デートプランナー鳥見(ジャンル:ラブコメ)
キャンパスライフは、よく
数多に存在するサークル、あるいはバイトや勉学に明け暮れ、自由な金の使い道を探す。
大人以上、社会人未満の人間関係。大学時代の彼氏彼女が結婚相手に――というのも、今や珍しくはない。恋せよ学生。
まさしく人生の晴れ舞台、咲き乱れる時なのだ。
しかし、そんな
主に男子学生の間で、まことしやかに
依頼達成率90%を誇る、がめつい恋のキューピット。
人は彼を――デートプランナーと呼ぶ。
***
徐々に冬の足音が聞こえ始めた、十二月の上旬。寒風が吹き
ガラス張りのオシャレなカフェテラスに、彼は座っていた。
差し込む光を避けるようにして、一番奥のテーブル席を陣取っている。
スマートフォンを片手にコーヒーブレイク。だがリラックスするどころか、切れ長の目は鋭く、真剣そのものだ。
(峠坂のスイーツビュッフェ……これだけのクオリティで1200円とは、恐れ入る。季節限定のモンブランも美味そうだ。今度の土曜日にでも行ってみるか?)
彼の名前は
「トリさーん……お客さん、そろそろ来るっぽいですよ」
「先輩を付けろと言ってるだろう、水戸」
「あいあーい、トリ先輩」
隣のテーブル席に突っ伏し、気だるげにスマホを操っている彼女は、
「ったく、そんなだからモテないんだ。少しは可愛げを見せろと……」
「はいそこ余計なお世話です。ヒトリミ先輩」
「余計な文字を足すな! 絶対に客の前で呼ぶなよ、それ」
「そいつはトリさんの出方次第ですかね……ククク」
丸メガネを光らせ、邪悪に笑う水戸。真っ白いセーターを着ていても分かるボディラインに、よく見るとキメ細かな白い肌。それでも世の男共が寄り付かないのは――暴風に
そんな水戸に舌打ちして、鳥見はコーヒーを飲み干した。冷めて苦味が増している。八つ当たりのようにカップを置いたところで、テラスのドアが開いた。
入ってきたのは冴えない男だった。チェック柄の上着にジーンズと、当たり障りのない落ち着いた服装。短く清涼感のある髪に、パッとしない六十点くらいの顔立ち。どこに出しても恥ずかしくない没個性だ。
店内を見回す彼。不機嫌そうな鳥見を見付けると、おずおずと周りを気にしながら近寄ってきた。
「……あなたが、デートプランナーですか?」
鳥見は男を値踏みするように眺めてから頷いた。
「俺、あなたに依頼した
「学生証か身分証は持ってるか? 念の為だ、確認させてくれ」
「あ、はい、これ」
財布から取り出した学生証を受け取り、これまたパッとしない顔写真と見比べる。本人で間違いなさそうだ。鳥見は「用心深くて悪いな」と断りを入れて返した。
「俺の名前は鳥見だ。さっさと仕事の話をしよう。席に座ってくれ」
「いや、あの……」
春日井は立ったまま、チラチラと視線で訴えてくる。どうやら水戸のことを気にしているようだ。
「そいつは放っておけ。仕事の後輩だ。依頼内容を漏らしたりはしない。置物だとでも思えばいい」
「うぇーっ、ひっどくないですかトリさん」
「実際お前はメールでの連絡以外してないだろ。置物みたく喋らないで。もう少し役に立ってから文句を言え」
「ぶーぅ」
水戸のブーイングを他所に、鳥見はトントンとテーブルを突いた。急かされ、渋々ながらも座る春日井。
「で、依頼の件なんだが……これから誘うのか、もう誘ったのか、それとも付き合ってからのデートなのか。そこら辺を教えてくれ」
「えっと、もう誘った、の方で」
「ほぉ、場所は?」
「それが……まだ決めてなくて」
「よく相手はオーケーしたな」
鳥見は片眉を上げて感心した。中々にレアなパターンだ。大抵は『これから誘う』か、『誘った後』だったとしても場所は決まっていることが多い。
これらの情報から考えられるのは――
「『あなたに任せる』って、二つ返事で」
「要するに試されてるわけか。出だしとしちゃあ悪くない」
「で、ですよね、やっぱり!」
前のめりになった春日井に、鳥見は冷たい目を送る。落ち着けという意思表示が伝わったのか、春日井は苦笑いを浮かべて座り直した。
「はっきり言っとくが、俺の役割は『デートを成功させること』だ。お前らを付き合わせることじゃない。変な期待はしないでくれよ」
