第8話 圧倒的な一撃

リアム達は決闘を行うために演習室へ向かっていた。

決闘とは、魔導師ウィッチャー同士が自身の魔導の競い合いを行う手段の一つである。

お互い合意の上で設定したルールを遵守しての魔導の撃ち合い、これに関しては法律にも校則にも縛られない。

死傷はルールで縛るためほぼ不可能だとしても怪我の危険性のあるかなり危険な手段である。

現状、入学したての一年が使える魔導は基本的に入学までに習っている護身用の魔導だけである。

それ以外にも個人で学んでいる魔導があるかもしれないが殺傷力の高い魔導はルールによって制限を受けるため危険な撃ち合いになることはないだろう。

白い正方形のパネルが四方八方を覆う真っ白な部屋、演習室に到着した。

男とリアムはルールを確認する。

一から設定すると時間がかかるのでスタンダードなルールを選択した。

勝利条件は相手の降参もしくは気絶である。

もちろん使える魔導は護身用魔導から低ランクの攻撃用魔導程度で人を殺せるには至らない。

リアムと男はそれぞれ演習室に隣接する演習準備室に入る。

この部屋で魔導具ウィッチャクラフトの調節や精神統一を行ったりする。

リアムは常に万全になるようにしているので特に準備するようなことがなかった。

相手の準備が終わるまで暇をしているところにエマ達が入ってきた。


「一組を相手に決闘して大丈夫なの?」


アリスが心配そうに声をかける。

普通に考えて五組の人間が一組に勝てるわけがない。

それこそ、圧倒的な実力差をひっくり返せる“何か”が必要だ。

リアムは答えない。


「大丈夫、兄さんは負けません」


代わりにエマが自信満々に答える。

絶大な信頼があるからこその返事に、アリスはどう返していいかわからなくなる。


「で、でもさ、さすがに一組相手では厳しくないか?俺たちは五組だぞ?」


今度はレオンが心配そうに尋ねる。

リズも何か言いたげにしながらエマとリアムの間で視線をウロウロ彷徨わせている。


「兄さんは負けません」


エマは再度自信満々に答える。

もはや信頼というよりは確信に近いものがあった。

そうこうしているうちに相手の準備が完了した。

ちなみに演習室の四角のフィールドを囲むように座椅子が配置されている。

フィールドの壁は演習や決闘が始まると透過し観戦できるようになる。

リアムはフィールドの中へ、エマたちその他は観戦席へ向かった。


「さて、誰が相手だ?」


リアムは冷たい声でそう尋ねる。


「俺が相手になろう」


そう言ってエマを掴んだ男がリアムの前に立つ。

これは好都合だ、とリアムは心の中で悪い笑みを浮かべる。

周りの二人の男は正直倒すだけ時間の無駄だと考えていた。

周りの二人は見ていただけで直接的な害は出していない。

何よりも優先して倒さなければならない敵は目の前にいる、エマを傷付けたあの男だけだ。

たとえここで決闘をしなくてもあの男だけは何らかの手段でエマに手を出した報いを受けさせねばならなかった。

ちょうどよくその機会が回ってきた、それだけだ。

周りには奴らが呼んだのか、集まってきたのか分からないが何十人かのギャラリーがいた。


『1-1ジン・キャンベル対1-5リアム・アーキタイトの決闘を受領』


と演習室に設置された決闘用の現代魔導具ウィッチャークラフトが無機質な声でそう宣言する。

その瞬間、“リアム”の名を聞いたギャラリーは彼が“アーキタイトの出来損ない”だと理解した。


『利用制限:殺傷魔導・呪術魔導』


利用制限のかかっている魔導は使用の兆候があれば即座にキャンセルするように決闘用の現代魔導具ウィッチャークラフトが働く。

光の紐が等間隔にパネルの隙間を縫うように立ち上がり、だいたい目視で15メートル×15メートルぐらいの立方体のバトルフィールドを作り上げた。

