マリオネット with マッドライター(ジャンル:サスペンス)
「ごめん、電話して大丈夫だった?」
『うん平気。ちょうどゴロゴロしてたから』
「そっか」
『……で、どうしたの。また悩み事?』
「いや別に。ただ誰かと話したくてさ。他愛のないことでも」
『ふぅん、怪しいんだ。いつも電話してくる時は何かあったのに』
「そうだっけ」
『そうだよ。変なの』
「……変かな」
『う~そ! 変じゃないよ。そうね、じゃあ映画の話でもする? 次の休みに観ようとしてた、マッドライターって作品なんだけど――』
▲▽▲▽
時折、僕という人間が分からなくなる。
偽らない素の性格、口癖や倫理観、人当たりの程度。どれか一つでも違和感があると、胸の奥がザワザワと落ち着かない。
確かめるように誰かと話したり、スマホのアルバムを見返したり。そんな風に僕という個を手繰り寄せる。
そうしなければならないのも、この仕事の所為だ。
「わざわざ島まで付き合ってくれて、ありがとうな。後藤……俺さ、ここで頑張るから」
「ええ、また会いに行きます。お元気で」
出会ったばかりの奴に、僕じゃない名前で呼ばれて、愛想笑いまで浮かべなきゃいけない。
ある意味、サーカスのピエロより道化な役回り。
こんなことを続けているから、僕は僕自身が分からなくなる。
「じゃあな!」
爽やかに手を振る彼は――犯罪者だ。本来なら無期懲役か死刑になっているはずの、重罪人。この緑豊かな
犯した罪を全て忘れ、文字通り、生まれ変わった真人間として。
彼の姿が見えなくなってから、僕は当局に電話を掛けた。数秒もしない内にコールが鳴り止む。
「お疲れ様です。13時53分、対象の移動を確認しました。問題ありません」
『ご苦労様です。折り返し本土へ戻った後、二人目を
「承知しました」
お決まりの会話、流れるようなルーチンワーク。まるで工場のライン作業。
僕の仕事は、改心させられた犯罪者の輸送だ。
日本が人口減少社会と呼ばれるようになって久しい。労働者が右肩下がりに減る一方で、いつまで経っても犯罪は無くならない。
それ故に政府は、非人道的な手に打って出た。
凶悪な犯罪者を真っ当な人格に変え、労働させる。もちろん世間には公表せずに。
その片棒を
演じることしか取り柄がないのなら――売れない役者を続けるより、安定した公務員を選ぶ。
汽笛と共にフェリーが
あと一往復。それさえ終わらせれば休みだ。
一息入れて船内へ。用意されたパソコンを立ち上げる。
長いパスワードを入力して、専用のアプリを開く。左半分に犯罪者のプロフィール、右半分には
ぱっと目についたのは、ボサボサの髪に、何日も寝ていないかのような黒く深い
同い年か……珍しいな。一体どんな人生を送ったら、若くして極島行きになるんだろう。僕には想像もつかない。それでも、おぞましいのだけは分かる。
スクロールしながら、四ツ谷のプロフィールを読み進めていく。
改心前の犯罪者を知るのも、僕の仕事だ。記憶の
書き換えられた記憶と性格。真人間になる為、
確かなのは、今の四ツ谷にとって、僕は『親しい友人』だということ。
凶悪犯が友人なんて、ぞっとする話だけれど。
そうこうしている間に本土の港が見えてきた。
僕はパソコンを閉じて、停泊までの間、役作りに専念する。
相手に気取られないよう自然体で、かつ注意深く。マニュアル通りに演じろ。モブキャラクターとして徹する。
「……よし、迎えに行くか」
フェリーを降りて、今度は駐車場に止めた社用車に乗り込む。車内は
車のエンジン音に気付いたのか、掘立小屋の中から細身の男が顔を出した。
四ツ谷だ。
くっきりとした
僕が車を降りると、四ツ谷は挨拶代わりに片手を挙げた。
僕の第一声は、決まりきっている。
「久しぶり」
「……ああ……本当に久しぶりだな、
また知らない名前で呼ばれた。けれど、ここで顔を曇らせるほど大根役者じゃない。
「島まで送っていくよ」
「助かる。車、乗ってもいいか。このままじゃ干乾びちまう」
「だな。僕も立ち話は御免だ」
運転席に戻ると、四ツ谷は助手席側に回ることなく、後部座席のドアを開けた。振り返ると、四ツ谷が足元をモゾモゾとさせている。
