書き出し置き場

異能世界の修理屋家業（ジャンル：SF＋ディストピア＋能力バトル）

　大都市の国道を走る、車が一台。

　ほとんど対向車は無く、どれだけアクセルを踏もうが何キロでも出せてしまいそうな空き具合。

「こんな良い天気に……俺達ぁ、何してんだろうな」

　風になびく茶髪交じりのミディアムカット。垂れた目には空色のゴーグルを装着しており、口の端に電子タバコを咥（くわ）えている。いかにも軽薄そうな面構え。開け放った窓に肘（ひじ）をかけ、男は立ち並ぶビル群を眺めていた。

「お役所仕事でしょう、灰村（はいむら）さん」

　視線は前方に固定したまま、もう一人の運転手は素っ気なく返した。灰村は息を吸い込み、わざとらしく白い煙を吐いてみせる。

「そういうこっちゃないのよ城戸（きど）ちゃん。若い男が二人、貴重な休日に仲良くドライブとか、どんな拷問って話よ」

　城戸と呼ばれた男は、面倒臭そうに黒髪を掻（か）いた。

　灰村とは対照的に、社会人然（ぜん）とした髪型。くっきりとした目元は、やはりゴーグルに覆われている。あまり人付き合いが得意でないものの、無視しては尚更うるさいと口を開いた。

「若いのは俺だけで、灰村さんは三十路でしたよね。それに――」

　言いかけたところで、そこかしこから流れたメロディに遮られる。

『こちらは情報統制局です。避難勧告をお伝えします。第三十六区、並びに第三十七区に居（お）られる方は、直ちに最寄りのシェルターへ避難ください。繰り返しお伝えします――』