とは言ったものの、デートをオーケーしている時点で脈ありなのは確かだ。今の忠告は、あくまでも逆恨みを避ける為の予防線である。
「う……分かってます」
「そうか。それじゃあ今度は、相手の名前を聞こうか」
「い、言わないと駄目ですか?」
「当たり前だろ。相手あってのデートだ。予め好みをリサーチしないと、プランが立てられん」
うつむく春日井。照れくさそうに顔を赤くして「
「兵藤……あの、兵藤か」
「あれれ、もしかしてトリさんの知り合いっすか?」
険しい顔付きの鳥見に、蚊帳の外だった水戸が口を挟んだ。
「まあな。過去に二回、別の男から依頼があった。デートそのものは成功したんだが、付き合うまでには至っていない」
「うぇーっ、そんな人も居たんすね」
「お前が来る前の話だ。言っとくがデートは成功してるからな。俺にミスは無い」
「はいはい聞いてましたって。すごーい流石ですね」
棒読みの水戸とは正反対に、驚きと安堵で目を白黒させる春日井。別の男に言い寄られていたのがショックなようだ。鳥見は軽く咳払いをして、春日井を現実に引き戻す。
「話は、まとまったな。それじゃあ契約書に一筆入れてもらおうか」
「え?」
春日井が首を傾げている間に、鳥見は黒いビジネスバッグからクリアファイルを取り出した。慣れた手付きで書類を抜き取ると、万年筆と一緒にテーブルへ置く。ご丁寧に
「後々、約束を反故にされると面倒だからな。こういうことは、きっちりさせてもらう。隅から隅まで読んでくれ」
怪しみながらもペラ紙を見る春日井。学生間の頼み事にしては仰々しい気もするが……裏を返せば、仕事にプライドを持っていると言えなくもない。
「って、依頼料5万!? いくらなんでも高すぎでしょ!」
「一ヶ月もバイトすれば稼げる額だと思うが」
「いや、それはそうだけど……」
「嫌なら構わん。帰ってくれ。流行は生き物だからな。お前の恋敵になるかもしれない奴の為に、下見しておかないと」
「ぐっ……この……!」
「俺だって暇じゃないんだ。区別なく依頼を受けやしない。どうせ請け負うのなら、細かいことで女々しく言わない、男らしい奴に限る」
ぎゅっと拳を握り締める春日井。目を閉じた彼の中で、激しい葛藤が渦を巻く。
「依頼、させて――ください!」
頭を下げて頼み込む春日井。満足気に口角を上げる鳥見。
今ここに、従属関係は結ばれた。
そんな一部始終を見ていた水戸は「うっわ、ちょろ~」と声を漏らすが、誰にも届いていない。恋は盲目なだけはでなく、難聴にもさせるようだ。
「納得してくれて嬉しいよ。やるからには完璧なプランニングにしてみせよう。さあ、サインを」
「うぅ……は、はい」
甲の箇所に氏名を書き、朱肉に親指を付ける春日井。ふと、契約書に明記されていた一文に目が止まった。
乙(デートプランナー及び助手)は、甲のデートを見守ることができる。
「……ナニデスカ、コレ?」
「ん、読んで字の如くだが」
「いや読めるよ! 読めるから訊いてんだよ! なんだよデートを見守るって!」
「安心しろ、俺らは遠くから眺めているだけだ。依頼者が望まない限り干渉はしない」
「見てる時点でしてんだろうが!」
聞き分けの悪い子供を前にした時のように、鳥見は溜息を吐いた。
「そう興奮するな。お前は依頼達成率の高さを疑問に思わなかったのか? ただデートを組み立てているわけじゃない。そんなのは情報雑誌を見ていれば事足りる」
デートプランナーとしての本懐は、その先にこそある。
「俺は現場まで足を運んで、実際に見たものしか信じない。人の心なんてのはな、そうでもしないと分からないんだよ。今後に活かしてこそパーフェクトプランに繋がるんだ。その実績があったから、お前は依頼してきたんじゃないのか?」
「……すみません」
「気にするな、慣れてる。デートの前に浮かない顔なんてするなよ。相手を楽しませることだけ考えてろ」
「そうですね……鳥見さん」
春日井に笑顔が戻ったところで、押印はなされた。
相手は難攻不落の兵藤雫。デートプランナーとして、これ以上の
鳥見は、高らかに宣言した。
「さあ、プランニング開始だ」
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