ブラウス、首元にはリボンを模した真っ赤なジャボ、肩を被う黒いケープ、夜の闇のような色合いのスカート。 

ゴシック調の服には汚れ一つなく、身だしなみに気を使っているのが伺えた。

しかし誰だろうか。

見覚えが全くない。

それにルクスの人間たちは青い目だ。

今までの依頼人の中に、赤い目をした女性はいなかった。

だが話し掛けてきたのだから、僕に伝えることがあるのだろう。


「失礼ですが、名前は? どこかでお会いしましたか?」

「初対面だから知らないのは当たり前よ。私の名前はアデル・オブ=ホークショー。貴方と同業者」


この華奢な少女が、本当に冒険者なのだろうか。

それにホークショー家とは、全く聞き覚えのない家名だ。

だがこの立ち振舞い、佇まい、気品。

高貴な家柄の娘であることは、確かなのだろう。

無礼な対応は父様にも迷惑を掛けてしまう。

何度か鼻から息を吸い、ルドルフは虫かごに入れた虫のように暴れる、胸の鼓動を静めた。


「アデル様、私めに何か」


ルドルフはいつも以上に、畏まった口調で接する。


「面倒だから率直に言うわ。貴方と同行させてもらいたいの」


ルドルフは視線を落とした。

僕と一緒に?!

もし噂を承知の上で言っているのなら、とんだ命知らずだ。


「アデル様、私が何者かご存知ですか」

「《殷雷公(いんらいこう)の弟子》ヘンリーと、《隻眼の武人》イングリッドの間に生まれた御子息でしょう」


どうやら僕を知っているのは、間違いないようだ。


「……貴方も噂は、耳にしているでしょう?」


数か月前、彼は数名の冒険者とともに、最近魔物が巨大化、活発化しているマギアイト洞窟の深部へと向かった。

幸い全員命がらがら帰還したものの、何名かは心に傷を抱えてしまい、冒険へ旅立つのを躊躇っているようだ。

英雄の息子であるという重圧から解放されたいが為に、武功を挙げたいが為に、自分本位に行動し仲間を巻き込んでしまった。


「ええ、長耳の怪物だのバカにされているわね」


にこやかに彼女は言った。

小馬鹿にしているのか、落ち込ませないよう気遣っているのか、どちらともとれる曖昧な笑みで。

事情を知っているなら好都合だ。

早く断ってもらわないと。

ですから僕と冒険に向かうのは辞めた方が。

ルドルフが発しようとした刹那


「気にしないで。私は強いから」


自信満々に彼女は答えた。


「あの、アデル様? お気は確かですか」


今の話を聞いて、なお着いてくるというのか。 

ルドルフは驚愕のあまり聞き返した。

僕が知らないだけで、実は高名な冒険者なのだろうか?

……いや、世間知らずな少女が全能感を抱えていると考えるのが自然だろう。 

それに僕のエゴに、他人を巻き込む訳にはいかない。


「ええと、失礼します、僕のことは忘れて下さい」


断りを入れると、ルドルフは脱兎の如く彼女の元から去っていく。


「あっ、ちょっと待ちなさい!」


引き留められるが彼は振り返ることなく、宿屋へと駆けていった。

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