騙死愛の証明~ペテン師の僕と小悪魔な彼女~(ジャンル:スリラー)
【あらすじ】
追い詰めるほどに、追い詰められていく――
日常的に人を観察し、騙しのテクニックを磨いていた芥。
彼に好意を寄せていた押切と付き合うことになったが、彼女には秘密があった。
「芥くんと幸せになれないなら……ウチ、皆のこと、殺しちゃうかも」
これはペテン師と小悪魔が紡ぐ、引くに引けない騙死愛。
===
現代社会において、どうして『強盗殺人』なんて犯罪が起きるのか。
理由は二つあると、僕は思う。
一つは、金目当ての犯行。奪いたいから殺すのか、殺したついでに奪うのか。それは分からないけれど、刑では二重に罪が降りかかる。
利欲殺人なんて、僕にしてみれば最も共感できない動機だ。僕の家が富裕層というのもあるのだけれど、それでも金銭というリターンに対して、殺人というリスクは
高校生にもなれば、労働の何たるかくらい学ぶさ。働いて稼ぐのが当たり前だし、賢い奴は働かずに稼ごうとする。『金持ちは、すべからく人を騙している』というのが僕の持論。手を汚すほど、馬鹿を見るのが世の常だ。
じゃあ何故、それでも『強盗殺人』が起きるのか。
もう一つの理由は、事件の性質にあるんじゃないかと、僕は考える。
金が目的だからこそ、人や場所を選ばない。あるのは
そう――強盗殺人という犯罪は、あまりにも簡単で、捜査し難い。
「歩きスマホ、危ないんだよ?」
前の方から弾むような声がして、僕は顔を上げた。
「……後ろ向きに歩くのも、危ないと思うんだが」
「ウチは大丈夫。周りとか注意してるから。
それでも彼女はハーフアップの髪を揺らしながら、温かく笑う。つり目で、綺麗というより可愛い系の顔立ちに、口角が上がると見え隠れする八重歯。
そんな風に笑うほど何が楽しいのか。そもそも、なんで僕なんかに告白してきたのか――丸一日ほど考えてみても、悩みの種は育つばかり。
まあ……どうせ数日も経てば、いつものように向こうから愛想をつかすだろう。
僕は誰かと付き合っていない限り、『告白されても断らない男』だ。生まれ持った顔の良さで異性から好かれるものの、それは一方通行に過ぎない。
好きでもないし、嫌っているわけでもない。もちろん好意を
告白されて、勝手に振られる。そんなことを続けていたら、男連中からは
それを承知で告白してくる押切も、変わった奴だなと思う。
「ウチと居るの、退屈?」
「いや別に。手持ち無沙汰になってスマホを触ってただけさ」
「……もー、要するに退屈ってことじゃん」
そりゃあ貴重な放課後に連れ回されたらな。学校から徒歩で十五分。こんなことなら家で受験勉強をしていた方がマシだった。
当然、そんな本音は口にしない。嘘と建前、多少の見栄で、処世術は成り立つ。それが、例え嫌われても周囲と上手くやるコツだ。
「ニュースを見てたんだ。押切だって気になるだろ」
スマホを内ポケットに入れながら問いかけると、ようやく彼女は後ろ歩きを止めた。
「……連続強盗殺人鬼、だっけ」
「ああ。隣町で起きてから、連続ってのと鬼が付け足されたんだよな。メディアの誇張表現だと思うけど」
「芥くん、お父さんが刑事なんだよね。それで気にしてる感じ?」
「普通に安心したいだけさ。うろつかれると困るだろ。だから情報収集は欠かさないってだけ」
「ふぅん、そっか。安心したいなら、ウチは防犯グッズとか持ち歩くかなぁ」
傾向より対策。その通りだと、僕は思った。見た目や性格に反して、意外と
押切は後ろ手にカバンを持って、橋を渡らずに横道のサイクリングロードへ。沈みかけの太陽に向かって、河川敷が真っ直ぐに伸びている。まだらに散った雲が幻想的に映った。
ここまで離れたら、流石に学生の姿は無いか。目につくのは散歩中の高齢者が多い。
斜面を下って、川沿いの砂利道に踏み入れる押切。目的地が近いのか、さらに人気の無い方へと進んでいく。
たまには、こういう無駄な時間も必要なのかもしれない。僕は夏より冬が好きだ。散歩するには寒すぎる気もするが、ツンと脳を
だから……
押切が足を止めたのは、橋の下。夕焼けに染まった景色とは別世界のような、暗がり。頭上から聞こえる車の走行音。それに負けじと、強い風が川面を揺らした。
薄っすらと微笑む押切から、何故だか目が離せない。
緊張。
そうだ――これは緊張に違いない。
ざり、と。足元の小石が擦れる。
「ウチはね、芥くんが好き」
昨日、校舎裏で聞いたセリフを、押切は繰り返した。
僕は何も口にしない。その続きが、昨日とは違っているだろうから。
「芥くんが興味本位で誰かと付き合っていたとしても、この気持ちは変わらない」
だからね、と押切は真っ直ぐに僕を見た。
