有害図書コレクション(ジャンル:チェイス)

【あらすじ】

有害図書。それは日の目を浴びる間もなく、何らかの理由で禁書とされた本。

探偵業を務めている風祭の元に訪れたのは、有害図書コレクターの依頼人だった。

収集を依頼された三冊の有害図書は、どうやら風祭にも関係するらしく……?

有害図書の収集は、やがて社会の闇を暴く騒動へと発展していく。


===


 好き好んで本を読もうとしない人生だった。


 授業で目にした教科書の小説、流行りのベストセラー、映画の原作。どれもがフィクションの延長線上だと知っていたし、そこに現実以上のリアリティを感じることは無い。常識も情緒も道徳も、全ては現実から学ぶべきものだ。

 理不尽だらけで絶望ばかり、忘れかけた時に望みが叶うような、現実社会。

 つまるところ物語は『己の内側に向けた娯楽』でしかなく、だからこそ現実の時間を割いてまで手に取ろうとは思わなかった。


 そう、あの依頼が舞い込むまでは。


「はあ……有害図書、ですか」


 その聞き馴染みのない言葉に、嫌な予感が背筋を伝った。


 対面の質素なソファーに座っているのは、二十代前半の女性。耳元を隠したショートボブは染めておらず、瞳の色と同じく黒い。新卒の大学生が初めてそでを通したようなスーツ姿。肌は陶器とうきのように白く、まったく緊張した様子が見受けられない。


 探偵事務所に訪れるような依頼人は、少なからず不安の色を見せるものだが……この女性からは何の感情も読み取ることができなかった。

 言動、服装、容姿。全てが杓子定規しゃくしじょうぎのように揺ぎなく。

 仕事でつちかってきた観察眼を持ってしても、これには白旗を振らざるを得ない。

 身分証に載っていた薬師寺やくしじ亜美あみという名前も、はたして本当かどうか。


 まるで、物言う人形を相手にしているかのようだ。

 せっかく出したコーヒーも飲みやしない。


「はい。本日、風祭かざまつりさんにご依頼したい内容は――こちらに書かれた有害図書の収集です」


 彼女はビジネスバッグからA4サイズの紙を何枚か手に取り、机に置いた。

 それをいぶかしく手に取った俺は、ざっと流し読む。


「本の収集……この三冊ですか。失礼ですが、ネットショップや古本屋などで見付けられなかったのですか?」


 わざわざ食い扶持ぶちを減らす助言はしたくなかったが、きな臭い依頼は断っておくに越したことはない。個人事業はリスクが命取りだ。ここは当たり障りのないように帰ってもらおう。


「風祭さんは、有害図書という物をご存じでしょうか」

「……いえ、お恥ずかしながら知らないです」

「では、そちらの説明から」


 冷淡に語る依頼人。その話を要約すると、どうやら有害図書というのは『発売前後に何らかの理由で回収するよう行政処分が課された本』ということらしい。


「つまり普通の市場には出回っていない、と」

「その通りです。ですから、ご依頼させていただきました」

「はあ」と息をついて、俺は後頭部らへんをポリポリとく「そう言われましても正直、本というのは専門外なんですよね」


 探偵の本業は人に関わるものが多い。浮気調査に、交友関係の洗い出し。もちろん頭を使う場面だってあるが、物探しなんて依頼は、まず無い。今の時代、ある程度のことはネットで調べられるし、わざわざ足を運ばなくたって欲しい物は家まで届けてくれる。レアな本だって同じだ。ネットで無ければ探すだけ徒労だろう。


「前金で五百万。成功報酬は一冊辺り一千万です」

「……は?」

「これらの有害図書が入手困難であることは重々承知しております。ですので、それに見合った対価で『取り引き』したいということです。こちらが提示した期間内に達成できなかった場合でも、調査報告書だけいただければ、前金は差し上げます」


 顔色一つ変えず、勝手に話を進めていく依頼人。

 胸の辺りが沈んでいくのを感じた。こいつは、想像以上にヤバい。からかっていないのであれば大した役者だ。

 はっきり関わりたくないと思った。法外な報酬うんぬん依然に、何らかの事件に巻き込まれかねない。

 こういった仕事柄、犯罪すれすれの危ない橋は何度も渡ってきた。それでも、ここまで得体の知れない気味の悪さは初めてだ。


「薬師寺さん。申し訳ないが、ウチじゃ物探しはやってないんですよね。良かったら同業他社を紹介しますよ」

「いえ、それには及びません。この三冊は風祭さん以外にご依頼するつもりはありませんので」


 また可笑しなことを真顔で言う。早く帰れって。何を考えているんだ、こいつは。


「まあ、そうですか。では今日のところはお引き取りいただいて、別の案件がありましたら是非に――」


風祭かざまつり正善まさよしさん。私立天野高校を卒業後、警察官採用試験に合格、四年後に上司の推薦で刑事課へ配属。三年後、一身上の都合により依願退職。一年の準備期間を経て風祭探偵事務所を開業、現在に至る」


