パラレル☆パラサイト(ジャンル:アクション+SF)

【あらすじ】

どんな状況だろうと、生きる力が物を言う。

ネットのオカルト板を見て試した方法で、パラレルワールドへ行けるようになった葉田幸介。

その世界は、宇宙人に寄生されていた。

スリルを求め、葉田はパラレルワールドを探っていく。


===


 つくづく思うのは、動物ってのは死にかけるほど学ぶっつーことだ。

 トラウマを抱えながら次に活かす。危ないことは経験と本能で避ける。そうやって『生きる為』に積み重ねていく。


 俺が初めて死にかけたのは、三歳の頃らしい。

 熱々のシチューを母ちゃんが息で冷まして、食べさせてくれたんだ。

 それから三日三晩、俺は高熱で死にかけた。

 なんかの菌が入ったとかで……汗は止まんねーわ、腹は壊すわ、頭ん中はグルグルになるわで。

 病院に担ぎ込まれて即入院。あとで母ちゃんが泣きながら謝ってた。

 まあ、それ以来……病気にはならないし、拾い食いしたくらいじゃ平気な身体になっちまった。


 次に死にかけたのは七歳の頃。

 父ちゃんと山へキャンプに行って、俺だけ遭難した。

 あん時ほど夜が長かったことは無いね。川水やら派手なキノコやらで食いつなぎ、一週間ちょっとで見つけてくれた。

 やっぱり病院に担ぎ込まれて即入院。ついでに連日ニュース沙汰。あとで父ちゃんが泣きながら土下座してた。

 あれから妙に感覚が尖って、色んなことに気付くようになっちまった。


 普通は、痛い目を見りゃあ繰り返さない。一昔前のしつけみたく頭と身体が覚えちまう。ましてや死にかけたのなら尚更だ。


 それでも学ばない奴は――どっかで頭のネジが抜け落ちて、死にかけること自体に『刺激』を求めちまってるバカだろう。

 死んでも直りそうもない、救いようのねぇバカだ。


「っぶね~。今のは死にかけたわ」


 間一髪で頭頂部をかすめた謎のビーム。それが後ろの壁に当たって、プスプスと音を立てている。焦げついた臭い。あれが俺にジャストミートしていたら……ぞっとするぜ。


 俺にビームを撃ってきたのは、カッパとしか言いようのない妖怪――もとい、宇宙人だ。

 ぬらぬらとした全身緑色の肌で、指の間には水掻きのまくがある。頭部はアヒルと人を足して割った感じ。天辺にはツルツルの皿。

 俺が知ってるカッパと違うのは、お高くとまった軍服を着て、手には丸っこい銃を持ってるところだ。

 咄嗟とっさかわした俺を見て、固まってやがる。


 なら、やるべきことは一つ。


「逃げるが勝ちだ! ざまあみろ!」


 走る、走る。あいつらは群れで行動しない。ついでに言えば足は遅いし、諦めるのも早い。だから、にはもってこいの連中だ。

 入り組んだ街中を右へ左へと駆けていく。俺は息が切れるまで、宇宙人を尻目に逃げ切ってやった。


「は……ここまで、離したら……余裕っしょ……」


 自販機横の狭い路地に腰を落として、息を整える。いい汗かいたついでに何か飲みたいが。でも、『こっち』じゃ『あっち』の金は使えない。通貨も違うし、文字すら読めねぇ。


 なんつったって、ここは並行世界パラレルワールドなんだから。


 まだ両手で数えられるくらいしか『こっち』には来てないが……それでも世界のルールくらいは、なんとなく分かってきた。

 連中の文明は進んでいる。こっちの世界じゃピラミッドの頂点は入れ替わって、人類は『生きることを許される側』になっちまった。


 たとえば我が物顔で連中が歩く中、人間様は被り物で全身を隠さないと外にも出れないらしい。テーマパークでしか見かけないファンシーな着ぐるみが、どこにでも居やがる。

 どうやら喋ることすら禁止されてるのか、俺が話しかけてもギョッとされるか逃げられるかだ。


 きっと『こっち』の人間は、連中に痛い目を見させられて、学んだに違いない。

 誰にも迷惑を掛けない為の常識――いわゆる、普通ってヤツを。


 日陰になってる路地から空を見上げた。あっちの世界と変わらない青空だ。時たま、ありえない軌道で円盤状の物体が飛んでるけど。


 思わず嫌な溜息が出ちまう。

 どうして世界ってのは、こう、勝手に息苦しくなるもんかね。物事ってのは、もっと単純だと思うんだけどな。

 やりたいことを死ぬまで追っかける、それだけだ。


 しばらく路地に座り込んでいると、ウサギの着ぐるみが通り過ぎた。ピンク色でピンと耳が立った、やたらと目につく派手な格好だ。

 ウサギは自販機の前で止まると、ポケットに手を突っ込んでいる。小銭でも探してるのか。

 半分だけ見える顔は笑っていて、なんだか子供に風船を配ってそうな、ともすればホラー映画でナタを振り回してそうな奴だった。

 俺のことを見付けたら、どんな風に驚くんだろうな――とか、ちょっと考えていたら。


「……そこの、キミ」


 嘘だろ、おい。

 こいつ、俺に話しかけてきたのか?


