小説家に飼われていた俺達は、論争しながら物語る(ジャンル:ヒューマンドラマ+コメディ)

【あらすじ】

彼女によって全てのジャンルが一新された――そう評されていた万能小説家の京月皐が、この世を去った。


そんな彼女の内弟子であった、ムショク・王子・ガンモの三人は、最後の願いを聞き入れ、合作に取り掛かる。


これは過去と今を紡ぐ、前代未聞の創作リレー小説。


===


 京月きょうげつさつき先生の訃報ふほうを知ったのは、朝のニュース番組でだった。


 キャスターの声が耳に入らない。『人気小説家が急死』というテロップだけが、俺の脳内を占めていた。

 次のニュースへと移って、ようやく俺はスマホを手に取る。


 また何かのドッキリであれと、ネットで検索するも――淡い期待は裏切られた。

『美人小説家の京月皐(37歳)、早すぎる死去』

 わざと目立たせようとする、余計な修飾語に腹が立つ。


 そこから先は、よく覚えていない。

 寝ていたガンモと王子を叩き起こして、先生の担当編集に電話して。しめやかな葬儀に参列して、何故だか涙も出てこなくて。


 気付けば、俺達三人はワンルームマンションに帰っていた。

 急いで用意した喪服姿のまま、力なく居間で座っている。誰一人、部屋の明かりを点けようとはしなかった。


「……病気、だったんだね。京月先生」


 ひょろ長い美男子が呟く。あか抜けた金髪に、しっとりと濡れた目元。作家よりモデル関係の方が花開こうという目鼻立ち。まさしく王子という容姿だが、流石に今日ばかりは、いつものはなやかさに影が差している。


「そんな風には見えなんだ。水臭い」


 ガンモは腕を組んで、ただでさえ険しい顔を渋くした。坊主頭で寸胴ずんどう短足の筋肉ダルマも、竹を割ったような豪快さとは程遠い。やけに目尻が赤いのは、泣いていたからだろうか。意外に涙もろいんだよな、ガンモは。


 そんな二人を見て、俺も何か喋らなければという気になった。


「これから、どうするよ」


 重い沈黙が返ってくる。先のことを口に出すのが怖いんだろう。


 俺達三人は、京月先生に飼われていた。

 専門校に入学して、課題小説という品定めで選ばれた。時代錯誤な言い方をすれば『内弟子』ってのなんだろう。とはいえ先生が住んでいるのは別の豪邸で、こっちには遊びに来ていたんだが。

