やさぐれ魔導師は子守たい(ジャンル:ダークファンタジー+ホームコメディ)
【あらすじ】
魔王討伐パーティーの生き残り、大魔導師ダラーケー・ナカン。
ひょんなことから彼は、かつての仲間だった勇者と聖女の子供と、重装兵の娘を預かることに。
王国からの監視に、不慣れな世話焼きと、次第にナカンにも変化が起ころうとしていた。
誰も守れなかった魔導師の子守が、始まる。
===
「やなこった」
巨木の中に築いた住居にて、その魔導師は言い放った。
ゆったりとした青黒いローブを
事実、窓際の席に座っている彼を武装した面々が囲んだとしても、その
白地の服にプレートアーマー。それは精鋭と名高い王国騎士団の証。一般人であれば、詰め寄られただけで腰を抜かすだろう。
それでも微動だにしない彼とは対照的に、大臣は青筋を浮かべながら、キッと
「王の
片目をつむり、さも
「貴様という奴は……!」
「まあまあ、落ち着きましょう大臣殿」
にこやかな声一つで大臣を制したのは、茶髪狐目の青年。プレートアーマーばかりの中で浮いていたのは、この男と大臣だけだ。細身の体格からして、おそらく名高い貴族か軍将だろうか。身なりも清潔かつ軽やかだ。
「まずは突然の来訪と、
深々と頭を下げる青年に対して、変わらず横柄な態度でいる魔導師。
「俺を含めて、口数が多すぎる奴は信用ならねぇな」
取り付く島もない。だが狐目の青年は顔を起こし、人懐っこく
「参りましたね。ともあれ我々とて手ぶらで帰るわけにもいかないのです。どうか理由を訊かせてはくれませんか――大魔導師、ダラーケー・ナカン殿」
狐目を薄っすらと開いて覗かせたのは、濃紺の瞳。眼球の
他者を操る幻惑の魔眼。どの程度の規模かは分からないが、それに巻き込まれる者は少なくないだろう。
食えない奴だ――と、ナカンは溜息を吐いた。敵意の無い人間を盾にされるのは、彼も望むところではない。それを熟知しているからこその、暗黙の脅しだ。大方、ナカンに関する情報は徹底的に調べ上げているのだろう。
「魔法省、だったか。どうせ軍事転用の試金石にするつもりだろうが。その片棒を担ぐのなんざ、俺は御免だね」
「否定はしませんよ。ですが民の生活水準を向上させる目的もありますので、そこは誤解されませんように」
「差引き勘定じゃ、損の方が多いと言ってるんだ」
「……それは大魔導師としての勘ですか?」
「経験に基づく真理だ、若いの。出る
狐目の青年は「今日のところは平行線ですね」と肩を
「ナカン殿の仰ることは分かりました。ですが魔法省の創設には、あなたの力が必要不可欠なのも、ご理解ください」
「……やけに諦めが速いな」
「気の長い話ですから。すぐに協力していただけるとは思っていませんよ――と、毎度こんなことを言うから、僕は大臣殿に叱られるんですよね~」
大臣が怒鳴る寸前で青年はコロコロと笑った。ナカンとしては持ち越したくない話なのだが、この青年を説き伏せない限り、終わりはしないだろう。
確かにダラーケー・ナカンは、魔術師の中でも群を抜いて異端だ。
魔王軍との闘いを経て、その魔法は精度も威力も
なるほど王国にしてみれば、
また違う住処を探さなければ――と、ナカンが渋面を作った矢先。
不意に扉の方から、赤子の鳴き声が聞こえた。あまりの場違いさに、流石のナカンも片眉を上げる。
「ああ、あれはついでの用件なのですが――」
ガタイの良い兵士が手に持ってきたのは、朱色の包み布団。
よく見れば染み出した
異様な光景を前に、他の騎士達は道を開けるように後ずさった。
「呪いか?」
ナカンの視線が鋭さを増す一方で、狐目の青年は無感情に「分かりません」と首を
「いっそ何かの病気であった方が、理由付けも楽なのですが。王国きっての医師や魔術師では、お手上げでした。かと言って『忌み子』として処理することも許されないんですよね。世界的な英雄の、ご子息ですから」
「っ、おい! そいつは、まさか――」
「――そうよ、あんたが察した通り。あの人達の間に生まれたのが、この子」
そう震えながら口にしたのは、赤子を抱いていた兵士。背格好で気付かなかったが、その声色は女性のもので相違ない。
アーメットヘルム越しでも伝わる怒気。それは何故かナカンに向けられていた。
「レイラ騎士、口が過ぎますよ」
たしなめるも「ですが軍将!」と
レイラという名前に、ナカンは思い当たる節があった。
