第26話 事後処理のための身代わり

リアムは目を覚ます。

ふかふかのベッドの上に寝かされていることはすぐに理解できた。

その他、周囲の情報から自分の位置を推測しようとする。

その過程で周りを見渡すことで自分の手を握りながら月明かりに照らされて幻想的な雰囲気を醸し出す微睡む少女が目に入った。


「エマ、無事だったか」


リアムは彼女を起こさないように注意を払いながら身体を動かしつつ呟く。

身体は随分と軽くなっており、おそらく的確な治療を受けたらしかった。

傷口を見ようとするが包帯を巻かれていて状況は確認できなかった。

ガチャリと音を立てて扉が開く。

扉の奥から灯りの光が入り込む。


「あら、起きたのね」


とカグヤが声をかける。

リアムはここがアーキタイト本邸であることに確証を持った。


「カグヤさん、俺どれほど寝てました?」


「半日以上ね、まだ傷が完全に癒えていないからあまり動かないでね」


とカグヤが忠告する。

リアムはエマに握られていない側の手で首元を探る。

いつもは首に掛けられているホロウ(ペンダント型)がいない事に気付いた。

カグヤもその仕草で何をしているのか理解したらしく


「ああ、魔導具ウィッチクラフトは部屋の机の上に置いておいたわよ」


と教えてくれた。

リアムは首を動かしてそれを確認する。


「んにゅ〜、ね、寝てた…」


浅い眠りだったらしく、エマが目覚める。

眠気混じりの眼で周囲を見回すエマ。

その目にリアムが映る。


「に、兄さん!起きたのね!よかったぁ」


エマは安堵の表情を浮かべた。


「エマ様、リアムくんの世話をするって言ってここを離れなかったの」


とカグヤは微笑ましげに笑いながら言う。

第二特務隊の護衛対象であり、アーキタイトの次期当主候補一位であるエマは兄妹であるリアムを除く全隊員が“様”付けで呼ばなければ誰に咎められるか分からない。


「カグヤさん、それは正しいんだけど…」


とエマは恥ずかしそうに顔をわずかに赤らめた。

それがなんとも可愛らしくてリアムの顔も自然と和らいだ。


「さて、まずはこちから報告しましょうか」


と頃合いを見計らったかのようにカグヤが話を変える。


「一組の学生は魔力枯渇気味の子もいたけど全員無事よ。犯人と思わしき人物を一人捕縛できたわ」


「…まて、一人だけ?もう一人はどうした?」


リアムが違和感を覚え、尋ねる。

カグヤは少し言いづらそうにしながら


「三階で切れたロープが落ちていた事は確認したけど…足取りは掴めなかったわ。多分、捕まることを前提に刃物を持ってきていたのね」


と答える。

炎獅子を捕まえ損ねたらしいことはすぐに理解できた。

刃物は基本的に魔導や魔石等を使って切れ味を増強して扱うもののため、まともな刃物を持っている魔導師ウィッチャーは珍しい。

炎獅子はかなり用意周到な魔導師ウィッチャーなのだろう。

情報源が減ったのは悔やまれるが一人でも確保できたなら成果としては十分だろう。


「この件に関しての報告をシューラ学園側から報告を求められているのだけれど…アーキタイトとしても貴方や虚ろなる器ホロウ・ヴィゼルの力を知られるようなことがあると面倒なの」


