第22話 一瞬の決着

一歩足を前に出すたびに血の滲み出る足を無理矢理動かし階段を上っていく。

三階の踊り場が見えてくる。

リアムは一つ深呼吸して痛みで分散する集中力を高める。


「我が身に力あれ

一連射アイン


一説詠唱で【フィジカル・ブースト】を起動し、さらに連射詠唱で一時的な身体能力上昇を行う。

ただし、【フィジカル・ブースト】を含む身体強化系の魔導は使用回数と効力が反比例の関係にある。

初等魔導である【フィジカル・ブースト】は特に下がり幅が大きいため二回使ったとしてもジャンと戦った時よりも低い効果しか発揮できない。

本来は身体強化系の別の魔導を扱って誤魔化すのだがリアムには【フィジカル・ブースト】以外の身体能力を強化する魔導を素早く扱いきることができない。

そのため魔力消費が増えることを無視してでも連射詠唱を使って無理矢理効果を増大させるしかなかった。

二回詠唱すればいいと思う人もいるかもしれないがこういった類の魔導は連射しない限り効果が切れるまで詠唱しても魔導が起動しても定義破綻で効果が消失する。

そのため連射詠唱が必要だったのだ。


「【フィジカル・エンチャント】でも使えればよかったんだが…」


【フィジカル・ブースト】が正しく起動していることを確認しながら呟く。


『どうしようもないことを言うな、それよりも効果が切れる前に仕留め切らないと御仕舞いだぞ』


「そうだな。やれる最大のことは考えた、炎獅子を狩るぞ」


ホロウの言葉を受けて決意に満ちた声でそう言って階段を登りきる。

廊下にいる炎獅子と目が合う。

ホロウの索敵で位置は常に把握していたので炎獅子がいたことに驚くことはなかった。

一方、炎獅子の方も驚くことはなくただ意外げな表情をのぞかせていた。


「ほう、動けたとは…予想外だな。しかし、戻ってくるとは死にたがりか?」


「同じ結果にはさせない。お前からは話を聞かないといけないからな」


「ほう、面白い…勝てたら話をしてやろう。まぁ、不可能だろうが」


リアムは手のひらを炎獅子に向け詠唱を始める。


「天賦の性質ものよ・その…」

「炎の刃よ

三連射ドライ


リアムの詠唱が始まって間髪いれずに炎獅子が【ブレード・イグニ】の詠唱を完了させる。


ことわりを破っ」


一発目の刃がリアムの左胸を穿つ。

だがそれでもリアムは乱れず詠唱を続ける。


「り・強靭っ!…となれっ!

一連射アイン


リアムは【ソリッド・コンシス】の術式を被弾しながら完成させた。

さらに右足に刃を受ける。

バランスを崩しながら


「ホロウ、シールドっ!」


叫び、ホロウによって張られたシールドによって残りの【ブレード・イグニ】を防ぎきる。

それと並行するように炎獅子が次の【ブレード・イグニ】を詠唱し始める。


「炎の…っ!」


わずかに体を動かした瞬間全身がワイヤーのようなもので切り裂かれる。

血が伝うことで細いワイヤーの姿を明らかにする。

予想外の出来事に精神が乱れたことで術式の展開が中断キャンセルされた。

【ソリッド・コンシス】は物質硬化の魔導でありそれで索敵に使っていたホロウを硬化させ細いワイヤーのようなものに一時的に強化したのだ。

視認しづらいが硬化した後、相手を切り裂けるレベルの太さに調整したホロウは後で褒めてやらないといけない。

だが、今はそれよりもやらないといけないことがある。


「ホロウ、足場を!」


と叫びながら生まれた足場を蹴る。

矢の如く炎獅子に迫るリアム。

決着の時が目と鼻の先にまで迫っていた。


「火炎の渦よ」


【ファイア・ヴォーテックス】を自身の真下に展開してうざったいワイヤーを燃やし去る。

リアムのブレードは後、二、三歩で間合いに炎獅子を収められる。

しかし


「火炎の柱よ」


と廊下に響く無慈悲な声がリアムの耳に入る。

この詠唱が生み出す魔導は【ファイア・ヴォイレ】という対象の真下に炎の柱を作り出すものである。

リアムの顔から血の気が引く。

だが、音速に迫る勢いで走っていたリアムは止まることができない。

【ファイア・ヴォイレ】によって生まれた火炎の柱がリアムの下から立ち上り体を打ち上げ動きを止める。

それでもリアムは諦めない。


「負けて…たまるかっ!」


右腕を炎獅子に向けて突き出しその勢いを利用してホロウのブレードを打ち出す。

蛇腹剣の伸びを活かした突きのように遠視氏に迫るホロウのブレード。

炎獅子は冷静な目でそれを見つめ


「炎の盾よ」


と【イグニス・シールド】を展開してホロウのブレードを防いだ。


「いい作戦だったが…まだ浅いな」


炎獅子が吐き捨てるようにそう言った。

リアムの体が【ファイア・ヴォイレ】から解き放たれ地面に倒れる。

焼け焦げてボロボロになったリアムは


「浅いのはそっちだ」


と誰にも聞こえない程に小さな声でそう呟いた。

次の瞬間、下から生えてきた無数の漆黒のブレードに炎獅子は傷つけられ、拘束された。

炎獅子の体はどこか一箇所でも動かせば傷が深くなり動けないようにされている。


「まさか、嵌められた?」


炎獅子は一瞬何が起きたか理解できないような表情を浮かべた。

体を動かそうとしてブレードに深く斬りつけられ呻く。


「さて、お話をしようか」


リアムはよろよろと立ち上がり炎獅子に煽るような笑顔を向けて言った。

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