「こんな状況ですし」

「あー嫌だ嫌だ。何で連中がドンパチしてる時に、俺ら事後処理が行かにゃならんのよ。危険手当だけじゃ割に合わんて」

「二次災害を未然に防ぐ為、って教わりましたよ。灰村さんから」

「……冷たいねぇ城戸ちゃんは。もっとこうさ、気の利いた受け答えって出来ないわけ？」

「性分ですから。と、そろそろ通報のあった区域ですね」

　少し都心を離れ、住宅街の道路脇に車が止められる。ぐっと腕を伸ばす灰村。

「なぁ城戸ちゃん、このまま帰っちゃわない？」

「いい加減にしないと主任に怒られますよ。また鞭（むち）で打たれたいんですか」

　軽口ばかり叩いていた灰村が、すっと顔を青ざめ、電子タバコをしまう。

「さぁて、お仕事しますかね。ちゃちゃっと終わらせよう」

「……そうですね」

　溜息を吐いた二人は、重々しく車のドアを開けた。

　民家周辺に人の姿は見られない。店のガラス窓を覗（のぞ）いても、客はおろか店員さえ不在だ。監視カメラだけが事務的に働いている。大半の住人は退避を済ませたのだろう。

　灰村は手首のバングルに人差し指を置いた。

「申請、業務執行。半径六キロ、制限二時間」

『――承認しました』

　数秒もしない内にバングルから機械音声が聞こえ、灰村は肩を回した。左右のこめかみに指を当てると、普段の緩（ゆるい）い言動に似つかわしくないほど没頭していく。

「走査（スキャン）」

　一言だけ発して、灰村は肩の力を解いた。周囲に変わった様子は見られない。

「オッケー、照合データ作れた。そっちに送るわ」

「はい……受け取りました」

　城戸の視界に、二時間前と今見ている光景が重なっていく。特に変化の目立つ部分には、矢印状のポインターのような物体が浮いていた。

　ゴーグル型の情報端末は、彼ら修理屋（リペアルマン）の標準装備である。人工衛星を介して、高度な情報のやり取りを瞬時に行うことができる。

　スキャンは灰村の異能だが、それによって判明した破損箇所を修理するのは、城戸の役割だった。このペアには『公的被害による器物破損の修復』が義務付けられている。

　故に彼等は、スーツではなく汚れてもいい作業着なのだ。

　一通り被害状況を確認した城戸は、眉間（みけん）にしわを寄せた。

「連中、また派手にやってますね。道路に電子標識、家の壁。しかも室外機まで壊されてます。厄介な」

「ん、いつものことじゃないの」

「いや、そこの住民……退避してないんですよ」

　うげ、と灰村は奇声を上げて、手をヒラヒラと振った。

「任したわ城戸ちゃん。俺、そういうの苦手って分かってるっしょ。得意のアレで何とかして」

「またですか。仕方ない」

「ぃよ、さすが主任のお気に入り。男前だねぇ」

「古臭いノリは結構です。車で待っててください」

　呆れた素振りで城戸は言い捨て、問題となる民家へ向かった。

　至って庶民的な、二階建ての一軒家。

（家にいたのは一人だったな……）

　心の中で呟き、城戸はインターフォンを押した。軽く息を吐いて、半音上げる為に喉（のど）の調子を整える。

　家の中からドタドタと駆け回る音が聞こえ、その直後にインターフォンからノイズが走った。

『はいはい』

「こちら公安局の修理屋ですが、ご在宅の方でしょうか」

『そうだけど』

「公的被害で破損した室外機について、修理の許可をいただきたいのですが、よろしいでしょうか？」

『い、今行くから待ってろ』

　乱暴に通信が切れて、せわしなく歩く物音。どうやら修理屋が来るのを待ち構えていたようだ。

　ドアが開かれ、現れたのは上下ジャージ姿の小太りした男だった。

　城戸は得意の作り笑いを浮かべたまま、男の手首を確認する。

　一般人の黒色バングル――つまり無能力者ではないらしい。バングルをしているということは、ヴァージン（手つかず）の年齢でもないようだ。

「あんたが修理屋？」

「そうです」

「いんや驚いた。寝起きでネトゲやってたら、いきなしドカンだもんな。一体どうなってんだよ、おたくら公安は」

　オタクはお前だろ――という想いを噛（か）み殺して、城戸は鉄面皮（てつめんぴ）を被り続ける。

「申し訳ございませんでした。それでは早速、修理の方に取りかかりたいのですが」

「……ちっ。ああ、やってくれ。早くな！」

　住人からの了承を得て、城戸は室外機の前に立った。公安局を示す紫色のバングルに、見えやすいように中指を立てる。オタク――もといジャージ男は、それに首を傾（かし）げ不思議そうに眺めていた。

「申請、業務執行。復元（リストア）の許可を」

『――承認しました』

　そうして城戸は、掌（てのひら）で狙いを室外機に定める。

　意識を集中し、ゴーグルから見える二時間前の画像をイメージ。

「お、おお……すげ」

　すると丸く凹んだはずの室外機が、ベコンと音を立てながら元の形へ戻った。吹き飛んだ破片も宙に浮かび、まるでジグソーパズルのように嵌（はま）っていく。その切れ目すら原型の通りに消え失せた。

　これが城戸の異能力。人以外の物体に対し、時が遡（さかのぼ）るかのように復元していく。修理屋としては天職と思えるほど便利な能力だが、その制約の厳しさや汎用性（はんようせい）の乏（とぼ）しさから、異能力の程度ではＣクラスに認定されている。

「修理、終わりました」

「ちょ、ちょっと待ってろ。帰るなよ！」

　ジャージ男は慌てて家の中へ戻り、エアコンのリモコンを握ったまま引き返してきた。

　ふーふーと臭い息が顔にかかりそうで、揺るぎない笑顔に亀裂が走りかねない。

「ど、どういうことだ、おらぁ。スイッチ入れても動かねぇぞ、弁償だ！」

　城戸の前で何度もスイッチを押して見せるジャージ男。スキャンの結果では、リモコン自体に不備があるわけでは無さそうだ。

　かと言って、城戸の能力に問題があるとは考えられない。公安の信頼性は、それだけ高くなければならないのである。

　だとすれば、推測されるのは一つ。

「こちらのリストアは“経年劣化”までは直せません。ご了承ください」と、頭を下げる城戸。

　それが意味するところは、いわゆるクレーム対応。公的被害に関係なく、元から壊れていたことを暗に示していた。

　図星で腹を立てたのか、ジャージ男は室外機をバンバンと叩きながら、顔を真っ赤にして捲（まく）し立てる。

「ふ、ふざけるな、勝手に壊しておいて、直せないだとぉ！？　そそそ損害賠償だ！」

「ご不満があります場合は、お手数ですが最寄りの市役所までご連絡ください。それから、現在ここの区域には避難勧告が出されております。危険ですので、シェルターへお移りいただけないでしょうか？」

「な、舐めやがって……っ！」

　あまりにも事務的な返答に、ジャージ男は業腹にバングルへ手を当てようとした。

「公安に対する業務執行妨害は、重罪ですよ――その覚悟はあるんだな？」

　一転、城戸は笑顔のままドスの利かせた声を出す。わなわなと震えたジャージ男は、ぶらんと手を下ろした。

　やっと一件。こんな調子では日が暮れてしまうだろう。

　城戸は次の破損物を探しに踵（きびす）を返そうとしたところで――晴れ渡る空から、悲鳴を聞いた。

「ょっとそこ退（ど）いてぇえええええ！！」

「へ？　ぺぎゃんッ」

　鋭利な角度で落ちてきた何かは、ジャージ男をクッションに室外機を跡形もなく粉砕した。

　昏倒（こんとう）しているジャージ男。

　そして、もう一人は尻もちのように擦（さす）っている、女の子。

　目も覚めるようなプラチナブロンド。日本人離れした整った顔立ちは、まだ若く高校生のようだ。オシャレ度外視の動きやすそうな格好は、全体的に煤（すす）けている。それでも町中で通り過ぎれば、誰もが後ろを振り返るほどの美しさ。

　加えて、何よりも目立つのは――

（申請不要な、公安特攻の赤いバングル）

「ぁい、たたぁ……あんの爆弾魔（ボマー）、こんな所まで吹き飛ばして。ていうか私の能力と相性悪すぎでしょ」

　男であれば胸が高鳴りそうなシチュエーションに、しかし城戸は作り笑いすら消して、堪忍袋を紐解いた。