「隠し事、したくないんだ」
おもむろにカバンを開ける押切。その中から取り出したのは――レザーシースに包まれた、刃渡り15センチはあろうかという、ナイフ。
彼女は器用に、片手だけでボタンフックを外し――両刃の刀身を僕に見せ付ける。
キャンプ用品というよりかは、狩猟用のナイフに近い。薄暗闇に、鋼材の
ありえない。脳内で導かれたのは、さながら予定調和の茶番劇みたいな答えで。あまりの下らなさに否定したくなる。
「自分が……強盗殺人鬼だって、そう言いたいのか?」
動揺を悟られないように、僕は短く言葉を切った。押切は悲しそうに微笑んで、静かに頷く。
わざわざ学校から離れた橋の下なんかに連れ出して、それが言いたかったのか。
なんて浅ましい――承認欲求だ。
今まで付き合ってきた彼女とは違う、自分は特別だと言いたいが為に、それらしいナイフまで買ったりして。こんなことで僕の気を引けると思ったんだろうか。
到底、信じられるわけがない。
けれども、確かなのは。
ここが人気の無い場所だということと、押切の手にはナイフが握られているという事実だ。
下手に刺激して、それこそ事件の被害者になるつもりなんて、僕には無い。
「やっぱり、打ち明けて良かったぁ。芥くん、半信半疑な感じ? だよね。うん、今は、それでいいよ」
これっぽっちも僕は良くない。こんな身近に狂った人間が居るのかと、世界を呪いたくなったくらいだ。
「分かったから、とりあえず物騒なナイフは仕舞え。これじゃあ話も出来ないだろ」
「……だね。そうする」
押切は抜き身のまま、雑にカバンへと入れた。いつでも取り出せると言わんばかりに。とても事態が好転したとは思えない。
僕は小さく息を吐いた。
仮に、万が一にも押切が強盗殺人犯だったとして、それを僕に打ち明ける理由は何だ? 同情なんて望んじゃいないだろうし、ましてや彼氏彼女の関係を続けるだなんて。
いや――それは、僕が半信半疑でも信じたから、彼女が止めたのか。
もし、あのまま適当な拒絶をしていたら、僕は。
あそこで腐臭を放つ、無造作に
「えっとね」
押切の声に、はっと顔を上げる。
「ん~……何から話そうかな。あ、ウチは快楽殺人者とか、そういうんじゃなくてね。お金が欲しいだけなの。人の好き嫌いはあるけど、それだけで選んでないっていうか。バレないのが最優先って感じで」
通り魔。老若男女なく無差別。
何でもないことのように、自然体で語る押切。愉快そうでも、自慢している風でもなく、淡々と紹介を済ませるように。演技にしては臭すぎる。
僕は背筋が凍っていくのを覚えた。
「バイトとかじゃ、駄目なのか?」
「えー、だって時間掛かるじゃん、バイトって。ほんと偉いよね、皆。嫌なこと我慢してさ」
僕の常識的な問いが、非常識な返答で塗り替えられる。手を汚しているのは彼女のはずなのに、どうしてだか善悪が揺らぎそうになった。
倫理観が違う。人殺しは最悪だ。許容するしない以前の問題。何故なら
それに比べれば、嘘なんて優しさでしかない。
いや。もういい。御託は十分だ。理解しようとするな。本筋に戻さなくては。
「……それで、それを僕に告白して、どうしろって言うんだ?」
思わず声に苛立ちを混ぜてしまったが、押切は特に気にするでもなく、恥ずかしそうに
「あ、うん。でね……ウチ、最近ちょっと荒れててさ。その、近場で頻度も上げちゃったから、警察の目も厳しいんだよね」
申し訳なさそうに、もじもじと身を
「それで、ね。ウチら恋人同士なんだし、芥くんに守ってもらえたらな、って」
なるほど。僕の父が刑事だと知って、それで近付いてきたわけか。さらに自分以外の協力者が居れば、アリバイも作りやすくなる。
僕の父が刑事、ね。
ああ、それが本当なら、どれだけ楽だったか。
「断らないでね、芥くん」
今までにない強い口調で、押切は釘を刺した。
「芥くんと幸せになれないなら……こんな世界、どうなったっていい。ウチ、皆のこと、殺しちゃうかも」
勢い余って、とかじゃない。こいつは、人を殺さない為のストッパーが、決定的に欠けている。
自分の人生だけを優先させた、究極のエゴイスト。
僕は震えそうになった手を、ぎゅっと握りしめた。
いいさ、やってやろうじゃないか。こんな狂人に殺されてたまるか。
押切が強盗殺人鬼でも、恋に病んでる精神異常者だったとしても――必ず警察に突き出してやる。
悪魔の証明は、僕が終わらせよう。
「僕が告白を断らない男だって、知ってるだろ?」
そう言って嘘の仮面を被り続ける僕は、天使のように微笑んだ。
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