第32話 エメラルドグリーンの少女

翌日


この日から体育祭が始まるまで午前中のみ授業があり、午後からは各々のクラスで独自の体育祭準備を行うことが認められている。

この期間中であれば教師の付き添いが必要という条件があるが学園外での練習も許可されている。

昨日までに各種目の出場者が決まったクラスがほとんどなので、今頃は熾烈な運動場の奪い合いが行われていることだろう。

圧倒的に戦力差があり、練習が最も必要であろう一年五組の生徒は教室内で出場者決めを行なっていた。

リアムがみんなの前に立ち、出場者を発表しようとしていた。


「まず決勝ラウンドは難しいと思われるスティールエリア、サーチアンドコレクト、コレクトディフェンスから」


と言って出場者決めを始めた。

決勝ラウンドが厳しいとはいえ丸投げするのは忍びないので一応提案という形で決めておいた。


「スティールエリアは…」


と淡々と名前を述べていった。

特に反発もなく呼ばれた人間は全員受け入れてくれた。

むしろ、実力が認められて嬉しそうにする者もいた。

だが、重要なのはむしろ次である。

次に呼ばれた人たちが受け入れてくれないと決勝ラウンドに進むという事は不可能になる。


「次に決勝ラウンドを狙うポゼッションスターとコントロールポットの方を呼ぶ。まず、ポゼッションスターはフィオナ、クレアにコントロールポットはアリス、ルークに頼みたい」


「ちょっと、私っ!?」


とアリスが机を叩いて立ち上がる。

おそらく、リアムをこの状況に陥れた仕返しとでも思っているのだろう。

それは半分正解半分ハズレだ。

たしかに“やり返してやれ!”という気持ちもあったが純粋に魔導を制御する力が強いところがこの種目に向いているといえた。

この点に関してはカグヤからも同様のことを言っていた。


「俺は適任だと思ったが、ダメか?」


とリアムは少ししおらしい演技を見せた。

予想した反応と異なったのかアリスは


「ダメって事はないけど…」


とすこし気恥ずかしさを感じている様子で承認してくれた。

リアムの態度が演技だとは気付いていないようだった。


「他のみんなもいい?」


とサナが尋ねる。

一応、教師としての仕事をしようと言う事なのだろうか。

これで承諾されればいよいよ体育祭に向けて本格的に動き出せることになる。


「ちょっと待ってくれ」


とそれに待ったをかけたのはキールだった。


「キールくん、何かしら?」


とサナがキールの発言を拾う。


「リアム、俺が呼ばれていないぞ?自分で言うのもなんだが中間試験の成績は一番だったんだ…何かに出てしかるべきでは?」


「そうだな、平均的に成績のいいキールは確かに試験の成績は一番だろう。だからこそ、サナ先生と練習の監督をしてほしい」


この展開は予想通りだったためあらかじめ用意したセリフを返した。


「どうしてだ、もっと合理的な説明を求める」


キールは試合に出たかったのだろうか食い下がってくる。


「俺が全種目担当してもいいが決勝ラウンドに進むためにポゼッションスターとコントロールポットに集中したい。すると誰かが他の種目の人達をまとめられる存在が必要なんだ。色々な魔導を平均的に扱える君が適任だと思ったんだが」


「そう言われると悪い気はせんな、わかった」


となんとか丸め込むことに成功した。

これでようやく…。


「先生ー、ちょっといいですか」


とまた面倒なことが起こる。


「選出されたことを聞いてフィオナが気絶してます」


生徒の指先にはエメラルドグリーンの髪が特徴的な少女がぐったりと意識を失っていた。

リアムは前途多難さを感じて頭を抱えた。


::::::::::::::


保健室


リアムは放課後の予定の聞き取りをキールに頼み、フィオナを保健室に連れて行った。

保険室の先生がフィオナをベットに寝かせた。

ベットのスプリングがわずかに沈み込んだ。

リアムはベットのそばに椅子を用意して座り込む。

リアムはフィオナが極度のあがり症であることを知ってはいたが見積もりが甘かった事を悔いた。

流石に選ばれただけで気絶するとは予想もできなかった。

保険室の空間を仕切るカーテンが開き黒髪で大人の女といった雰囲気を醸し出す人間が現れた。


「えっとぉ…どうして意識失ったか教えてくれるぅ?」


と保険室の先生であるナナが尋ねる。

パーソナルスペースが狭いのか顔がかなり近い。

香水の匂いが鼻腔をくすぐる。


「体育祭に出場してと伝えたら気絶しまして」


と苦笑いしながら言葉を返す。


「嘘みたいな話ねぇ」


とナナはそう言いながらリアムの首元を嗅ぐようにした。


「うん、嘘の匂いはしないわね」


ナナは微笑みながら頷く。

異常嗅覚、嘘の匂いがわかる仕組みまでは不明だが感情の読み取りができるらしいと、リアムは予想した。


「あらぁ、起きた見たいよぉ」


その言葉を聞いたリアムはフィオナの方を見る。

体を起こしたフィオナは何が起きたかわからないといった顔で目をパチパチさせている。


「フィオナちゃん、あなた気絶してたのよぉ。覚えてるぅ?」


「…えっと、私がポゼッションスターに選ばれて…選ばれ…て?…きゅうぅ」


小動物の鳴き声のような音を鳴らしながらバタッとベットに倒れこんだ。

フィオナは思い出し気絶してしまったらしい。


「本当に体育祭に出て欲しいならぁ、急いではダメよぉ」


「ご忠告痛み入ります」


とリアムは返した。

そして、フィオナが起きるまで待つことにした。

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