この領域内では決闘用の現代魔道具ウィッチャークラフトの魔導がなによりも優先される。


『おい、リアム、これはかなり目立つぞ』


ホロウが少し不安を帯びた声で話しかける。

ホロウはリアムが目立つ行為を避けたいということを理解していた。


「あぁ、どう考えても目立つな。…だが、エマを傷付けたことに対する報復をなによりも優先しなければならない」


リアムはホロウに目を向けず敵を見据えて言った。

その目には僅かながら殺意に近いものが光っていた。

数秒の沈黙が緊張を高めてゆく。


「ホロウ、お前の存在を認知させるわけにはいかない。…なるべく素早く、何をしたかわからせずに終わらせる。【アイアン・フィスト】に偽装して速攻で決めるぞ」


リアムが誰にも聞こえないような声で呟く。

【アイアン・フィスト】は鋼鉄の拳に纏わせる魔導であり、かなり単純な魔導である為、割と簡単に一節詠唱による高速起動が可能になる。

リアムが実際に使うには三節詠唱が必要だがそもそも詠唱のフリをするだけなので本物【アイアン・フィスト】か偽物ホロウかを悟られることはないだろう。


『はいはい、任せておけ』


一方、ジン側は


俺の得意技、【ボルト・スピア】の一撃で華麗に終わらせてやるぜ


と見た目重視の作戦を考え、一人顔には出さずに心の中でほくそ笑んでいた。


通常、魔導師ウィッチャー同士の戦いではお互いの使える魔導カードを晒さないのがセオリーである。

なぜなら一つ魔導カードを晒すだけで“主属性”、“対応策”、“予想される相手の使用可能な魔導”などなど様々な情報が漏れてしまい、相手に対策を取られることになる。

ただし、それはフィールドが制限されず連戦が考えられる場合でのお話である。

主属性がバレている、相手の使う魔導がわかる場合など例外も多くある。

フィールドが制限されており連戦がないとわかるこの状況もそんな魔導師ウィッチャー戦のセオリーは意味をなさない。

そんな決闘のやり方に意味があるのだろうかとリアムは少しバカにするように笑った。


『決闘開始』


無機質な声と共に二人が動き始める。


「集いし紫電よ・」


ジンが魔導を起動するために詠唱を始める。

本来、【ボルト・スピア】は三節詠唱が基本なのだが彼は二節詠唱で起動できるように切り詰めていた。

ジンのリアムに向けられた人差し指にパチパチと静電気のような青い雷が現れる。


リアムは普通・・魔導師ウィッチャーとしての実力は下の下もしくはそれ以下だ。

属性魔導の発動には全身から属性魔力を汲み上げる必要があるので周りの魔導師ウィッチャーよりもはるかに起動が遅くなる。

それに起動できたとしても威力はそこまで出ない。

そもそも、だいたいの五組の人間は一組よりも起動速度、威力で大幅に劣る。

それ故にジンは五組の人間に決闘に持ち込んだ段階で勝利を確信していた。


「敵を…」


“穿て”と言うだけで詠唱が完了する瞬間狙いをつけるためにリアムに向けた人差し指を微調整しようとリアムを見る。

破裂音と共にリアムは消え失せており、ジンがそれを認識すると同時に腹部に衝撃が走る。

ジンの意識は魔導の起動完了よりも早く途絶えた。

【アイアン・フィスト】に偽装されたホロウが元のネックレスへと戻る。


確かにリアムは魔導師ウィッチャーとしては下の下である。

しかし、それはあくまでも普通・・魔導師ウィッチャーとしての話だ。

虚なる器ホロウ・ヴィゼルを使用できる場合、リアムの実力は何十、何百倍に跳ね上がる。

虚なる器ホロウ・ヴィゼルを持ったリアムなら一組ごとき相手にならない。



予想に反した決闘結果にエマを除いたギャラリー全てが唖然としていた。

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