第20話 魔導師「炎獅子」

リアムはホロウを使って一階、二階を索敵しつつ階段に向かって歩いていた。

太陽が真上から西に傾き始め光が窓を突き抜けるように廊下に入り込んでいる。

眩しい太陽光を手で遮りながら廊下を進む。

今のところ二階の教室で学生が怯えている以外の反応が確認できない。


「一階、二階に反応がないとなるとさらに上か?」


リアムはホロウから得られる情報を整理するように呟いた。


『だろうな、索敵範囲を二階と三階にしようか?』


「頼む、一階からは情報が得られなさそうだからな」


ホロウというより物質を生成する魔導は基本的に変形させることができない。

ホロウで作った刀や盾も例外ではない。

しかし、強度を大幅に下げ、液体に寄せて物質を生成することである程度、変形したり移動したりさせることができる。

簡単に言うと強度と変形性はトレードオフなのだ。

そのため変形性に富んでいる索敵のホロウを一階から三階にスライドさせることもできる。

階段に足をかけたところで三階の索敵が開始された。

それからほどなくして


『見つけた、三階の廊下にいるぞ』


とホロウが敵の位置を共有した。

三階の階段上がってすぐの廊下にいることを理解したリアムは走り始める。


『高密度ブレード数本と高密度シールド十数枚使えばほぼ容量切れだ。…覚えておけよ』


ホロウの忠告を心に留めながら階段を上りきり敵と相対する。


「あんた、炎獅子か?」


リアムは記憶の中にうっすらと残っている顔を見て声をかける。

声をかけられた男のポーカーフェイスが崩れた。


「ほぉう、学生の身で俺の古い名を知っているとは」


炎獅子ロックは感じたような声で頷きながらそう言う。

炎獅子はオルフェ王国の隣国の一つであるティマイオ共和国の紛争に介入した際に指揮、戦闘において人並みはずれた活躍を見せ与えられた称号である。

炎獅子の名の通り焔属性の魔導師ウィッチャーである。

リアムも彼の姿を何度か見たことがあった。

たとえ容量キャパシティがフルである状態でも正面からやり合えば五分五分でいいほうだろう。

称号を得たレベルの魔導師ウィッチャーの戦闘力は高い。


「どうであれ、邪魔者には死んでもらう

火球よ」


人差し指をリアムに向けて切り詰めた【イグニス・スフィア】の術式を起動した。

炎獅子の右腕につけられたブレスレット型の魔導具ウィッチクラフトが赤く輝く。

次の瞬間、人の顔ほどある火球がリアムに襲いかかった。

シールドで守ってもいいがそもそもホロウをこれ以上消耗するわけにはいかない。

リアムは刀を作り出し火球を一刀両断する。

火球が爆散し熱風を巻き起こす。

“ほう”と炎獅子は感心したように頷く。


「この狭さなら【フレイム・リオン】も扱いづらいな」


「ふん、名前だけでなくかなりマイナーな魔導である【フレイム・リオン】の名と特性を知っている口ぶり…なかなか勤勉じゃないか」


【フレイム・リオン】は獅子の形に形成した炎に腹を空かせた獅子の行動パターンを付与し自律行動させる魔導である。

炎で作ったものとはいえ実体を持っているため体を壁に擦れば消耗して消滅が早くなる。


「炎の獅子よ・小さき体を・この世に示せ」


炎獅子は【フレイム・リオン】の詠唱と細部が異なる詠唱を行った。

リアムはその理由を即座に悟り


「改変詠唱かっ!」


と叫ぶ。

魔導は詠唱の改変によって魔術式を細かく変更することで出力や形状などさまざまなことを変えることができる。

今回の場合、フレイム・リオンをコンパクトにする改変が施されていたらしく大型犬よりも少し大きいぐらいの炎の獅子が現れた。

獅子は唸り声をあげてリアムを威嚇する。

リアムは刀を両手で強く握り構える。

獅子は地面を蹴りつけリアムに食いかかる。

体を横に動かしながら獅子の口を横に引き裂く刀。

獅子は一瞬、揺らめく炎へ戻ったがすぐに体を取り戻す。

あくまで体を作り出しているのは炎のため斬ったぐらいで獅子は消えない。

せいぜい獅子の持つ魔力を減少させられるぐらいだ。

小型のためそれほど魔力を持ってはいないだろうがそれでも獅子と炎獅子ロックの相手は骨が折れる。

【フレイム・リオン】を無力化するには炎を吹き飛ばすか、対魔導カウンターマジックかがないといけない。

何が言いたいかというと今のリアムには対処不能だということだ。

だから使えないことをあえて発言してその通りになるように動かそうとした。

が、小型化の改変ができることが予想外だったため状況が悪化してしまった。


「まずいなぁ、ただただまずい」


心の声が漏れ出るように口から言葉が滑り出る。