「この車、土禁じゃないけど」
「……いいんだ。俺がしたいだけだから」
おかしな癖のある奴だ。掠れた声も不気味だし。
そうして裸足で入ってきた四ツ谷は、後部座席で
港までは約30分。ここの時間が毎回しんどい。
ありもしない記憶で一方的に話される恐怖は、さながら本番で台詞を忘れた演者のようだ。
どちらもアドリブで誤魔化すしかない。下手に茶化すと嘘臭くなる。
「なぁ赤羽……お前、こっちに来て長いのか?」
「まあな」
具体的な年月は言わない。ほんの少しでも矛盾は作らない方がいい。
「今の仕事は好きか?」
「なんだよ、立て続けに」
赤信号で止まっている間、僕はバックミラーを覗く。四ツ谷は
「好きか嫌いかは分からないな。虚しいから考えないようにしてる。生活の為にするのが仕事だろ」
「……なるほど」
わけが分からない。こんな気持ち悪さは初めてだ。本来なら僕の方が、四ツ谷の『改心』に欠陥が無いか調べるはずなのに。
信号が変わって、僕はアクセルを強く踏んだ。
「四ツ谷の方こそ、これから島で新しい仕事だし、何か不安とか――」
「哲平」
「――は?」
「四ツ谷なんて他人行儀は止めろよ、赤羽。お前、俺のことは『哲平』って呼んでただろ」
「……わ、悪い。そうだったな」
いや呼んでないが。
なんだ、こいつは。違法薬物が抜けきってないのか。冗談じゃないぞ。
当局に報告……するのは早いか。それに運転しながらだと危ない。
落ち着いて、引き渡すべきか探りを入れよう。
「哲平、向こうでは何してたんだ?」
「……脚本、とか書いてたな……そこそこ評判の。ふん、俺抜きで売れそうな新作が気に入らん」
「へぇ、世に出すタイミングで転職したんだな」
「聞くかい? どんな話なのか」
犯罪者に植え付けられた記憶。
今までも何度か聞いたことはあったのだけれど、どれも幸せな体験談ばかりだった。
やはり四ツ谷哲平は異常だ。
自身が創作した話を持ってくるだなんて。
「せっかくだし、聞かせてもらおうかな」
好奇と
僕は信号の無い道で、遠くに揺らめく陽炎を追った。
「そいつは周りを盛り上げるのが得意な奴で、学校では人気者だった。日陰者にさえ光を当てるような世話焼きでな。将来の夢は映画俳優になることだと、訊いてもないのに言ってきやがる。腐れ縁は大学まで続いたんだが、ある日を
よくあるドキュメント系だろうか。先程までの四ツ谷とは思えないほど
「家族も警察も親友も、誰一人として男を見つけられなかった。しばらく経って年間ウン万人の行方不明者として仲間入りだ。まるで、そいつが初めから居なかったかのように……皆が男を忘れていった。あいつが『何をしちまったのか』、どうしても諦めきれなかったバカを除いて」
それが本筋か。ジャンル分けするならサスペンスかミステリーっぽいが。
「色々と調べて分かったのは、日本の闇だ。俺らの知らないところで……連中は、とんでもないことをしてやがった。政府にとって都合の悪い人間を、片っ端から集めて利用してんのさ。あることないこと吹き込んでな」
車内の空気が、一変した。
冷房が、やけに効きすぎている。
「都合が悪い人間ってのは、何も犯罪者だけに留まらない。秘密を明かそうとした高官の親族、映画を装ったプロパガンダの脚本家。連中に目をつけられた人間は、徹底した隔離と監視社会の歯車にされる。そう、改心と刷り込みによって」
マッドなSFだよな――と、四ツ谷は口角を上げた。
こいつは、何を言って。
「歯車は消耗品だ。使えなくなったら捨てられ、新しいモノと交換される。劣化を見極めるのは簡単で、歯車の方から『サインを出す』んだとよ。そいつが持ってるスマホのメールや、電話で」
急に心臓が跳ねて、僕は思い切りブレーキを踏んだ。
その反動で四ツ谷が飛び出し、僕の肩に掴まる。
冷や汗が止まらない。
じゃあ――それじゃあ、彼女は――
「いいか、
四ツ谷哲平は、僕の耳元で、核心的な言葉を
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