「……どうも、ホームページに載ってないことまで詳しく調べていただいたようで。探偵顔負けじゃないですか」


 精一杯の皮肉すら無視して、依頼人は続ける。


「こちらは貴方の交友関係まで把握しております。警察採用時の身辺調査でも分からなかった、アウトローなご友人達のことも」


 なんとか舌打ちが出そうになるのを堪えた。

 気付かない内に、引き返せないところまで来ていたらしい。

 いつから、どうやって。何かヒントは無いのかと、頭の中を必死に巡らせた。


「なるほど……?」


 図星か。ようやくが尻尾が見えてきた。とりあえず依頼人を黙らせることには成功したようだ。

 この依頼人は、自分が無さすぎる。言わされている台詞、命令された所作、相手を追い詰める駆け引き。どれもが型にまりすぎていて、逆に違和感しかない。

 人形という第一印象も、あながち間違いじゃなかったな。正しくは『操り人形』だったわけだが。


「興味を持っていただけたでしょうか――と、あるじが申しております」


 少しの間を置いた後、答え合わせのように開き直って喋る依頼人。

 こうなったら、こっちも腹を割って話すしかないだろう。


「そうまでして俺に依頼する目的は何ですか」

「初めに申し上げた通りです。有害図書の収集。そちらに書かれた三冊は、どれも風祭さんに集めていただきたい本なのです」

「答えになってないですよ、それ」

「コレクションというものは、収集する過程にこそ価値がある――と、主が申しております。風祭さんの人生観、歩まれてきた道のりにおいて、は無関係ではありません」


 目を落とした依頼人に倣って、俺も再び渡された紙を見る。

 三冊の有害図書。

 それぞれのタイトルは、「犯罪的な運命」・「血より濃い家族」・「事実目録」と書かれている。

 これが俺に一体どう関係するのだろう。

 さらに本腰を入れて、本の注釈へ目を滑らせた。


 犯罪的な運命。2010年4月20日、堂々文庫より発売。初版八千部。現在レーベルは倒産。著者は野堀のぼりおり。同ペンネームでの続刊は無し、SNSの情報より著者は自ら命を絶った可能性がある。

 この書物には、再現性の高い完全犯罪が綴られています。探偵役は運だけで事件を解決させます。発売後一ヵ月で類似の事件が発生し、未解決となったことで本書を有害図書指定。


 血より濃い家族。1993年5月5日、夕陽社より発売。初版三千部。現在レーベルは倒産。著者は小郡おごおりしゅん。同ペンネームでの続刊は無し、SNS等の活動も不明。

 この書物には、ホームレスになることを勧めるような具体例が書かれています。読後、自己犠牲的な行動に出ることがあり、社会的孤立や貧困に陥る可能性がある。発売直後、特定の自治体から苦情が殺到し、本書を有害図書指定。


 事実目録。2025年12月1日、あかつき書房より発売中止。初版五千部の予定。現在レーベルは倒産。著者は不明。

 この書物には、政治家の世襲と実績が書かれています。どういった法案を誰が推し進めたのか、それに伴った社会的影響が、とても分かりやすく記載されている。しかし何らかの圧力か、製本後に発売が取り止めになった。


 どれもこれも、癖のある本ばかりだ。確かに有害図書として選ばれたとしても不思議じゃない。

 参った。この三冊が俺と関りがあるらしいのだが、さっぱり思い当たる節が無い。


「契約期間は一年、でしたか。先ほども話しましたが、物を探すのは専門外なんですよ」

「存じております。ですので風祭さんには、別の視点で辿たどっていただきたく思います」

「別の視点……?」

「例えば『犯罪的な運命』、これは類似の未解決事件が何度か発生しております。ということは、その犯人は何らかの手段で本書を読んでいる可能性が高い。さらに『血より濃い家族』、こちらは最近のニュースでも報道されていますように、若者のホームレス化という社会現象が糸口となるやもしれません。そして『事実目録』、発売前の圧力に関しまして、ご友人の方が詳しく知っているのでは――と、主が申しております」


 情報の海を前にして、息を呑んだ。刑事として勤めていた頃の、久しく忘れていた感覚。

 まったく、嫌な予感だけは当たりやがる。

 どうせ後には引けないのであれば、まだ飛び込んでいった方が気は楽か。


 不愛想に顔を上げてやると、今まで無表情だった薬師寺が、微かに笑っているような気がした。


「わかりました。やらせてもらいますよ」


 溜息を吐くのも束の間、内ポケットに入れたスマホが震えた。

 何事かと確認すると、銀行アプリからの入金連絡。


 しばらくは、金持ちの道楽に付き合ってやるとしよう。

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