そこまで言ってカグヤは黙ってエマとリアムを少しずつ目線を向けた。

リアムはカグヤの言わんとしていることを理解したが敢えて口出しはしない事にした。


「だから、うちの護衛が対処した事にしようと思うの」


エマの護衛のために学園周辺で警戒していたアーキタイトの人間が異変を察知し、事態に対処した、と言った感じの筋書きで学園に説明するつもりなのだろう。

学生の身だけならまだしも“アーキタイトの出来損ない”であるリアムが事態の収束を一人で行った事など信じられるわけもない。

何よりも避けるべきなのは虚ろなる器ホロウ・ヴィゼルの有用性を外部に知られることだ。

ホロウは対外的には作者不明、性能不明の魔導具ウィッチクラフトである。

ほかに適合者がいないため利用はリアムに一任されている。

これはとある遺跡で発掘されたもので他の名家に詳細はほぼ知られていない。

ホロウのことを知られるとそれをめぐっての策の張り巡らせ合いが起こりかねないのだ。


「分かっています、俺は褒められるために戦ったんじゃありません。エマが無事ならそれで十分です」


と答えながらリアムは不満げな表情を浮かべるエマの頭を撫でる。


「…私は納得いかないです。兄さんはボロボロになるまで戦ったのに手柄を別の人に取られるなんて…」


エマは頭を撫でられても機嫌が直ることはなく不平を述べる。

カグヤは頭を抱えた素振りを見せる。


「エマ、俺は手柄が欲しくて戦ったんじゃない」


「…でもっ!正当な報酬が支払われべきで…」


珍しくエマが食い下がってくる。


「大切なエマが無事なだけでお腹いっぱいになるくらいの報酬になっているさ」


「それは兄さんが護ってくれたからで報酬ではありません!」


今日のエマは随分強情だなとリアムは説得方法を考えるが有効な言葉が思い浮かばない。


「でもさ、俺にとってはエマが報酬みたいなもんなんだよ」


リアムは正直な気持ちを伝える事を選んだ。


「……私が、報酬…」


その気持ちがエマに伝わったのか深く考え始めた。

そのあとゆっくりと顔を赤く染めていき


「わ、分かりました…」


とあっさり引き下がった。


「ようやく、話を前に進められるわね」


と話が進むのを黙って見ていたカグヤが口を開いた。


「報告と現実に齟齬があると厄介だから正確な報告が必要なの」


一息開けてそうカグヤが続けた。

リアムはエマをさらったジャン、一度敗走させられた炎獅子、ヒューイに化けていたテイルのことを事細かに伝えた。


::::::::::::::


エマの護衛の中で単純な戦闘能力がピカイチであるサクヤに身代わりスケープゴートの役割が与えられた。

サクヤの持っているゆるい性格を誤魔化しきれるかが重要だった。

下手をすれば「私はやってないから知らーん」とか言いかねないのでぬかりない台本を用意して上で最悪の場合に備えて通信用の魔石を耳にぶち込むという用意周到ぶりをみせている。

カグヤ、リアムは尋問で得られた情報やサクヤの能力などを考えてギリギリまで時間をかけて台本を更新し、サクヤがそれを読み込んでいた。

他にも調査によって使おうとしていた大規模術式の内容が術式の起動を封じる魔導だったなどいくつかの情報が手に入っている。

扉の開く音が耳に入り二人は同時に音の鳴る方に視線を向けた。


「カグヤさん、すごい情報ニュースが入ってきました」


とルーフが珍しくキラキラした目で入ってきた。

が、リアムを見た瞬間、目から光が失われた。


「はぁ〜、貴様リアムもいるのか」


とルーフが心底うざったいものを見る目をリアムに向けながら呟く。


「あっ、ルーフだ〜どした?カグヤ…」


台本から目を離し、顔を上げたサクヤ。

ただ、言葉を言い切る前に隣から伸びる手に頭を押さえつけられる。


「サクヤは少しでも台本を覚える努力をしなさい。で、ルーフくん、ニュースってなにかしら?」


と1分、1秒でも多く台本の調整に時間を割きたいカグヤがサクヤを押さえながら尋ねる。

その質問である程度目に輝きが戻るルーフ。


「ああ、そうでした。シューラ学園の教師でテイルの化けた対象だったヒューイが自宅で死体として見つかりました」


とリアムにとって衝撃的なことをルーフは淡々と述べた。

リアムはヒューイの死を告げられて一瞬、フリーズしてしまう。

しかし、すぐに当たり前だと理解した。

化けて罪をなすりつけるなら本人は拘束するなり殺すなりして行動不能にしておく必要がある。

そう考えるとヒューイを殺すことは理にかなっている。

リアムは落ち着いて事実を飲み込んだ。


「後、テイルのアリバイは嘘だと分かりました」


とルーフが付け加える。

テイルは異界化した空間に封じられているので生死が不明で確認もほぼ不可能である。

ただし、教師であるテイルの魔力残滓の特徴は細かく情報が残っている。

全てが終わってから魔力残滓を隠蔽するつもりだったのだろうが、リアムによって阻まれたためかなり強く魔力残滓が残っていることだろう。

アリバイさえ否定できれば情報それを使ってテイルが事件に関わった証明が可能になる。


「この情報も含めて台本を調整しましょう。ありがとう、ルーフくん」


とカグヤがルーフに笑顔を向けながら言った。


「仕事ですので礼には及びません」


ルーフは澄ました態度でそう返し、紅潮した頰に気付いていない様子で部屋を去った。


「カグヤさんってルーフの扱い方上手いですよね」


ルーフを刺激しないように一連の流れを黙って見ていたリアムが口を開きそう言った。


「そうかしら?」


とカグヤは素の表情で尋ねる。


「俺はなんだかルーフに嫌われているらしいんで、そもそも会話すら出来ませんよ」


「嫌われているようには感じないけど。…そんな話よりも作業を進めましょう」


そう言われたリアムは作業に戻った。


真面目にやるように、台本を覚えるようにと何度も何度も擦り込んだためサクヤもしっかり身代わりスケープゴートの役目を果たしてくれた。

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