第23話 犯人は誰だ


「なるほどね……。それで、あたしたちにも声をかけてきたってわけ?」


 場所は変わって宮中の軍議室。

 分厚い壁と扉に守られ、どんな物音をも漏らさないこの部屋で、俺たち五人の兄妹は円卓に顔を突き合わせていた。極秘の密談をするために。


「今回の暗殺の首謀者――まだ見ぬ同志の信頼を得るためには、俺一人だけが協力の意を示しても効果が薄い。一人だけ命乞いをしているように見えてしまうからな。そんな卑劣な人間は信用されようがない」

「なら四人全員で頭下げに行きゃいいって話だな、おう」

「人として当然の礼儀ですね」


 月天丸がもたらした『同志』の存在を伝えたところ、一虎・二朱・三龍の兄姉たちは軒並み俺と同じく好意的な反応を示した。いつもは反目し合っている腐れ兄姉たちだが、やはりいざというときの判断力は評価できる。


「こうして協力できるのもお前のおかげだ、月天丸」

「そうかそれはよかったな」


 しかし、この計画のきっかけを作ってくれた月天丸は、終始不機嫌そうな顔で円卓に突っ伏すばかりである。大事な兄弟会議なので強引に連れてきたが、抱えてこなければ途中で逃げんとするほどだった。


「なんで機嫌が悪いのかはよく分からんが、そういう他人事みたいな態度はよくないと思うぞ」

「一から十まで他人事以外の何物でもないわ」


 ぷいと月天丸はそっぽを向く。

 まったく困ったものである。まだまだ皇子としての自覚が足りないようだが、末っ子とはいつの世もこんなものかもしれない。


 未熟な妹の稚気を笑って許し、俺は二朱に向く。


「それでどうだ姉上。姉上ならば誰が今回の暗殺を仕組んだか、心当たりがあるんじゃないのか?」

「そうね……実のところ、宮中にそういう勢力がいることは知っていたわ。というか、いないと考える方が無理があるくらいね。宮廷なんていう権力の中枢は、野心と欲望の渦巻く伏魔殿よ。皇帝やあたしたちの足元をひっくり返そうと企んでる偉いさんなんて、片手の指じゃ足りないくらいいるでしょうね」

「そんなに大勢の同志がいるのか、頼もしいな」


 まだ見ぬ未来の仲間たちの存在を想い、俺の胸にぐっと熱いものがこみ上げる。


「だけど、多すぎるのもそれはそれで問題なのよ。容疑者が絞りにくくなるからね。今回の暗殺未遂にしても、首謀者が誰かっていうのはちょっと特定しかねるわ」


 そう言いながら二朱は占いに使う箸のような棒切れをぐるぐると指で回している。彼女の頭脳をもってしてもお手上げということか。


 それを聞き、じれったそうに一虎が唸る。


「どこの誰だか分からねえなら挨拶に行きようもねえな。こうなりゃ態度で『オレたちは味方だ』って犯人に示すか。偉いさんが集まる宮中行事とかのときに、ここにいる五人がかりで一斉に皇帝を殺しにかかるとか……」

「言葉よりも態度ですか。一理ある作戦ですね」

「おい待て。五人がかりというのはどういうことだ」


 三龍が頷いたところで、狼狽した様子の月天丸が立ち上がって卓から後ずさった。

 兄妹入りしてまだ日が浅い月天丸は、兄たちのこの馬鹿っぷりにまだ慣れていないようだ。


「落ち着け月天丸。これはよくある一虎の短絡的発想だ。『この前の武神祭のときに四対一でも皇帝に負けたから、次に挑むなら最低五人は必要だな』っていう単純な足し算だ。まったく愚かな発想だよな。あのクソ親父に挑むなら、お前が一人増えたところで戦力的には全然足りないっていうのに……」

「誰が戦力分析の話をした。勝手に頭数に入れるなと言っているのだ」


 まったくである。月天丸を頭数に入れるのは、もう少し強くなってからでないと。

 返り討ちが目に見えているので、この一虎の案は却下になった。


 妙案の出ぬもどかしさに、俺の足は自然と貧乏ゆすりを始めてしまう。


「くそ、目指す目標は一緒なのに、相手が誰かも分からないなんてな……。こっちの熱意さえ通じたら、向こうから『一緒に頑張りましょう!』って勧誘が来てもおかしくないってのに」

「文句を言っても仕方がないでしょ。一発で特定する案がない以上、こうなったら怪しい奴を総当たりで調べるしかないわ」


 二朱がぱちんと手を叩いて発言すると、一虎が首を傾げた。


「総当たり? 一人一人取っ捕まえて拷問でもするのか?」

「そんな安易な手は取らないわよ。もし無実の奴を拷問したら禍根を残すでしょ。そんなことより効果的な炙り出しの手があるわ」


 懐から扇子を取り出した二朱は、それを小刀に見立てて己の首を刎ねてみせるような素振りをする。


「あたしたちの暗殺を企てた奴なら、当然あたしたちが死ねば喜ぶはずでしょう? だからこの中の誰かが危篤に陥ったっていうことにして、見舞いに来る怪しい奴らの反応を窺ってみればいいのよ」


 なるほど、と俺は頷いた。

 皇子の死といえば本来は国にとって悲劇であるが、権力の簒奪を狙う暗殺の首謀者からしてみれば、願ってもいない幸運としかいえまい。

 皇子が危篤の身となれば、どこかで喜色を浮かべてしまうこともあろう。その気の緩みを察知できれば、犯人を特定できるかもしれない。


 そうとなれば、まず第一に――


「で、貴様らのうち誰がどんな理由で危篤になるというのだ?」


 俺よりも先に月天丸が尋ね、全員が沈黙のままに俯いた。

 そう、この作戦における最大の問題は。


 ――誰一人として、そもそも死にそうにないということである。

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