第2話 英雄の息子

赤煉瓦の街並みに、コンクリート剥き出しの構造物がぽつりと建っている。

数百年の歴史を持つ由緒ある《冒険者組合》で、町人の依頼や魔物の討伐を引き受けて金銭を得るための場所だ。

外壁には墨汁を垂らしたかのようなシミがあちこちにあり、初めは本当にここが使われているのか疑問だった。

だがいつしかルドルフは、非日常を求め、あちこちを流離(さすら)う冒険者にぴったりの施設だと考えるようになっていた。

鬱蒼と茂った森の奥にひっそりと建っていそうで、ここに入るのに躊躇するビビりでは、とても冒険者になどなれないからだ。


「失礼します」


ルドルフが《冒険者組合》に入ると、先ほどまで閑静だったのが嘘のようにざわめく。

肩までの長さに伸びた金髪。

快晴の空を思わせる碧眼。

笹の葉のような尖り耳。

三日月状の穂先が美しい、コルセスカと呼ばれる槍。


ルクスの冒険者の中で話題になっているハーフエルフと、恐ろしいほど外見や特徴が酷似していたのだ。

「おい、あれって噂になってる英雄の……」

「ああ、とにかくアイツとは関わらん方がいい。命がいくつあっても足りないからな……」

「そうだな。でも、前に来たヤツと違う見た目だ」


時折ルドルフを見遣り、何かしでかさないか注視しつつ耳打ちする。

彼にとって特別視されることは、子どもの頃からごく普通のことだった。

何かにつけて英雄の息子と呼ばれ、まるで父親の付属品のように扱われる。

一個人のルドルフとしてではない、英雄の息子としてのルドルフの立ち振舞いが期待されていた。

父親に汚名をつける訳にはいかないのだ。

常に正しくあらねばならないと戒め、薄氷を踏む気持ちで生きてきた。

早く用件を済ませて帰ろう。

ルドルフは、職員の立つ木製のカウンターに向かっていく。

タイル床にはアルクレプス大陸を代表する動物たちが、細部に至るまで精巧に彫られていた。

ルクスの国獣であるワタリガラスに、アグニスのノウサギ、どれもまるで今にも動き出しそうな躍動感に溢れている。

しかし、ルドルフの意識はそこにはなかった。

他の動物はともかく、エルフの信仰するオオカミのマス目だけは踏まないように気をつけねば。

足元を注意しながら、彼は泥棒が家屋に侵入した時のようにそろりとつま先立ちで歩いていく。


「相変わらず変な癖だねぇ、ルドルフくん。じゃ、達成した依頼を見せてくれるかい」


つば広の茶帽子にカラスの羽飾り、濡れ羽色のケープを羽織った組合職員が馴れ馴れしく彼の名を呼ぶ。


「はい、ダンさん」


帽子を目深に被っていて表情こそ読めないものの、ダンはニコニコと人のよさそうな柔らかい笑顔を見せる。

と、その時である。


「おい、英雄の息子さんよぉ。俺らの都合も考えちゃあくれねぇかなぁ。アンタもなんか言ってくれよ」


ボロの革鎧を着たスキンヘッドの男が、ルドルフに凄んできたのだ。

次から次に依頼をこなしていく彼に、文句があるようだ。

眼と眼があうや否や、その男はアルコール特有の甘ったるい臭いを吐きかけ、ルドルフは思わず顔を歪めた。


「ルドルフくんは規則を守っている。《月の民》といえど、我々冒険者組合が彼を排除する理由はない」


地を這うかのように低い声で、ダンがきっぱり言う。

≪来るもの拒まず、望む試練を与えよ≫

たとえ新米冒険者にとって無謀なドラゴンやゴーレムなどの危険な魔物とでも、戦える自由を表す格言だ。

これこそが組合の絶対の掟なのであった。


「よそ者はいざって時に戦わねぇ! それに生活がかかってるんだぜ、こいつに好き放題されたら俺たちは生きていけねぇよ!」


オーランドは必死に訴えかける。

が、厳格な秩序の番人であるダンには届かなかった。


「口を慎むんだな、オーランド。ルドルフくんを侮辱するのは、彼の父親であるヘンリー・ウィリアム=エヴァンスを侮辱するのと同義」


そういうとダンは、糸みたいに細い目でオーランドを見据える。


「英雄相手に、お前が敵うとは思えないが……。ルドルフくんのことが嫌いなら、お前が出ていけばいい」

「……ウッ、それがどうしたってんだ」


言葉では強がるものの、みるみるうちに彼の表情から力が抜けていくのが、ルドルフには手に取るように分かった。


「お、お前なんか怖かねぇ! 覚えてろ」


捨て台詞を吐くと、オーランドはそそくさと組合を後にする。

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