23世紀に生きる僕らのヒストリア(ジャンル:歴史+SF)

【あらすじ】

近くて遠い未来。人類は争いの火種を消す為、正しい歴史を求めていた。

ヒストリア――それは善悪や思惑を挟まず、事実だけをつづった、万国共通の正史。

晴れて歴史学者になったタクマは、変人揃いのメンバー達と過去の遺物を紐解いていく。

21世紀の日本。

ようやくデータという形で、情報を残し始めた過渡期かとき

この時代は後に、歴史学者から、こう評された。

嘘と転換の時代、と。


===


 照りつけられた長い廊下を歩く。

 窓の外には空と海が水平線まで広がっていて――僕が住んでいる、片田舎の港町を思い出させた。


 現実と遜色そんしょくない視界テクスチャ。ネットに繋がれた電脳は、風に混じったしおの香りまで感じさせる。


 配属初日。今日から僕も歴史学者の一員だ。自分が史書ヒストリアに関われるだなんて、夢のようでワクワクする。


 角を曲がった突き当り。小さな曇りガラスが入ったドアの前に立つ。

 がらにもなく緊張しているらしい。自然と脈が速まった。落ち着いて、深呼吸。


 あれ……というか、開かないんだけど?


「そいつは自動ドアじゃないぞ。あとノックは3回だ、新人」


 部屋の中から気だるげな子供の声がした。まるで威圧感は無いのだけれど、どこか刺々しさを含んでいるような。

 僕は思わず背筋を伸ばした。


 のっく、ノック。そうだ、資料で読んだことがある。やっぱり噂は本当だったんだ。

 なんとか記憶を引っ張り出す。僕は手を軽く握り――コンコンコンと、人差し指の第二関節あたりをドアに打った。


「どーぞ」


 返事を聞き終わってから、ドアを開ける。

 挨拶も忘れて、僕は目を見張った。部屋の中は博物館ライブラリーで見た光景そのもの。


 大きな棚が壁沿いに並んでいる。天井は網目あみめ状になっていて、所々に細長い照明が埋め込まれていた。

 部屋の中央には真っ白い長机が1つ、そのスペースは半分ほどしか使われていない。左右に積まれた紙媒体の束、それと挟まれるように大昔の情報処理端末ノートパソコンが置いてある。メッシュバックチェアに座っていたのは、僕よりも年上らしき女性だ。

 黒髪は肩先まで真っ直ぐに伸びている。薄いベージュ色のレディーススーツ。今じゃ見かけない丸メガネの奥に、眠たそうな半目。彼女はパソコンの画面を眺めたまま、微動だにしない。


 整った容姿に見惚れる間もなく、意識の外から「ドア閉めて」と促された。


「ぁ――はい! 失礼しました!」


 慌ててドアノブに手を掛け、力加減も分からずに――バンッ、と閉めてしまう。その音に誰よりも驚いたのは僕だ。全身の毛が逆立ったような気さえした。


「あばばば、す、すみません! 慣れてなくて」

「いいよ、身構えてたから。こっちは慣れてる」


 顔を上げると、声の主は部屋のすみに居た。

 青年というよりかは、男子くらいの年頃。だというのに、着崩したグレーのスーツとネクタイが、やけに似合っていた。縮れた濃紺の髪、浅黒い肌。子供らしからぬしゃに構えた顔付きで、机に寄り掛かりながら僕を見ている。

 机上にはノートパソコンが一台だけ。先程の女性と比べるまでもなく、さっぱりとした仕事環境だった。


 偉そうな態度からして、この子が室長なんだろう。見た目に騙されるな。きっと僕より年上だ。職場で創作分身アバターを使うというのも、今じゃ珍しくない。


「でだ、そろそろ挨拶してくれると嬉しいんだが」

「は、はい。本日付けで配属となりました、ユウキ・タクマです。よろしくお願いいたします!」


 僕は昔の礼儀作法に習って、深く頭を下げた。


「……スーツで来たのは及第点として。残念ながら、そいつは喪服もふくだ。しかも略喪服ダークスーツじゃなくて準喪服ブラックスーツ。職業柄でもない限り、まず仕事で着る奴は居ない。それとも、誰かの葬式帰りに初出勤したのか?」


