第33話 出場交渉

フィオナが再度目を覚ます。

それに気付いたのはリアムだけでナナはその場にいない。

ナナは体育祭の練習前の“場所取り”の時点で生まれた怪我人の対処をしている。

フィオナは状況が読めない顔でじっとリアムの顔を見ている。

おそらく一時的に記憶が曖昧になっていて、リアムに説明を求めているのだろう。

フィオナは話したこともない人間なので言葉にしかねていると言った顔をしている。

一気に説明したいところだが順を追ってゆっくりと理解してくれるのを待って話していかないとまた気絶されかねない。

また気絶されたらたまったもんじゃない。


「フィオナ、俺のことわかるか?」


と薄氷を砕かないように注意を払いながら当たり障りの質問を一つした。


「ええと、確か…リアム…リアム・アーキタイトさんですよね?」


と少し怯えた様子で答えた。

警戒しているのもあるのだろうが、普段は関わらないむしろ関わりを避けているタイプの人間が目の前にいるのが不安なのだろう。


「リアムでいいよ。君は気絶してここに運び込まれたんだ」


と次の言葉を慎重に発する。


「気絶…ええと…なんか思い出せそう」


とフィオナが呟く。

思い出すことで一気に状況を理解されるとまた気絶される可能性がある。

このまま放って置くと思い出す、気絶、思い出す…と無限ループに陥りかねない。


「ちょっと待て、説明するから思い出そうとするのはやめてくれ」


とリアムが制止する。

フィオナは割と素直な子だったのか大人しくリアムの言葉に耳を傾けた。


「えーと、どこから説明するかな…。まず、体育祭の出場者を決めていたんだ」


「はぁ、…そういえば…」


またこのままにしておくとフィオナは記憶が戻り、気絶しかねない。


「落ち着いて聞いてくれ。俺はフィオナの魔力の扱い方と風属性魔導の扱いを見てポゼッションスターで活躍できると思ったんだ」


となるべく落ち着いて聞いてもらえ、気絶しないように細心の注意を払いながら告げた。

その甲斐あってか、リアムの言葉を聞いた瞬間に一度だけふらっと倒れかけたが持ちこたえてくれた。


「でも、私…人の目があるとどうしても…失敗してしまうんです」


とフィオナが申し訳なさそうに呟く。

その言葉を聞いてリアムの中に一つ疑問が生まれた。


「でも、テストの成績は抜群に良かったじゃないか」


と生まれた疑問を口にした。


「それは、目を閉じてできるようになるまで練習したからで…」


「なるほど、それで魔力の流れを感じて制御できたのか」


とリアムは合点がいった様子で呟く。

目をつぶって魔力、魔導を制御し、好成績を叩き出したのだ。

視覚は知覚できる情報の八割を占めていると言われるほど受け取っている情報量が多い。

それは魔導師ウィッチャーとて例外ではない。

術式を意識して扱える学生のうちほとんどの場合は魔力の流れをイメージとして可視化して魔術式を起動させている。

手慣れた魔導師ウィッチャーは感覚で魔力を制御できるようになる。

しかし、魔導学園の一年がそんなこと出来るはずもない。

学生が視覚イメージの補助なしで魔術式を綺麗に成立させるのは難しい。

発動する魔導の性能は詠唱よりも魔導師ウィッチャー本人の魔力の制御、出力等に強く影響を受ける。

そういったものを視覚イメージとして受け取って魔力を扱う。

それを目をつぶって得意属性とはいえ1番の成績を出したということは魔力の感覚的な制御に長けているという事がわかる。

その努力によって身についた技能が役に立ちそうなのだ。


「得意な風属性は成績が良かったけど…他は散々でしたよ?…私なんかよりもずっといい人がいますよ」


と自信がなさそうに言う。

フィオナは当然だが自分が選ばれた理由を理解していない。


「いや、フィオナ…君に頼みたい。できるようになるまで練習に付き合うから」


とリアムはフィオナを真っ直ぐ見つめて告げる。

フィオナの目線がゆっくりリアムから逸れていき、頰が赤く染まる。


「そ、そこまで言われると…分かった…やってみるけど…期待はしないでね」


フィオナが承諾したことでようやく体育祭の練習の段階へ移行することができた。


::::::::::::::


フィオナとリアムは保健室を後にし、一年五組のクラスに戻った。

二人の姿を見たサナは安堵の表情を浮かべた。


「フィオナさん、大丈夫?」


とサナが尋ねる。


「あっ、はい…心配かけてすみません」


フィオナがぺこりと頭を下げた。

サナはホッと胸を撫で下ろした。


「よかった、気絶した時はほんと驚いたわよ。…それでリアムくん、フィオナさんは?」


出場するのかと聞きたいことはすぐに分かった。

リアムは言葉の代わりに頷きを返した。


「予定をまとめた紙を渡しておく、ここに彼女の予定も付け加えて複写を返してくれ」


とキールが紙を渡してきた。

とても几帳面にカレンダーに書き込んだかのように名前と予定がまとめられておりさすが優等生といった感じだった。



「ポゼッションスターとコントロールポット以外の練習はキールに任せたい」


「待て待て、コツだったりどのような練習がいいか分からないぞ」


とキールは突然の申し出に慌てた様子を見せた。


「ある程度は説明する。任せたいのは予定の管理と練習の監督だよ」


と補足説明を加えた。


「分かった、努力しよう」


それを聞いたキールは納得した様子を見せた。

フィオナから予定を聞く、種目の説明などまだまだやるべき事がある。

まずは…


「フィオナ、練習の予定を立てたいんだが、この中で行ける日を教えてくれ」


と彼女の予定を聞きつつ、キールのまとめてくれた紙を見せた。

フィオナは一通り目を通した様子を示した。


「私はみんなに合わせます」


と迷いなくリアムに言葉を向けた。


「無理してないか?予定があるなら全然言って欲しい」


言葉の端々に感じた揺らぎに不安を覚えたリアムは確かめるように尋ねた。

フィオナは首を振り


「いえ、むしろ私はみんなより練習が必要なので」


と返した。

リアムはフィオナに期待を持っているのだが彼女の自己評価はかなり低いらしいかった。


「…そうか、無理はするなよ」


リアムはこれ以上何を言ってもフィオナの意思は曲がらないと判断した。

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