「大きな声、出さない。返事、頷くだけ」


 くぐもって消え入りそうな小声で、ウサギは何故か片言に喋った。声の感じからして大人の女だと分かる。こっちの世界で初めて通じる言葉だ。

 俺は首を縦に振った。


「迷子?」


 どうだろう。来たのは自分の意志だし、なんなら帰り方も分かってる。だけど、こっちの世界じゃ迷子も同然か。

 俺は再び頷いた。

 ウサギの着ぐるみは急に辺りを気にし始めたかと思いきや、路地の方へと入ってきた。

 のけぞる俺。影も相まって、圧がヤバい。


「キミ、名前は?」

葉田ようだ幸介こうすけ、歳は16」

「まだ、子供」


 いや大人だろ。ちゃんと朝から晩まで働いてるし……フリーターだけど。少なくとも学校に行ってる奴らと比べたら大人だ。なけなしの給料で税金だって払ってる。立派な大人だね。


「どうして、こっち、来たの?」

「どうしてって」


 だって面白そうじゃん。パラレルワールドだぜ⁉ 得体の知れない宇宙人が殺そうとしてくるんだぜ⁉ そりゃあ行けるなら行くだろ!

 心の声を口に出すか迷ってると、何を勘違いしたのかウサギは「そう」とだけ淡白に応えた。


「ついてきて」


 俺の返事も聞かずに、ウサギは路地を進んでいく。罠にしちゃ露骨ろこつ。善意にしちゃ無謀。

 なんとなく、これが宇宙人にとって都合の悪いことなんだろうなと、俺には分かった。まあ関係ないか。こっちの世界を知れるチャンスだ。乗らない手は無い。


 警戒しながら歩くこと数十分。次第に店の類は減っていき、街外れの廃れた風景になってきた。行く先々にある看板の文字が全く読めない。こういうのを異国情緒って言うんだろうか。しびれるぜ。

 ひしめく住宅の網目あみめうように、角を折り曲がろうとした時。


「止まって」


 いきなりウサギが手を伸ばして制止させた。何事かと思って背中越しに覗き込むと……少し開けた場所に、奴が居た。

 一つ目の男の子。背丈は俺の足から腰くらいで、ラフなTシャツに半ズボンの格好だ。おかっぱ頭はサラサラの黒髪。すぐ乾きそうなほど目がデカい。

 野郎は鉄扉の前で体育座りをして、ぼんやりと空を眺めていた。


「私、話す。ここ、居て」


 ウサギは小さく言うと、また俺に返事もさせないで歩き出した。今更ながら、ほいほいと付いて来て良かったのか悩ましい。


 ウサギが角から姿を現すと、一つ目の宇宙人は表情を明るくさせた。なにやら聞き取れない言語で、楽しそうに話している。ウサギが一つ目の頭をでた。照れくさそうに顔を赤らめる一つ目。平和な光景そのものだ。


 ん? なんだ、こりゃあ。

 ひょっとして宇宙人が好戦的ってのは俺の勘違いで、人間が虐げられてるってのも何かの誤解なのか?

 カッパとかが異常なだけで、一つ目からは敵意を感じない。むしろウサギには友好的ですらある。それなら、わざわざ身を隠す必要もないのかも。


 一通り雑談し終えたのか、ウサギは思い出したかのように俺の方を指で差した。さっきまでと変わらない弾んだトーン。キョトンとした顔で、それを聞く一つ目。

 みるみるうちに顔を曇らせていく一つ目は、なにやら必死に訴えかけている。ウサギは身振り手振りを交えながら説明しているようだ。


 瞬間――ギョロリとした目と、視線が合った。いたいけな子供の面じゃない。

 嫌な予感が、うなじの髪を騒がせる。

 逃げろと本能が叫ぶ。走れと経験が物語る。

 それを頭が理解しようとして、俺は突っぱねた。


「こういうのはさぁ……あえて真逆を行く方が面白くなるんだよなぁ!」


 俺が開けた場所へ出るのと同時に、有無を言わさず一つ目が突っ込んできた。

 速すぎ。今まで俺が見てきた宇宙人は何だったのか。一足が飛んでるみたいに長い。

 あっという間に距離を詰められて、そのまま勢いを殺さず遠心力でローキック。右ふくらはぎにクリティカルヒット。


「ぃってぇ!」


 これ絶対、三日くらいアザになるやつぅ。

 俺はひざを落としそうになる寸前で、思い切り上半身をった。待ち構えていた一つ目の肘鉄が空を切る。急所のアゴ狙うとか素人の動きじゃないぜ。

 それなら俺にだって考えがある。

 のけぞらせた上半身を大きく倒して後転。すくっと立ち上がってファイティングポーズ。仕切り直しだ。


 一つ目のガキは、いよいよ本気の面構えでジグザグに駆けてきた。

 もう肉眼で追える速さじゃない。

 だから俺は、握り込んだ拳を放すことにした。

 必殺、砂のカーテンだ。目が良すぎるのも玉にきずだな。目玉だけに。


「うぅうう」


 予想通り奴の足が止まったところで、俺は一つ目の両足首を捕まえて、逆さ吊りにしてやった。がっはっはー、子供が大人に勝てるわけないんだよなー!


「はいそこ、子供同士でケンカするんじゃない」


 重そうな鉄扉が閉まる音。ウサギとは違う、流暢りゅうちょうな日本語に目を向けると。

 そこには褐色の外人が立っていた。八頭身で細マッチョな男。呆れた顔をした灰髪のツーブロック。当然ファンシーな着ぐるみも被ってない。パリッとさせたカッターシャツとスラックスは、いかにも値段が高そうだ。


「あー……キミ、僕は初対面を大事にしたくてね。良ければモルくんを放してくれないかい?」

「そうしたいのは山々なんだけどよ」


 一つ目は逆さ吊りのまま、大きな目をパチクリさせながら「にぎぃー!」と手を振り回してやがる。

 前言撤回。やっぱ宇宙人は好戦的だ。


「モルくんには僕が言い聞かせるよ。それに、このまま立ち話で済む問題じゃないだろう? キミだって知りたいはずだ」

「……何を」


 ふっと、褐色の男が微笑んだ気がした。


「この宇宙人に寄生された世界と、もう一人のキミについて」

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