第17話 迫る悪意


「やめてっ!離してっ!」


体を魔導の起動を封じるロープで縛られたエマはジャンの手を抜け出そうともがく。

だが、そんな簡単に抜け出せるはずもなく空き教室に乱暴に投げ入れられる。


「ひゃははっ!いいねぇ、その恐怖に歪んだ顔…大っ好物だよ」


ジャンが舐め回す視線をエマの全身に向ける。

それだけでエマの抱く感情は恐怖に変わった。


「や、やだっ…何をする気?」


エマは必死に空気をかき集めそう尋ねる。

それを聞いたジャンの口角ががニタリと上がる。


「そりゃあ、もう“女をいただく”に決まってるだろぉ?」


含みのある言い方ではあるが何を意味するか理解したエマは戦慄する。

ジャンはエマのシルクのような肌に手を当ててくるぶしの辺りからゆっくり太ももに向けて手をスライドさせる。

エマは声も出せずただ涙を目にため不快感に堪えることしかできなかった。


「すべすべだなぁ、これなら胸の方も期待していいかもな」


「い、いやっ!助けて兄さん」


エマは小さく救世主となりうる人間に潤んだ声で助けを求めた。


::::::::::::::


同時刻


『リアム、急げまずいぞ』


ホロウが急かすように言う。

リアムは全力疾走で教室に飛び込む。

教室にはホロウの事前の報告通り誰もいない。


「ホロウ、見せろ」


リアムは怒りに満ちた声で短くそう言う。


『わかった、潰れるなよ』


その声を聞き終えると同時に学校中に張り巡らされたホロウからの情報が一気に流れ込んだ。

この状態ならホロウの範囲内であれば学校の細部までどこにだれがいるまで正確にわかる。

リアムは脳を駆け巡る鋭い痛みに耐えながら目標の位置を確認する。


「この位置、角度なら無傷でやれる。ホロウ、止めろ」


ホロウからの情報が止まり頭が軽くなる。

リアムはポケットから赤い内側に何かが彫り込まれた宝石を取り出し左手に握る。

そのまま、それを教室の天井に向ける。


「開闢の時よりありし光・天(あま)穿つ槍となりて・世界を滅する一撃となれ」


詠唱を終えた瞬間、黄金に輝く七つの魔法陣が空中に浮かび上がり大量の魔力を濃縮し強力な魔力弾に作り変えていく。

丁寧に淡々と詠唱された魔導は【アーリ・コラプス】、射程が近距離戦闘でしか使い物にならないほど短い代わりに破属性魔導最強クラスの貫通性能を持ちながら人をまるごと消し飛ばせる範囲を持っている。

本来、無属性を主属性とするリアムにはこれほど強力な属性魔導を放つことは不可能である。

しかし、使い捨ての現代魔導具(ウィッチャークラフト)とサクヤからもらった【アーリ・コラプス】が刻印(スティグマ)された魔石を使い最大詠唱を行うことでギリギリ術式を完成させて魔導を行使できる。

左手にはめた使い捨て 魔導具(ウィッチャークラフト)が粉々に砕けると同時に可視化した魔法陣から光がほとばしり、爆音、爆風が教室を支配して埃が巻き上がり視界を奪う。

埃が落ち着き始めると瓦礫すら木っ端微塵吹き飛んだ先に大穴が見えていた。


::::::::::::::


少女(エマ)は涙を流していた。

足を触られるだけならまだいい、無垢な身体を穢されようとしているのだ。

もうすぐ叶わなくなってしまうが叶うのなら好きな人に捧げたかったと思うと涙が止まらない。

もうすでに制服の胸のボタンは引きちぎられ白い下着が露わになっている。

もうすぐ穢されてしまう、それはもはや逃れようはない。


「兄さん、兄さぁん、助けてぇ」


エマは泣いているせいで所々言葉に詰まりながらリアムへの願いをつぶやいた。




その願いが神に届いたかのようにジャンはエマに触れるのをやめ後ろに飛んで離れる。

次の瞬間、ジャンのいた場所に光の柱が突き上がってきて空間を消しとばした。


「な、なんだっ!?何が起きた」


ジャンはありえない威力の魔導を見て、理解が追いつかなくなってしまう。

呆然とする二人の間に黒いフックショット打ち出され、男が現れる。

男はフックショットを手慣れた様子で扱い空中にいる間にジャンの土手っ腹に強烈なキックをお見舞いする。

ジャンは少し後方に押し飛ばされた後、倒れる。

エマは待ち望んだ彼の顔を見て先ほどまでとは違う意味を持つ涙を流した。


「兄さん、来てくれたんだ…」


「当たり前だろ、妹のピンチに駆けつけるのが兄の役目だ」


リアムはジャンに最大限の警戒を向けながら、エマの自由を奪うロープを右手にいつの間にか握られたホロウでできた黒刃で切った。

そのあとシャツのボタンが壊され、胸が露わになっているのを確認し無言でコートを脱ぎ、渡しながらエマをかばうように前に立つ。

エマはそれを受け取ると愛おしそうにコートを抱きしめた。


「よくも、よくもやってくれたなぁ、小僧」


ジャンは殺気に満ちた表情でリアムを睨みつける。

百獣の王であるライオンでさえ、気圧されるような殺意が空き教室に満ちていく。


「その言葉、そのまま返すよ」


リアムはその殺意に負けることなく静かに怒りの焔を燃やす。

どちらかが一歩でも動けば空き教室ここは闘技場と化す。

お互いそれを理解しているが故に生まれる異様な緊張感。


「エマ、下がっていろよ」


戦闘は避けられない。

エマに危害が加わってしまう可能性を考え、そう告げた。


その刹那、一瞬緩まった警戒心を狙った一撃が一説詠唱で起動する。

理論上、雷属性最速起動の殺傷魔導である【パルス・アウト】を発動したのだ。

切り詰めれば「打(て)ぇ」で起動できる魔導でありながら心臓周辺を穿てば心室細動もしくは心房細動を起こし命を奪うことができる軍用の魔導である。

相当な反応速度と切り詰めた防御魔導の詠唱能力がなければ発動後に対処することはできない。

つまり、リアム単体では対処不能である。

目と鼻の先まで電撃を帯びた矢、【パルス・アウト】が迫る。

リアムの胸を穿つ寸前で黒いシールドが張られ彼を守った。

虚ろなる器ホロウ・ヴィゼルという魔導具(ウィッチクラフト)は自我を持つという特殊性に加えて本来は詠唱が必要な変形や展開をホロウが担い、人間を超える速度で起動可能という特性を持っている。

それ故にホロウが自身をシールドとして高速展開することができ【パルス・アウト】を防いだのだ。

ジャンは【パルス・アウト】を防がれた事実に驚きながら次の魔導の詠唱を始める。

雷属性のかなり高度な魔導(パルス・アウト)で決め損ねた以上これ以上、カードを隠しても意味がないとジャンは判断した。


「稲妻よ」


と一組で放った時よりもさらに切り詰められた【ライトニング・ブラスト】を起動しようとしていた


『高火力の魔導だな。どうする』

「躱すとエマに当たる可能性がある、斬るぞ

天よ・泡沫(うたかた)の力を我に」


素早く会話したリアムは身体強化魔導である【フィジカル・ブースト】を詠唱しながら迫り来る電撃の砲弾に刃を向けた。

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