やさぐれ魔導師は子守たい(ジャンル:ダークファンタジー+ホームコメディ)

【あらすじ】

魔王討伐パーティーの生き残り、大魔導師ダラーケー・ナカン。

ひょんなことから彼は、かつての仲間だった勇者と聖女の子供と、重装兵の娘を預かることに。

王国からの監視に、不慣れな世話焼きと、次第にナカンにも変化が起ころうとしていた。

誰も守れなかった魔導師の子守が、始まる。


===


「やなこった」


 巨木の中に築いた住居にて、その魔導師は言い放った。

 ゆったりとした青黒いローブをまとい、年にして三十代後半には入り込んでいるだろう男。いぶかしげな面構えと、堂々たる立ち振る舞いは、たとえ衆目しゅうもくさらされようともくずすことはない。

 事実、窓際の席に座っている彼を武装した面々が囲んだとしても、その眉根まゆねはピクリとも動かなかった。


 白地の服にプレートアーマー。それは精鋭と名高い王国騎士団の証。一般人であれば、詰め寄られただけで腰を抜かすだろう。


 それでも微動だにしない彼とは対照的に、大臣は青筋を浮かべながら、キッとにらみつける。丸々と太ったタコのような風貌ふうぼうに、おごそかな服が似つかわしくない。


「王のめいであるぞ!」


 片目をつむり、さも鬱陶うっとうしそうに、魔導師は小指の先を耳の穴へ入れる。大臣の怒号に聞く耳は無いようだ。


「貴様という奴は……!」

「まあまあ、落ち着きましょう大臣殿」


 にこやかな声一つで大臣を制したのは、茶髪狐目の青年。プレートアーマーばかりの中で浮いていたのは、この男と大臣だけだ。細身の体格からして、おそらく名高い貴族か軍将だろうか。身なりも清潔かつ軽やかだ。


「まずは突然の来訪と、不躾ぶしつけな申し出をお許しください。僕は止めたのですが、どうしても同行したいと言う者が多くてですね。いや参りましたよ。力及ばず、失礼いたしました」


 深々と頭を下げる青年に対して、変わらず横柄な態度でいる魔導師。


「俺を含めて、口数が多すぎる奴は信用ならねぇな」


 取り付く島もない。だが狐目の青年は顔を起こし、人懐っこくほほいた。


「参りましたね。ともあれ我々とて手ぶらで帰るわけにもいかないのです。どうか理由を訊かせてはくれませんか――大魔導師、ダラーケー・ナカン殿」


 狐目を薄っすらと開いて覗かせたのは、濃紺の瞳。眼球の虹彩こうさいが、まだら模様に変化している。

 他者を操る幻惑の魔眼。どの程度の規模かは分からないが、それに巻き込まれる者は少なくないだろう。


 食えない奴だ――と、ナカンは溜息を吐いた。敵意の無い人間を盾にされるのは、彼も望むところではない。それを熟知しているからこその、暗黙の脅しだ。大方、ナカンに関する情報は徹底的に調べ上げているのだろう。


「魔法省、だったか。どうせ軍事転用の試金石にするつもりだろうが。その片棒を担ぐのなんざ、俺は御免だね」

「否定はしませんよ。ですが民の生活水準を向上させる目的もありますので、そこは誤解されませんように」

「差引き勘定じゃ、損の方が多いと言ってるんだ」

「……それは大魔導師としての勘ですか?」

「経験に基づく真理だ、若いの。出るくいは打たれ、後悔は先に立たない。こっちが備えた分だけ、争いの火種も大きくなるのさ」


 狐目の青年は「今日のところは平行線ですね」と肩をすくめた。


「ナカン殿の仰ることは分かりました。ですが魔法省の創設には、あなたの力が必要不可欠なのも、ご理解ください」

「……やけに諦めが速いな」

「気の長い話ですから。すぐに協力していただけるとは思っていませんよ――と、毎度こんなことを言うから、僕は大臣殿に叱られるんですよね~」


 大臣が怒鳴る寸前で青年はコロコロと笑った。ナカンとしては持ち越したくない話なのだが、この青年を説き伏せない限り、終わりはしないだろう。


 確かにダラーケー・ナカンは、魔術師の中でも群を抜いて異端だ。

 魔王軍との闘いを経て、その魔法は精度も威力もみがかれている。種類に至っては細分化と合成を繰り返し、近衛兵ロイヤルガードの魔術師とて解析不能だろう。

 なるほど王国にしてみれば、のどから手が出るほど欲しい人材に違いない。


 また違う住処を探さなければ――と、ナカンが渋面を作った矢先。

 不意に扉の方から、赤子の鳴き声が聞こえた。あまりの場違いさに、流石のナカンも片眉を上げる。


「ああ、あれはの用件なのですが――」


 ガタイの良い兵士が手に持ってきたのは、朱色の包み布団。

 よく見れば染み出したしずくが滴り落ちている。致死量に達しているだろう流血。それでも泣き止まない赤子。

 異様な光景を前に、他の騎士達は道を開けるように後ずさった。


「呪いか?」


 ナカンの視線が鋭さを増す一方で、狐目の青年は無感情に「分かりません」と首をかしげた。


「いっそ何かの病気であった方が、理由付けも楽なのですが。王国きっての医師や魔術師では、お手上げでした。かと言って『忌み子』として処理することも許されないんですよね。世界的な英雄の、ご子息ですから」