【フレイム・リオン】と奥から放たれる【イグニス・スフィア】を同時にさばくのは流石に簡単ではなかった。

シールドもすでに二、三枚使ってしまい容量が底をつくまでの残量がほぼないに等しかった。

そこまで追い込まれてようやく【フレイム・リオン】が魔力切れで消滅した。

改変詠唱は詠唱を切り詰めるという行為が難しいため必ず隙ができる。

その隙を逃すまいとリアムは少しずつ少しずつ距離を詰める。


「なるほど、【フレイム・リオン】の対策か…悪くないが愚策だ

炎の刃よ」


炎獅子は素早く【ブレード・イグニ】を起動した。

四つの炎を纏った短い刃が現れ、時間差で撃ち出される。

距離を詰めてしまっているせいでブレードの着弾時間が早くなっている。

一発目を下から斬り上げ、弾き飛ばす。

返す刀で二発目を落とす。

三発目の対処は


「間に合わないっ!」


そう判断したリアムは体を逸らしかわそうとする。

しかし少し時間が足りず胸に切り傷と火傷を負ってしまう。

四発目は回避する余裕もなく右の横腹を切り抜けていった。

ドクドクと流れ出る血がホワイトシャツをどす黒い赤に染め上げる。

リアムの顔が痛みに歪む。


三連射ドライ


と炎獅子が詠唱する。

リアムにとってそれは絶望にも等しい感情を与えた。

三速射ドライとは“再利用と複製コピー”の詠唱であり別名、連射詠唱とも呼ばれるものの最高位だ。

直前に使用した魔術式が消える前にこの詠唱を行うことで余分に魔力を消耗して魔術式を再利用、複製コピーを素早くできるものだ。

4本の刃を作る魔導を三連射するつまりこれから12本の刃がリアムを襲うということだ。

リアムは即座に刀を消し、二本の短刀に作り変える。

生成完了と同時に一発目が飛来する。

右の短刀で素早く対処しつつ次に備える。

二発目は左手を振るいあげ撃ち落とす。

先ほどは防げなかった三発目は右手の短刀で迎撃することに成功する。

その繰り返しで刃を迎撃していく。

しかし少しずつ対処が遅れていき11発目を腹にもろ受けてしまう。

リアムは痛みに顔を歪めながら十二発目を右手の短刀で打ち落す。

腹に突き刺さった刃は傷穴と火傷を残して消滅する。


「炎の刃よ

三連射ドライ


【ブレード・イグニ】の詠唱と連射詠唱を矢継ぎ早に完了させ通常の4本にプラスして連射詠唱による12本の刃が順々に撃ち出される。

腹に刺さった刃の痛みでわずかに鈍る剣の冴えが【ブレード・イグニ】の撃墜に影響を及ぼしている。

シールドで防ぐ手もあるがホロウの容量キャパシティをこれ以上消費するわけにはいかない。

詠唱してシールドを張るにも落ち着いて詠唱できる時間がない。

術式生成には精神状態が大きく影響する。

焦りや不安など精神が不安定な状況では丁寧な詠唱がないと術式が成立しなくなってしまう。


「致命傷以外は無視だ」


そう呟いたリアムは左足に迫る刃を無視してその次を叩き落とした。

横腹と右足を斬り裂く刃を無視する。

おかげでなんとか余裕ができた。

呼吸を整え次の刃に備えた。

しかし、どれだけ【ブレード・イグニ】を迎撃し続けても新たなブレードが襲ってきてキリがない。

リアムにも大小さまざまな傷が増えていった。

何連射されたか数えるのも諦めた頃、リアムは体力も集中力も大幅に消耗してボロボロになっていた。

それでもなお追撃の【ブレード・イグニ】は止まない。

リアムは苦渋の決断を下した。


「ホロウ、シールドっ!」


リアムは攻撃を弾きながらそう叫ぶ。

叫びに呼応するようにすぐさまシールドが展開された。


「ふん、シールドごと削り取ってくれよう」


炎獅子は鼻で笑いながら刃を発射し続ける。

このまま受けているだけではいつか負ける。

それを理解したリアムは左手の短刀を窓に向かって投げる。

ガラスが音を立てて砕ける。

リアムはそれを追うように窓ガラスの枠の間をくぐり抜け外へ飛び出る。

それだけではただの自殺行為である。

飛び降りる前に細工をしておいた右手の短刀を壁に投げつける。

短刀にはワイヤーがくっついておりそれを使って落下速度を抑えた。

それでもかなりの速度で地面に叩きつけられた。

幸い骨は無事だったが、リアムはその場で倒れた。

炎獅子はそれから少し遅れてリアムが飛び降りた窓から下を覗いた。

真下には血で赤く染まった植木に倒れビクともしないリアムがいた。


「やられるよりも少しでも生存できる確率を選んだか…間違いではないがもう動けまい」


炎獅子は少なくとも骨折して行動不能になったと判断しその場を去った。

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