小説家に飼われていた俺達は、論争しながら物語る(ジャンル:ヒューマンドラマ+コメディ)
【あらすじ】
彼女によって全てのジャンルが一新された――そう評されていた万能小説家の京月皐が、この世を去った。
そんな彼女の内弟子であった、ムショク・王子・ガンモの三人は、最後の願いを聞き入れ、合作に取り掛かる。
これは過去と今を紡ぐ、前代未聞の創作リレー小説。
===
キャスターの声が耳に入らない。『人気小説家が急死』というテロップだけが、俺の脳内を占めていた。
次のニュースへと移って、ようやく俺はスマホを手に取る。
また何かのドッキリであれと、ネットで検索するも――淡い期待は裏切られた。
『美人小説家の京月皐(37歳)、早すぎる死去』
わざと目立たせようとする、余計な修飾語に腹が立つ。
そこから先は、よく覚えていない。
寝ていたガンモと王子を叩き起こして、先生の担当編集に電話して。しめやかな葬儀に参列して、何故だか涙も出てこなくて。
気付けば、俺達三人はワンルームマンションに帰っていた。
急いで用意した喪服姿のまま、力なく居間で座っている。誰一人、部屋の明かりを点けようとはしなかった。
「……病気、だったんだね。京月先生」
ひょろ長い美男子が呟く。
「そんな風には見えなんだ。水臭い」
ガンモは腕を組んで、ただでさえ険しい顔を渋くした。坊主頭で
そんな二人を見て、俺も何か喋らなければという気になった。
「これから、どうするよ」
重い沈黙が返ってくる。先のことを口に出すのが怖いんだろう。
俺達三人は、京月先生に飼われていた。
専門校に入学して、課題小説という品定めで選ばれた。時代錯誤な言い方をすれば『内弟子』ってのなんだろう。とはいえ先生が住んでいるのは別の豪邸で、こっちには遊びに来ていたんだが。
そんなこと俺らにとっては、どうでも良かった。人気小説家に教えを
たとえ三人で住むには狭いマンションだろうが――時たま先生の奇行に振り回されようが、俺にとっては夢のような時間だった。
そう、夢のような時間だったんだ。
「ワシは……岡山に帰ろうと思う。家業を継ぐ」
ガンモの絞り出すような声に、俺と王子は顔を上げた。
「作家は? 諦めちゃうの、ガンモ?」
「働きながらでも書けよう。この環境でないと駄目というわけでもあるまい」
「……けど書く時間は減るんだろうな。それに、お前って家族と仲が悪いんじゃなかったか。確か妹のパンツを盗んだとかで」
「いい加減にしろムショク! ワシはやっとらん! 誤解を晴らす前に、あいつらが追い出したんじゃ!」
鉄板ネタも、いまいち切れ味がない。冗談を言うような場面でもなかったか。
「ムショクは、どうするの?」
質問していたのは俺なんだが、まあ遅かれ早かれ決めなきゃいけないことだ。
「いつまで住まわせてもらえるか大家さんに連絡とって、バイト探す。んで余裕があったら書く」
「大してワシと変わらんじゃないか。適当な」
「人間、適当くらいが丁度いいんだよ。ガンモみたく気張ると、失敗した時に泣くしな」
「だ、誰が泣くか!」
さっきまで号泣していた奴が、よく言うよ。
「うん、そうだね。僕もムショクと同じかな。できれば三人で、このままルームシェアしたいんだけれど……」
なんだかんだ王子は、この生活を誰よりも気に入ってたもんな。初めの内こそ『家ルール』とか言って口うるさかったが。
「いいや、悪いがワシは出るぞ」
「――ガンモ!」と珍しく王子が食い下がる。だがガンモは鼻を鳴らして、意固地な姿勢を貫いた。
「止めてくれるな。師匠が亡くなった以上、ワシらも変わらないといかん。でないと、あの人が浮かばれんじゃないか」
「で、でも、それだと……うぅ……ムショクも何か言ってよ!」
そんなことを言われてもだな。やれやれ。
「死人に口なしだぜ、ガンモ。あの人が『変われ』って言ったのかよ」
「ワシは、そう受け取ったというだけの話じゃ。強要はしとらん」
「遠回しにしてるけどな。ここを出るってのは、そういうことだぞ」
「逆に縛り付けるのも強要だろうが。ムショク、おどれも分かっていて言っとるだろ」
まあ、な。とどのつまり、ガンモも王子も我を通したいだけ。先生の意を
あっけないほど
ふざけているようでいて、ちゃんとバラバラな三人を束ねてたんだな、先生。
しばらく無言の
「僕が行ってくるよ」
そうこう考えている内に、すっと立ち上がる王子。俺には修羅場から逃げたようにも思えた。
取り残された俺とガンモは、じっと耳を澄ませる。口を開けばケンカ腰になりそうだ。
『はい……どちら様で……ヒェーッ!!』
王子の悲鳴に、顔を見合わせる俺とガンモ。
ただ事じゃあない。カサカサ動く奴が出たって、あんな声は上げてなかったぞ。