 赤面した顔から、血の気が引いていくのが分かった。そんな違いがあっただなんて――口にできるはずもなく。後悔に目を閉じると、学友から聞いた噂が脳裏をかすめた。


 第66室、『21世紀の日本』を研究している歴史学者は、変人揃いらしい。

 特に室長はで、郷に入っては郷に従えという『ンヌーヴォの法則』を真に受けているのだとか。

 その時代の発想は、その時代に身を染めなければ出てこない。

 それを知らずに入社初日で辞めさせられた人は、後を絶たないという。


 不意に小さな手で肩を叩かれた。電気が流れた時みたく、僕はビクッと震えてしまう。


「おい、いつまで頭を下げてるつもりだ。早く席に座れ」

「……え?」


 顔を上げると、室長は面倒くさそうに僕の席を指していた。長机の手前側。丸メガネの彼女とは対角線上の場所。いつ間にか椅子とノートパソコンまで用意されている。


 室長は僕が座るのを待ってから、また離れ小島の自席に戻った。いかにも特別仕様な、座高が低いフカフカの椅子に腰掛ける。


「室長のマトヴェイだ。そこの女はラフという。他にも二人ほど居るが、離席ログアウト中でな。まあ来た時にでも挨拶させよう」

「よろしくお願いします」


 軽く会釈えしゃくをしてみるけれど反応は薄い。ラフさんに至っては目すら合わせようともしない。不安だ。これから先、上手くやっていけるのだろうか。


「まずは基本的な流れを説明させてもらう」


 僕の心配を余所に、マトヴェイ室長が指を鳴らすと――部屋の明かりが消え、壁一面に映像が投影された。歴史に名を残した偉人や出来事が、次々に映し出されていく。


「知っての通り、我々の仕事は『歴史の確定』だ。およそ50年前から始まった裁定AIデシジョンによる信憑性の有無。その判断材料をき集め、つじつまを合わせる」


 歴史とは事実の積み重ね。けれども、このシステムが確立するまでの歴史は、そこに嘘や思惑が混ざり歪められていた。

 人の数だけ真実がある――なんて言うのは、単なる都合が良い、おためごかしで。

 間違った教育というのは洗脳と変わらない。

 歪められた歴史は、あらゆる人を狂わせていった。

 小さいものであれば風評被害。大きいものであれば戦争への火種。


 だから人類は、割合パーセンテージという名の審判を求めた。

 誰の目から見ても明らかな『確定した歴史』は100%で、少しでも不確定な要素があれば、それ以下の信憑性になる。

 その隙間を限りなく埋めるのが、僕ら歴史学者の仕事だ。


 マトヴェイ室長は気だるげに話し終えると、再び指を鳴らした。ふっと部屋の明るさが戻る。


「ウチでは各々担当している分類カテゴリがあってだな。例えばラフは文化や社会が専門だ。その他にも、軍事・テクノロジー・政治・経済……と挙げていけばキリがないんだが、まあ依頼によって適材適所で割り振っている」


 未だ歪められた事柄は星の数ほどあって、近年では歴史学者の需要も増える一方だ。

 学生時代、あの煮え切らない参考書の文言に、どれだけ苦渋を味わったことか。


「深堀りする歴史は、依頼・調査・検証・史書ヒストリアへの登録までがルーチンだな。と、あー……ついてこれてるか?」

「はい、なんとか」僕は頭の中を整理しながら「裁定AIデシジョンと論争するタイミングは、検証後ですか?」

「ああ。まずはウチら全員でチェックしてからだ。多角的に見て、問題があれば前もって弾く。少しでも信憑性が上げられるよう努めてくれ」

「わかりました」


 長めに息を吐いて、ポリポリと縮れ毛をく室長。


「こんな身なりで引いてるかもしれんが、これでもウチらの21世紀っつーのは楽な方でな。デジタル化もされていない時代の歴史なんざ、大半が妄想の産物だ。裏取りできれば奇跡。それに比べればウチは、吐いて捨てるほど情報がある。多すぎる嘘の中から真実を見つけるだけでいい」


 史学の基本は、初出・正確性・多角度。今では当たり前に行われている脳記憶ブレイン・メモリーなんて無いから、いちいち情報を疑わないといけない。


「まあ、こんなところか。何か質問があったら俺かラフにでも訊いてくれ」


 室長の言葉に、ラフさんの目尻がピクッと動いた。


「ちょっ、なんで私が……」

「いきなり実戦投入するわけにはいかないだろ。まずは研修からだ。で、指導員は、お前」

「……教えられませんて、私じゃ」

「やってもないのに諦めるな。当面は仕事の進め方を見せるだけでいい。無理だと判断したら別案を考えてやる」


 理路整然とした室長に、がっくりと項垂れるラフさん。

 うわぁ、見るからに嫌そう。小声で「だる、うざ」とか聞こえてきたけれど、なんのことだか僕には分からなかった。


「ああ、そこのノーパソだが、見た目と使い心地以外は最新鋭だから安心してくれ。どうしても必要な資料があれば、相談するように。以上」


 はい、じゃあ内容の把握から始めて――と手を叩き、マトヴェイ室長は背もたれに身体を預けた。

 矢継ぎ早の説明が終わり、しんと静まり返る室内。


 いや、始めてと言われましても。

 とりあえずラフさんを頼ればいいんだろうけど……話しかけるなオーラが凄いや。


 一息入れ、僕は意を決して自分の椅子をつかんだ。ラフさんが不快にならない程度の距離感で、彼女の後ろへと移動する。

 そして音を立てずに座り、ノーパソの画面を覗き込もうとするも――


 振り向いたラフさんと、目があった。

 肩先まである黒髪がサラサラと舞う。それに気を取られなかったのは、あからさまににらまれたからだ。


「勝手に見ないで欲しいんだけど」


 鬼気迫る彼女の圧。のけぞる僕。クツクツと室長の笑い声が耳に障った。

 こうなったらヤケだ。


「すみません。でも仕事を教えて欲しいです」

「無理。そういうのは室長に直談判して」

「室長に言われた通り、指導員のラフさんを頼ってるんです。僕にも仕事をさせてください。お願いします」

「……うざ」


 めげない。これくらいで音を上げるほど、生半可な覚悟で来てない。

 いつまでも折れない僕に嫌気が差したのか、ラフさんは鼻で笑うと正面に向き直った。


「あっそ。そんなに仕事したいなら、喪男もおがやれば?」


 ヒラヒラと一枚の紙が落ちてくる。僕は頭を下げたまま、床のを目にした。


 2025年4月1日。エイプリルフール連鎖暴露事件。

 その日、大手企業の社員が、こぞって幹部の悪事を広めた。連日ニュースを賑わせ、事件名は流行語大賞にまでノミネートされている。企業の不正問題について扱いが大きく変わった出来事だ。火付け役は未だ逮捕されておらず、ハッカーや不特定多数のグループとも言われている。その後、様々な形で事の隠蔽いんぺいが図られ、検閲けんえつの対象となった。

 信憑性は、64%。


 僕は紙を手に取り、立ち上がった。

 まさか初めての仕事で。

 こんなことが、本当にあるだなんて。


「ラフさん……この事件、僕の先祖が関わっているかもしれません」

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