「っ、おい! そいつは、まさか――」


「――そうよ、あんたが察した通り。あの人達の間に生まれたのが、この子」


 そう震えながら口にしたのは、赤子を抱いていた兵士。背格好で気付かなかったが、その声色は女性のもので相違ない。

 アーメットヘルム越しでも伝わる怒気。それは何故かナカンに向けられていた。


「レイラ騎士、口が過ぎますよ」


 たしなめるも「ですが軍将!」とみつく兵士。規律が厳しい王国騎士団で上官に物申すなど、ただ事ではない。それだけ彼女が特別扱いされているということだろうか。

 レイラという名前に、ナカンは思い当たる節があった。


「お前、オルランドの娘か。デカくなったな」


 気安く話しかけられたのがしゃくさわったのか、レイラは不快感を隠そうともしない。


「相変わらず遠慮が無いわね。五年振りに会ったんだから、当たり前じゃないの」

「いや、んん」それを加味しても男勝りな体格なのだが、ナカンは「まあオルランドの娘なら当たり前か」と納得した。


 王国随一ずいいちと言われた重装兵の娘に、。魔王軍討伐の同窓会にしては、えらく殺伐とした雰囲気だ。


「聖女様の葬儀にも出なかったアンタなんかに……本当は、頼りたくなかったんだけど」


 レイラは、ナカンに朱色の包み布団を差し出す。


「この子を助けて。お願い」


 聞き覚えのある台詞に、ナカンは目を閉じて思い返す。

 魔王討伐へおもむおり、まだ少女だったレイラに、勇者と聖女と魔導師は頼み事をされた。


『お父さんを守ってね。お願い!』


 本来、それは役割が逆であるはずなのだが……あの『お人好しな勇者』は、初めて守れない約束を交わしてしまった。

 誰も犠牲にはしない。必ず帰ってくる、と。

 あの場に居て、未だ生き残っているのは、ナカンただ一人。


 レイラの父、オルランドは皆を救い、散っていった。

 勇者は魔王と相打ち、聖女は御産に全てを注いだ。

 魔導師だけが約束を果たせないまま、今また運命の岐路きろに立たされている。


 この場に仲間が居たならば、どんな声を彼にかけていたのだろう。

 それを想像して、ようやくナカンは目を開いた。

 

 泣き止まない赤子を見る。違和感の正体は、すぐに判明した。

 呪いだなんて、とんでもない。ナカンは口の端を吊り上げて、両手を赤子へと向ける。


 レイラの手を離れ、ひとりでに宙に浮く包み布団。それががされた時には、もう出血は止まっていた。大気中の水分を集め、さらに人肌まで温めたもので、血の汚れを綺麗に流れ落としていく。


 これらは言うまでなく無詠唱。術の名はおろか、痕跡こんせきさえも見当たらない。彼が魔術師ではなく、魔導師と呼ばれる所以ゆえんだ。まさしく人知を超えた、微細な出力と多重処理。

 レイラや大臣は元より、狐目の軍将ですら驚きに舌を巻いている。


 いつしか宙に浮いた赤子は、笑っていた。勇者譲りの金髪に、聖女譲りの愛くるしい顔立ち。

 ナカンは「ほらよ」と優しく操り、呆気にとられていたレイラの手元へ返してやる。

 広い室内に、拍手の音が響く。狐目の青年は嘘偽りなくナカンをたたえていた。


「素晴らしいですね。僕が思い描いていた通り……いえ、それ以上の魔法です。参考までに、この子が流血していたわけを教えていただけませんか?」


 おだてられるのは好きではないナカンだったが、このまま仲間の子供が『忌み子』と勘違いされるのも気に食わない。


祈術きじゅつの申し子だよ、そいつは」


 短く言葉をつむぐナカン。

 魔術とは対極に位置する祈術。それは祈りの具現化。正しく使えば奇跡をも起こす、神の御業。その中でも一握りの者だけが、勇者や聖女と呼ばれるのだ。


「世界に愛されすぎて、そいつの身体にはヒビが入っていた。だが無意識の自己治癒で再生を繰り返す。俺が手を貸してやったのは、自己治癒の強化だ」


 勇者と聖女の息子。その過大なレッテルに、どれだけの想いが向けられていたのかは想像に難くない。身体の強化と再生が無ければ、あっという間に壊れていただろう。物心つく前から、しっかり勇者と聖女の素養を受け継いでいる。


「……おい軍将、そっちに治癒の強化をやれる奴は居るか? 半日に一回の間隔でだ」

「居るわけないですね~。初見ですから、そんな魔術」


 ナカンは舌打ちしながら後頭部をく。

 それを見て、すぐさま狐目の軍将は「こうしましょう」と手を打った。


「ナカン殿に、その子をお預けします。もちろん必要な物資は王国から支援させていただくということで」

「あ? ふざけっ……んじゃねぇぞ」


 大声を張り上げそうになって、ナカンは抑える。また赤子に泣かれるのは避けたい。


「ん~、困りましたね。では代わりにナカン殿が王国へ来ていただかないと」

「それが狙いか。狐め」


 幻惑の魔眼を見せたのも、レイラを連れて来たのも、厄介な問題を持ってきたのも。どこまでが軍将の計算かは分からないが、手の平で転がされているのは間違いない。

 ナカンは肺の空気が無くなるまで長く、息を吐いた。


「交換条件だ。そいつを引き取ってやる代わりに、レイラも置いてけ」

「はぁ!? なんで私まで!」

「俺は子守なんざ出来ないからな」

「交渉成立です」

「軍将!?」

「レイラ騎士、身の回りのお世話を頼みます。ナカン殿は大事な要人ですので、失礼が無いように。僕も、ちょいちょい顔を見せますので。さぁ帰りましょうか、大臣殿」


 もはや蚊帳の外だった大臣の肩を叩き、狐目の青年は去っていった。

 ぽつんと取り残され、激しく不満を垂れるレイラ。それをナカンは聞き流しながら、やれやれと一息ついた。


 己に何が守れるのか――そればかりを考えて。

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