 そんなこと俺らにとっては、どうでも良かった。人気小説家に教えをえるんだ。しかも食費と家賃付きで。そんな美味い話、蹴れる奴なんか居やしない。


 たとえ三人で住むには狭いマンションだろうが――時たま先生の奇行に振り回されようが、俺にとっては夢のような時間だった。


 そう、夢のような時間だったんだ。


「ワシは……岡山に帰ろうと思う。家業を継ぐ」


 ガンモの絞り出すような声に、俺と王子は顔を上げた。


「作家は? 諦めちゃうの、ガンモ?」

「働きながらでも書けよう。この環境でないと駄目というわけでもあるまい」

「……けど書く時間は減るんだろうな。それに、お前って家族と仲が悪いんじゃなかったか。確か妹のパンツを盗んだとかで」

「いい加減にしろムショク! ワシはやっとらん! 誤解を晴らす前に、あいつらが追い出したんじゃ!」


 鉄板ネタも、いまいち切れ味がない。冗談を言うような場面でもなかったか。


「ムショクは、どうするの?」


 質問していたのは俺なんだが、まあ遅かれ早かれ決めなきゃいけないことだ。


「いつまで住まわせてもらえるか大家さんに連絡とって、バイト探す。んで余裕があったら書く」

「大してワシと変わらんじゃないか。適当な」

「人間、適当くらいが丁度いいんだよ。ガンモみたく気張ると、失敗した時に泣くしな」

「だ、誰が泣くか!」


 さっきまで号泣していた奴が、よく言うよ。


「うん、そうだね。僕もムショクと同じかな。できれば三人で、このままルームシェアしたいんだけれど……」


 なんだかんだ王子は、この生活を誰よりも気に入ってたもんな。初めの内こそ『家ルール』とか言って口うるさかったが。


「いいや、悪いがワシは出るぞ」

「――ガンモ!」と珍しく王子が食い下がる。だがガンモは鼻を鳴らして、意固地な姿勢を貫いた。


「止めてくれるな。師匠が亡くなった以上、ワシらも変わらないといかん。でないと、あの人が浮かばれんじゃないか」

「で、でも、それだと……うぅ……ムショクも何か言ってよ!」


 そんなことを言われてもだな。やれやれ。


「死人に口なしだぜ、ガンモ。あの人が『変われ』って言ったのかよ」

「ワシは、そう受け取ったというだけの話じゃ。強要はしとらん」

「遠回しにしてるけどな。ここを出るってのは、そういうことだぞ」

「逆に縛り付けるのも強要だろうが。ムショク、おどれも分かっていて言っとるだろ」


 まあ、な。とどのつまり、ガンモも王子も我を通したいだけ。先生の意をんでいるかなんて、知ったこっちゃない。

 あっけないほどもろいもんだ。

 ふざけているようでいて、ちゃんとバラバラな三人を束ねてたんだな、先生。


 しばらく無言のにらみ合いが続くかと思っていた矢先――間抜けなチャイム音に割り込まれた。


「僕が行ってくるよ」


 そうこう考えている内に、すっと立ち上がる王子。俺には修羅場から逃げたようにも思えた。

 取り残された俺とガンモは、じっと耳を澄ませる。口を開けばケンカ腰になりそうだ。


『はい……どちら様で……ヒェーッ!!』


 王子の悲鳴に、顔を見合わせる俺とガンモ。

 ただ事じゃあない。カサカサ動く奴が出たって、あんな声は上げてなかったぞ。

 俺達は慌てて席を立ち、玄関へと急いだ。


「どうした王子!?」


 腰を抜かした王子の先には――黒ずくめの女が立っていた。

 おかっぱ頭で、小顔にしては大きすぎる丸眼鏡。先生とは違う、クール系の美女。彼女は冷めた目で、へたり込んでいる王子を見下していた。


「王子、ね。まだ続けてたんだ……あだ名」


 訳知り顔で、頬に指を添える彼女。こんな玄関先で物憂ものうげにならんでくれ。


「あんた、何もんじゃい」

「ばば、馬鹿ガンモ! なんで知らないんだよ!」

「おん?」


 王子は岩のようなガンモを掴んで起き上がると、勢いよく両肩に手を置いた。


「この人は純文学界の新星、輪島わじま詩子うたこ先生だよ!? ドラマ化も映画化もされてる、超人気作家!」

「いや知らんて。ワシ、ラノベ専門じゃし」

「俺は雑食読みだけど、作家の名前まではなぁ」

「非常識人ども! あぁあぁ〜……すみません輪島先生! こいつら勉強不足で! 僕は大ファンですから!」


 腰を直角に曲げて謝る王子。ひどい取り乱しっぷりだ。輪島先生とやらも反応に困っているじゃないか。


「で、その大先生が、なんの用じゃ。師匠繋がりか?」


 不躾ぶしつけなガンモに、血の気を失う王子。初対面だろうと図々しいのは今に始まったことでもない。

 輪島先生は特に気分を害するでもなく、黒い手提げ鞄から封筒を取り出した。


「これを渡しに来たの。京月先生の遺書。のね」


 矢のように放たれた一言が、頭の中を打ち抜いた。

 輪島先生はガンモに封筒を押し付けて、「それじゃあ」ときびすを返す。


「ま――待ってください!」


 どうにか背中に声をかける。けれど彼女は足を止めただけで、振り返ることはない。

 それでも構わない。


「……ムショク?」


 終始、冷淡な顔をして。感情を押し殺しているのとも、また違う。ドライにも程がある。

 あの人と関わって、葬式にまで出て。

 平気でいられる、わけがない。


には、なんて書かれていたんですか?」


 振り向き様、殴られるを覚悟した。だが輪島先生は空に溜息を吐くだけで、やはり俺達を見ようとはしなかった。


「特別に、少しだけ教えてあげる」


 そう前置きして、噛み締めるようにうつむいた。


「ありがとう。君の物語にも寿命を延ばしてもらった。私が亡くなって悲しむだろうけど、が作家として生きていくのなら、他にもやることはあるよね?」


 輪島先生は努めて機械的に、遺書の内容を口にした。

 京月先生らしい手厳しさ。この輪島先生は『作家であれ』という教えを、忠実に守っているんだ。


 作品には血を通わせろ。作家の血は、感情で出来ている――それもまた、あの人が言っていたこと。

 輪島先生は、京月先生が亡くなったという血を、一滴たりとも表にこぼさなかった。

 愕然がくぜんとするしかない。


「君達も頑張って。さよなら」


 人間味のある微笑むようなトーンで言って、去っていく輪島先生。

 短すぎる出会いと別れに……俺達三人は、ただ打ちのめされていた。



***



「それじゃあ、僕が読むね」


 居間の明かりは、誰ともなしに点けていた。声が良いからという理由で、ガンモは先生の遺書を王子に預ける。

 固唾を呑む――という慣用句は、多分こういう時に使うんだろう。


 二つ折りになった紙を開く王子。一瞬だけ目を見張って、意を決したように読み始めた。


「やあ野郎共、私の為にメソメソしてるかね? ならば今すぐ止めてくれ。私が君らに求めているのは、そういうことじゃあ無いんだ。初めに言った通り、私は私がしたいことをする為に、君らを集めたんだから。それを見届けられないのは本当に悔やまれるが、まあ人という生き物は万能じゃないってことなんだろう」


 なんて書き出しだよ。輪島先生のとは大違いだ。


「さて、私が作家業で一番むかついた話をしよう。どこの記者だったか忘れたが、そいつが言ったんだよ。『京月先生は多方面でご活躍されていますが、共同で創られたことはあるのですか』と。言葉を詰まらせたのは、後にも先にも、あの時だけだ。憎たらしい。というわけで、私の怒りは君らに託そうと思う」


 最後の最後まで、この人は。


「いつものカードに半年分の家賃と食費は入れてある。それで結果を出せ。題材は何でもいい。存分に好きなだけ書け。ただし君らの合作でだ。価値があれば出版させるよう、担当編集には話を通してある。ムショク、王子、ガンモ。あとは君ら次第だ。信じているからね」


 読み終えた王子は、紙を二つ折りに戻して――俺とガンモを不安げに見た。

 死人の頼み事ほど、厄介なものは無い。

 なんてこった。こんな無茶ぶりにさえ、懐かしさを覚えてしまうなんて。


「だとよ、ガンモ」

「……帰るのは止めじゃな。みすみす書籍化のチャンスを逃すこともあるまい」


 題材は何でもいい、か。

 ガンモと王子に目配せをすると、不謹慎にも笑いが込み上げてきそうな表情だった。

 珍しく、三人とも同じことを考えていたようだ。


「死人に口なしだからな、先生」

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