第10話 怪しき影

学園生活3日目


本日は新入生歓迎会という生徒会、部活連が主催するイベントである。

各部活がさまざまな演し物、模擬店を出すため、別名ミニ学園祭とも呼ばれている。

部活に入るつもりのない人間でも模擬店等を楽しむ事ができるため暇になるということはない。

ただ、カグヤの報告によるとほぼ毎回トラブルが発生するイベントらしくリアムとしてはエマがそれに巻き込まれないか心配でしかなかった。


シューラ学園の雰囲気はいつもとかなり違っていた。

園庭にある噴水を囲むように 多人数用の白いワンタッチテントが大量に並んでいた。

テントの中には各部活の名前の書いた立て札が机に立てかけられている。

リアムとエマはいつもは校舎内に入るとすぐに別れて自身のホームルームに向かうのだが、今日は違った。

今日の予定は中央学舎の西側にあるかなりでかい体育館で開会式が行われた後、完全に自由行動になる。

開会式は自由席なので護衛の意味(というのは表面上の理由でエマが隣に座るように強制した)で隣に座った。

エマのリアムのいない側にはリズが座っている。

ちなみにリアムの隣にはアリス、レオンが着席していた。

リアムは特に印象に残らない開会式をただ眺める。

そんな開会式が約十数分で終わり自由時間となる。

リアムは特に行きたい場所もないのでエマ達から邪魔にならないよう一歩下がってついて行っていた。

ちなみにレオンとアリスは自身が見に行きたい場所へ行っている。

なので今はリアム、エマ、リズが共に行動していることになる。


何ヶ所かブースを回って、家庭部と食堂の共同ブースで買った昼飯を食べるためにベンチに座っていた。

そのタイミングで別行動していたレオン、アリスとも合流して食事を始める。

塩おにぎりや焼きそばなどよくあるような食事ではあるがどれも美味しかった。

食後、どこどこはどんな感じだったとかあそこは何々が面白かったとか話に花が咲き始めた瞬間だった。


『おいっ!あれ!』


急にホロウが吠えた。

ちなみに今周囲にいる人間でホロウの声を聞くことができるのはリアムだけである。

普段はエマにも聞こえるようになっているが今はホロウの判断で遮断した。

リアムは周りを確認する。

中央学舎の付近に教員でも生徒でもない黒い人影が動いていた。

明らかな認識阻害、魔力残滓の隠蔽を行っている。

意識的に人を探そうとしていなければまず発見できないだろう。

気付かれたくないという気持ちを持っているということはそれだけで容易に分かる。

少しでもエマに危害を加える可能性がある限りそれを放置するわけにはいかない。

火種は前出す前に消さねばならない。


「アリス、レオン、エマを頼んだ」


リアムはそう言うと素早く立ち上がり、ベンチを乗り越え走り出す。


「おいっ!頼んだってどういう意味だよ」


レオンが困惑したように叫んだのを耳が捉えるが振り向くことはせずリアムは走り去る。

途中、何人か知っている先生に呼び止められたがリアムは無視して走り抜けた。


「人の目が多すぎるな…追跡子トレーサーは使えないな。ホロウ、広がれ」


ホロウは目に見えないほど細い糸となりクモの巣のように広がっていく。

この糸が切断されることにより敵の位置を探知するという単純であるがゆえに気付けないレーダーを作り出す。

このレーダーは人の視覚の限界以上に伸ばせ、ホロウの容量が許す限り無限に広がることができる。

レーダーから拾える情報はホロウが必要な分だけリアムに送るため脳がパンクするようなことはない。


『明らかに周囲と異なる動きを捉えた。どうする、追うか?』


数秒かけてレーダーを広げたホロウが尋ねる。

リアムは周りの条件を思い返す。

当たり前だが、敵が通りうる逃走ルートはどこか、それが分かれば先回りが可能である。


「よし、決まった。ホロウ、そのまま位置を確認してくれ」


とリアムはつぶやき、人影を追跡するルートから外れる。


::::::::::


