第24話 しぶとさ以外に取り柄なし


 俺たち兄弟は、それぞれが常人離れした屈強な肉体と圧倒的な戦闘力を備えている。

 それがいきなり「危篤」と言われても信じられないのが普通というもので、信憑性を出すためには相応の理由付けが必要となってくる。


「単刀直入に聞くけど、あんたたち死にかけたことはある?」


 二朱の問いに対し、一虎と三龍が椅子にもたれながら天井を仰ぐ。


「酔っぱらって真冬の大河に飛び込んで、海まで流されちまったことならあったな……」

「十人連続で女官からフラれたときは、衝動的に崖から飛び降りてしまいましたが……」

「なんで貴様ら普通に生きているのだ?」


 兄たちのしぶとさだけは超一流である。

 問いかける立場の二朱も似たようなものだ。幼いころ、小遣い欲しさで人攫いにわざとついていった前科があると聞く。普通に帰ってきたそうだが。


「四玄。あんたは?」

「俺はこの前皇帝にボコボコにされたときくらいだな」

「じゃあ月天丸は?」

「なぜ私にも聞く。お前らと違って危ない目に遭えば順当に死ぬからな私は」


 実際、阿片密売人の館でも蔵に閉じ込められて死にかけていた。兄妹で一番ひ弱なことは事実だが、かといって彼女に危篤の仮病をさせるわけにはいかない。月天丸は公にはまだ皇子の公認に応じず、在野にいることとなっているからだ。


「ということだそうよ、四玄。その子がちゃんと頑丈になるよう、暇があったら稽古でも付けてやりなさい」

「ん? そういう話だったのか?」

「まあ話の寄り道よ。で、本題は――誰がどう危篤になるか、だったわね」


 卓上で手を組んだ二朱は、じろりと全員の顔を見回した。


「細かい設定を考えるのも面倒だから兄弟喧嘩ってことにしましょうか。殴られた打ち所が悪くて意識不明とか。この間も武神祭で殴り合ったばっかりだし、信憑性はあるでしょ」

「別にいいけどよ、それなら誰が負けたことにするんだ?」


 そこで声を尖らせたのは一虎だった。危篤になるほどの深手を負うということは、他の兄弟より力が劣っていたということになる。武人としては承服しがたい恥だ。

 無論、継承回避のために恥を晒すことは厭わない所存だが、他に押し付けられるなら押し付けたい役回りではある。


「公正にくじ引きで決めましょう。あ、でも私は引かないからね。あんたら馬鹿三人組だけで引いてちょうだい」

「姉上、さすがにそれは卑怯なのではありませんか?」

「だって、あたしが意識不明のフリなんてしてたら、見舞いに来る怪しい連中の表情をどう窺えっていうのよ? あんたらにはそんな器用な真似はできないでしょ?」


 押し黙る男三人衆。

 確かに、腹芸に長けた高官連中なら内心も巧妙に隠してくるだろう。それを見破れるのは二朱くらいだ。


 三龍が困ったように肩をすくめ、やがて静かに言う。


「では実際に戦い合って決めましょう。最も早く地に膝を付いた者が危篤役というのはどうですか?」

「騙されないからな龍兄。そういう持久戦になったら、一番有利なのはあんただろう。俺と虎兄が潰し合うのを待つ目算なんだろうが、そうなったらこっちは二人で組んで最初にあんたを潰す」


 三龍の卑劣な戦いぶりは熟知している。そんな策に惑わされる俺ではない。

 ――だが。


「はっ! いいぜ乗ってやるよ! 今すぐここでてめえら二人ぶちのめして、なんなら本気で危篤にしてやらぁ!」


 長兄は相変わらず悲しいほどに馬鹿だった。

 軍議室の椅子を振り上げ、今にも周りすべてを鏖殺せんという大暴れを始めようとしている。

 殺らなければ殺られる。


 俺と三龍が立ち上がって、一虎に対して防御の構えを取ったとき、


「はい馬鹿どもそこまで」


 二朱の手元からするどく何かが放たれ、俺たち三人は反射的にそれを掴み取った(一虎は口に咥えた)。手に取ってよく見れば、それは占い用の箸である。


「先っぽが赤く塗られてる箸がハズレの危篤役よ。こんなところでいちいち無駄な時間を使うんじゃないわよ」


 そして俺の手元にある箸の先端は、赤かった。


「待て姉上! せめて自分で引いたくじなら納得もできるが、こんな一方的に投げ渡されたのでは納得が――」

「隙ありぃっ!」


 反論に二朱を振り返った俺の背中に、一虎と三龍が不意打ちで飛び掛かってきた。防御もできず床に押し倒された俺は、二人がかりで完全に動きを封じられる。


「はい、くじでも戦いでもあんたの負けね。末弟の責務と思って諦めなさい」

「くそ! 卑怯だぞ! 助けてくれ月天丸!」


 この場で唯一、中立の存在である月天丸に救援を求める。しかし彼女は「早く終わらんかな」といった顔でただ卓に頬杖をついている。こちらに目もくれない。


 なんということだ。仮にも義賊ともあろう者が、困り果てた人間からの助けをここまで無情に見捨てるとは。兄たちが放つ屑の波動が、既に月天丸の高潔な精神をも侵食しつつあるというのか。


「じゃ、侍医のところに連れていきましょうか。もし演技だってバレたら容疑者の炙り出し作戦が台無しになるんだから、気を付けなさいよ四玄」


 この窮地の孤立無援を悟った俺は――歯をくいしばり、やむなく目を閉じた。

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