「お前、オルランドの娘か。デカくなったな」
気安く話しかけられたのが
「相変わらず遠慮が無いわね。五年振りに会ったんだから、当たり前じゃないの」
「いや、んん」それを加味しても男勝りな体格なのだが、ナカンは「まあオルランドの娘なら当たり前か」と納得した。
王国
「聖女様の葬儀にも出なかったアンタなんかに……本当は、頼りたくなかったんだけど」
レイラは、ナカンに朱色の包み布団を差し出す。
「この子を助けて。お願い」
聞き覚えのある台詞に、ナカンは目を閉じて思い返す。
魔王討伐へ
『お父さんを守ってね。お願い!』
本来、それは役割が逆であるはずなのだが……あの『お人好しな勇者』は、初めて守れない約束を交わしてしまった。
誰も犠牲にはしない。必ず帰ってくる、と。
あの場に居て、未だ生き残っているのは、ナカンただ一人。
レイラの父、オルランドは皆を救い、散っていった。
勇者は魔王と相打ち、聖女は御産に全てを注いだ。
魔導師だけが約束を果たせないまま、今また運命の
この場に仲間が居たならば、どんな声を彼にかけていたのだろう。
それを想像して、ようやくナカンは目を開いた。
泣き止まない赤子を見る。違和感の正体は、すぐに判明した。
呪いだなんて、とんでもない。ナカンは口の端を吊り上げて、両手を赤子へと向ける。
レイラの手を離れ、ひとりでに宙に浮く包み布団。それが
これらは言うまでなく無詠唱。術の名は
レイラや大臣は元より、狐目の軍将ですら驚きに舌を巻いている。
いつしか宙に浮いた赤子は、笑っていた。勇者譲りの金髪に、聖女譲りの愛くるしい顔立ち。
ナカンは「ほらよ」と優しく操り、呆気にとられていたレイラの手元へ返してやる。
広い室内に、拍手の音が響く。狐目の青年は嘘偽りなくナカンを
「素晴らしいですね。僕が思い描いていた通り……いえ、それ以上の魔法です。参考までに、この子が流血していたわけを教えていただけませんか?」
おだてられるのは好きではないナカンだったが、このまま仲間の子供が『忌み子』と勘違いされるのも気に食わない。
「
短く言葉を
魔術とは対極に位置する祈術。それは祈りの具現化。正しく使えば奇跡をも起こす、神の御業。その中でも一握りの者だけが、勇者や聖女と呼ばれるのだ。
「世界に愛されすぎて、そいつの身体にはヒビが入っていた。だが無意識の自己治癒で再生を繰り返す。俺が手を貸してやったのは、自己治癒の強化だ」
勇者と聖女の息子。その過大なレッテルに、どれだけの想いが向けられていたのかは想像に難くない。身体の強化と再生が無ければ、あっという間に壊れていただろう。物心つく前から、しっかり勇者と聖女の素養を受け継いでいる。
「……おい軍将、そっちに治癒の強化をやれる奴は居るか? 半日に一回の間隔でだ」
「居るわけないですね~。初見ですから、そんな魔術」
ナカンは舌打ちしながら後頭部を
それを見て、すぐさま狐目の軍将は「こうしましょう」と手を打った。
「ナカン殿に、その子をお預けします。もちろん必要な物資は王国から支援させていただくということで」
「あ? ふざけっ……んじゃねぇぞ」
大声を張り上げそうになって、ナカンは抑える。また赤子に泣かれるのは避けたい。
「ん~、困りましたね。では代わりにナカン殿が王国へ来ていただかないと」
「それが狙いか。狐め」
幻惑の魔眼を見せたのも、レイラを連れて来たのも、厄介な問題を持ってきたのも。どこまでが軍将の計算かは分からないが、手の平で転がされているのは間違いない。
ナカンは肺の空気が無くなるまで長く、息を吐いた。
「交換条件だ。そいつを引き取ってやる代わりに、レイラも置いてけ」
「はぁ!? なんで私まで!」
「俺は子守なんざ出来ないからな」
「交渉成立です」
「軍将!?」
「レイラ騎士、身の回りのお世話を頼みます。ナカン殿は大事な要人ですので、失礼が無いように。僕も、ちょいちょい顔を見せますので。さぁ帰りましょうか、大臣殿」
もはや蚊帳の外だった大臣の肩を叩き、狐目の青年は去っていった。
ぽつんと取り残され、激しく不満を垂れるレイラ。それをナカンは聞き流しながら、やれやれと一息ついた。
己に何が守れるのか――そればかりを考えて。
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