裏山の尾根にリアムは構えていた。

この奥にはキュリオの森がある。

あの森は追跡を振り切る、痕跡を完全に遮断する上で最も役に立つ。

認識阻害をしている以上、魔力残滓は発生し続ける。

動きながら魔力残滓を隠蔽するのはかなり高度なため幾らかはどうあがいても残ってしまう。

どこかで止まって完全に処理するか、魔力残滓が追跡できない場所に逃げ込む必要がある。

いかに優れた追跡者トラッカーであっても一度魔力残滓など痕跡を見失えば追跡は不能である。

相手が万全を期せば期すほどここを通る可能性が上がる。

リアムは通信用の魔石を起動させ、とある人物に連絡を取る。


『もしもし〜、リアム?どうしたの?』


通信の繋がった魔石が眠たげな女性の声を弾き出す。

彼女はサクヤ、カグヤとリアムと同じエマの護衛の任務を与えられている頼りになる仲間だ。

サクヤとカグヤは当番制で務めておりいつどちらが当番かはリアムもよく知らない。

サクヤはどちらかというと隠密には向かず攻撃的な魔導を扱う。

彼女の魔導のセンスは秀でており、ほかの魔導師ウィッチャーに魔導の起動式が刻印スティグマされた魔石を渡すこともあるほどだ。


「これから怪しい人物と接触します。その間、エマに何かあった場合の対処を任せます」


業務連絡をするように淡々と言葉を連ねるリアム。

この発言が意味するところは、常に割いてきたエマ護衛の意識を一時的になくすということである。


『分かった〜。リアムくれぐれも油断しないようにね』


サクヤは知らない人が聞いたら“本当に大丈夫か?”と思ってしまうほどゆるく眠たげにそう言って通信を切る。

ただ、リアムは知っている、サクヤは頼りなさげだがこれでも仕事はしっかりこなすできる人間だ。

だから、リアムも信頼してエマを“一時的”に任せることができる。


『そろそろ、来るぞ。準備しろ』


真剣なホロウの声が耳に届く。

リアムは“ふー”と長い息を吐きながら集中力を高める。

そよ風の運ぶ心地よい木々の香りが流れていく。

木漏れ日がまばらに裏山を照らしている。

リアムはその影の部分に身を置いている。

僅かではあるが視認性が低くすることが狙いだ。

リアムはホロウの提供する情報を素早く処理して敵の位置を確認する。

送られてくるのはイメージだけであり、そもそも情報が制限されているため具体的に分かりづらくなっている。

分かるのは自分の位置と敵のおおよその位置だけでその間にある木々の量や位置などは分からない。


「ホロウ、この周囲の情報を全部流せ」


リアムが感情を殺した声で呟く。


『いいのか?…やるぞ、倒れるなよ』


ホロウの言葉が脳に届いた瞬間、新たな情報が流れ込んできた。

蜘蛛の巣のように広がっていたホロウの糸の情報が一気に流入したのだ。

学園からリアムの位置まで張り巡らされた糸の一本一本がさまざまな情報を伝えてくる。

この情報の組み合わせで木々や草花の位置を正確に理解できる。

膨大な情報が脳細胞を焼き切らんばかりの勢いで駆け巡る。

さらにその情報は瞬間、瞬間で新たなものに更新されていく。

糸が切断された場所で敵の位置や体格がはっきりとわかる。

それを使って発見されずに接近を許せるギリギリを見極めねばならない。

リアムは敵の位置から接近されてもバレづらい角度で木に隠れる。

彼我の距離が5メートルまでに接近する。

木で隠れているが発見されてもおかしくない。


「今だ、行くぞ」


リアムは自分にだけ聞こえるようにそう呟いて木の陰を飛び出す。

敵との間に障害物はない。

相手は即座にリアムを見つけ、逃げようとする。


「黒鉄檻、展開っ!」


リアムが吠える。

その瞬間、極細の糸がホロウへ集結、今度は太い棒となって木々を縫い進み巨大な檻を作り出した。

本来この技はホロウのキャパシティをかなり圧迫するため利用を避けたいのだが、リアムは今、学園指定の制服を着ている上に顔を晒している。

戦闘を起こすなら逃すわけにはいかなかった。

退路を遮断された男はリアムに向けて腕を振りぬき何かを投擲する。

リアムは冷静にホロウの残りのキャパシティの中から鍔のない薄く洗練された形の片刃の短剣をピンポイントで飛来物に投げつける。

二つの物体が接触した瞬間耳を貫く爆発音とともにそれらは爆散した。


「爆破系魔導の付呪エンチャントか、こいつ法術師エンチャンターの類か?」


リアムは敵との間合いを測るように歩きながらそう呟く。

法術師エンチャンター魔導師ウィッチャーの中で道具に対する付呪エンチャントや触媒、魔法陣の利用など魔導の利用に魔導具ウィッチクラフト以外のものを必要とするもののことを指した言葉である。

基本、魔導の残弾が持ち物に依存するが起動速度、威力などは普通の魔導を上回る。

続いて放たれた一撃を同じ方法で迎撃しながら、リアムは間合いを詰めようと足を動かすが木が邪魔で思うように近づけない。

そこでリアムは迎撃に放った短剣よりも小さな投げナイフを作り出し法術師エンチャンターに向かって投げた。

空気を引き裂き進んだナイフは五芒星形の魔力の壁に勢いを奪われ、地面に落ちた。

印を空中に結ぶことで魔力の流れを律することで魔力の盾を形成したのだ。

この魔力の扱い方は魔導よりも魔法に寄っている。

接地したナイフは魔力の流れをたどってホロウの元へ戻る。


「それなりにできるってわけか。だが、思ったより好戦的だな」


とリアムは違和感を口にする。

またも男から爆破魔導付呪エンチャント済の物体が投げられる。

先程の攻撃の時に余らせたナイフを投げてはたき落とす。


「さて、自信家なのか、あるいは…」


リアムはそう呟きながらさらに追加の投げナイフを作り出す。

突然、風が吹き荒れる。

単純な魔導の一つ、【フェザー・ウィンド】が発動したのだ。

ただ、この魔導は攻撃用ではないので直接的な火力はない。

だが、法術師エンチャンターが使うことで真価を発揮する。

法術師エンチャンターの手から無数の紙片が放たれ、風に舞う。

次の瞬間、紙片の一つが電撃を発生させ、それが紙片を伝って増幅させ無限とも思える回数分岐する。

紙片と紙片を繋ぐ電撃がリアムを襲う。

リアムはホロウを広げ、全身を覆う球形の盾を作りだす。

バチッ、バチッと激しく電撃が弾ける音が何度も響いた。

攻撃がやんだのを確認した瞬間、リアムは急速に法術師エンチャンターとの距離を詰める。

敵もそれを許すはずなく、爆破魔導付きの物体を投げる。

予備動作から投擲を予測していたリアムはすでに持っていた投げナイフでそれを迎撃する。

爆風が巻き上げた砂埃が二人の視界を奪った。

リアムは足を止めずに敵との間合いを詰める。

彼我の距離が僅か5メートルとなる。

いつの間にかリアムの手には日本刀のような見た目の鍔のない薄く洗練された真っ黒なブレードが握られている。

法術師エンチャンターはリアムに向けてまっすぐ投擲する。

リアムは予測していたとばかりに姿勢を下げてそれを避ける。

その後、円を描くようにブレードを振り上げ敵を斬る。

敵はその一撃を受けて倒れ、意識を失った。

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