俺達は慌てて席を立ち、玄関へと急いだ。
「どうした王子!?」
腰を抜かした王子の先には――黒ずくめの女が立っていた。
おかっぱ頭で、小顔にしては大きすぎる丸眼鏡。先生とは違う、クール系の美女。彼女は冷めた目で、へたり込んでいる王子を見下していた。
「王子、ね。まだ続けてたんだ……あだ名」
訳知り顔で、頬に指を添える彼女。こんな玄関先で
「あんた、何もんじゃい」
「ばば、馬鹿ガンモ! なんで知らないんだよ!」
「おん?」
王子は岩のようなガンモを掴んで起き上がると、勢いよく両肩に手を置いた。
「この人は純文学界の新星、
「いや知らんて。ワシ、ラノベ専門じゃし」
「俺は雑食読みだけど、作家の名前まではなぁ」
「非常識人ども! あぁあぁ〜……すみません輪島先生! こいつら勉強不足で! 僕は大ファンですから!」
腰を直角に曲げて謝る王子。ひどい取り乱しっぷりだ。輪島先生とやらも反応に困っているじゃないか。
「で、その大先生が、なんの用じゃ。師匠繋がりか?」
輪島先生は特に気分を害するでもなく、黒い手提げ鞄から封筒を取り出した。
「これを渡しに来たの。京月先生の遺書。君達用のね」
矢のように放たれた一言が、頭の中を打ち抜いた。
輪島先生はガンモに封筒を押し付けて、「それじゃあ」と
「ま――待ってください!」
どうにか背中に声をかける。けれど彼女は足を止めただけで、振り返ることはない。
それでも構わない。
「……ムショク?」
終始、冷淡な顔をして。感情を押し殺しているのとも、また違う。ドライにも程がある。
あの人と関わって、葬式にまで出て。
平気でいられる、わけがない。
「あなた宛ての遺書には、なんて書かれていたんですか?」
振り向き様、殴られるを覚悟した。だが輪島先生は空に溜息を吐くだけで、やはり俺達を見ようとはしなかった。
「特別に、少しだけ教えてあげる」
そう前置きして、噛み締めるように
「ありがとう。君の物語にも寿命を延ばしてもらった。私が亡くなって悲しむだろうけど、マルちゃんが作家として生きていくのなら、他にもやることはあるよね?」
輪島先生は努めて機械的に、遺書の内容を口にした。
京月先生らしい手厳しさ。この輪島先生は『作家であれ』という教えを、忠実に守っているんだ。
作品には血を通わせろ。作家の血は、感情で出来ている――それもまた、あの人が言っていたこと。
輪島先生は、京月先生が亡くなったという血を、一滴たりとも表に
「君達も頑張って。さよなら」
人間味のある微笑むようなトーンで言って、去っていく輪島先生。
短すぎる出会いと別れに……俺達三人は、ただ打ちのめされていた。
***
「それじゃあ、僕が読むね」
居間の明かりは、誰ともなしに点けていた。声が良いからという理由で、ガンモは先生の遺書を王子に預ける。
固唾を呑む――という慣用句は、多分こういう時に使うんだろう。
二つ折りになった紙を開く王子。一瞬だけ目を見張って、意を決したように読み始めた。
「やあ野郎共、私の為にメソメソしてるかね? ならば今すぐ止めてくれ。私が君らに求めているのは、そういうことじゃあ無いんだ。初めに言った通り、私は私がしたいことをする為に、君らを集めたんだから。それを見届けられないのは本当に悔やまれるが、まあ人という生き物は万能じゃないってことなんだろう」
なんて書き出しだよ。輪島先生のとは大違いだ。
「さて、私が作家業で一番むかついた話をしよう。どこの記者だったか忘れたが、そいつが言ったんだよ。『京月先生は多方面でご活躍されていますが、共同で創られたことはあるのですか』と。言葉を詰まらせたのは、後にも先にも、あの時だけだ。憎たらしい。というわけで、私の怒りは君らに託そうと思う」
最後の最後まで、この人は。
「いつものカードに半年分の家賃と食費は入れてある。それで結果を出せ。題材は何でもいい。存分に好きなだけ書け。ただし君らの合作でだ。価値があれば出版させるよう、担当編集には話を通してある。ムショク、王子、ガンモ。あとは君ら次第だ。信じているからね」
読み終えた王子は、紙を二つ折りに戻して――俺とガンモを不安げに見た。
死人の頼み事ほど、厄介なものは無い。
なんてこった。こんな無茶ぶりにさえ、懐かしさを覚えてしまうなんて。
「だとよ、ガンモ」
「……帰るのは止めじゃな。みすみす書籍化のチャンスを逃すこともあるまい」
題材は何でもいい、か。
ガンモと王子に目配せをすると、不謹慎にも笑いが込み上げてきそうな表情だった。
珍しく、三人とも同じことを考えていたようだ。
「死人に口なしだからな、先生」
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