『皇位簒奪者』編

第22話 よく考えなくても一大事


 そもそも勝ち目などなかったのだ。

 長所の一つもロクにない兄姉たちに比べ、俺はあまりにも人間的魅力に溢れすぎている。どんな小細工を弄したところで、衆目の前に姿を現した時点で圧倒的な支持を得てしまうのは当然のことだった。


 平穏無事にあの演説を切り抜けようとするなら、王宮に火でも放って武神祭そのものを中止に追い込むくらいの手は打たねばならなかった。


 武神祭から一夜明けた今、俺は敗北に打ちひしがれながら藁敷きの床間に伏せっていた。


「で、貴様。しっかり反省はしたのか?」

「ああ、これ以上なく反省した。今回の敗因は、己の魅力を過小評価した俺の失策だ。次からはもっと入念に策を検討して――」

「違う、そんなことはどうでもいい。私の名を勝手に使ったことに対する反省をしたのか聞いているのだ」


 目を開けて布団から上体を起こすと、傍らの土間で仁王立ちしている月天丸の姿が目に入ってくる。気配と足音で来訪は察知していたが、こうも不機嫌そうな顔をしているのは想定外だった。


「待ってくれ月天丸。確かに偽月天丸の件については俺が悪かったが、あの後お前はしっかり報復してきただろう。むしろ痛手は俺の方が大きいくらいだ。ここは痛み分けと考えて、お互いに許し合うべきじゃないのか?」

「よくそこまでの開き直りができるな。一周回って感心するぞ」


 呆れるように長く息を吐いた月天丸は、そのまま拗ねたように土間の床に胡坐で座り込んだ。


「まあいい。あまり神妙な態度を取られても気味が悪いしな。あれで手打ちにしてやるとしよう。それよりもっと重要な話もあるしな」

「重要な話?」

「ああ。貴様らの暗殺未遂事件についてだ」


 月天丸がごく深刻な調子で言った。しかし俺は即座に思い出せず、頭を掻きながら記憶を辿る。


「暗殺未遂……? そんなのあったか……?」

「あっただろうが。あの偽月天丸は貴様らを狙った暗殺者だったのだろう?」

「あ。そういえばそうか」


 まったく窮地らしい窮地には陥らなかった上に、あのときは演説の足の引っ張り合いに夢中だったから、さしたる事件性を感じていなかった。

 しかしそうだった。冷静に考えたら、わりと一大事ではあったのだ。


「そうだよな……凶器を持った暗殺者が演説中の皇子の真横にまで接近したんだからな。かなりの大問題ではあったのかもしれんな……」

「その立ち位置まで誘導したのは他ならぬ貴様だということをしっかり覚えておけよ」


 だが、結果的には大した惨事にはならなかった。俺も兄姉たちも、あの程度の刺客にどうこうされるほどヤワではない。


「まあ、そんなに気にするな。元々そういう輩が侵入してくる懸念込みで開催してる祭りなんだ。それを跳ねのけてこそ皇族に武神の加護あり――ってな。どうせ親父も今までに何十人か撃退してると思うぞ」


 この国は決して太平の世を謳歌しているわけではない。国境では周辺の異民族としばしば衝突が起こっているし、地方では塩賊をはじめとした不穏分子も動いてたりする。


 そういう状況でも強大な国としてまとまっているのは、現皇帝の圧倒的な求心力があってこそだ。

 逆にいえば皇帝さえ消してしまえば、国を大幅に弱らせることが可能ということでもある。それゆえ賊どもが刺客を放ってくるというのは、至極当然の作戦といえる。後継者候補である俺たち兄弟が狙われるのも何ら不思議ではない。


「それに祭りが終わったから、しばらくは人前に出るような機会もないしな。あんなのは稀だ稀」


 そう告げて再び二度寝に入ろうとする俺。

 しかし、そこで月天丸が放った言葉は俺の意表を衝くものだった。


「そう呑気にしている場合ではないと思うぞ。実はあの暗殺者を追いかけて詳しく話を聞いてみたのだがな、『依頼主は宮廷内部の者の可能性がある』と言っていた」

「何?」


 たまらず俺は布団を払って月天丸に向きなおった。こちらの視線に応じる月天丸は、義賊らしい正義感に満ちた目をしている。


「依頼主と直接話したわけではないそうだが、いくつかそう判断できる要素があったそうだ。暗殺を依頼してきた者は、顔を隠してゴロツキを装っていたそうだが――その振舞いが明らかに正規の兵士のそれであったと」

「ああ、あれは癖に出るからな」


 入営した兵士は、武術の基本として歩法から呼吸の所作までを徹底して教え込まれる。観察眼に優れた者ならば、日常の所作からそうした鍛錬の欠片を見出すことで、対象が兵士か否かを見極めることができる。


「その兵士にしても、『誰かの使者として来ている』という雰囲気が強かったそうだ。もしかすると兵士を統率できる立場にある者の中に、皇族を廃して権力の奪取を狙おうとしている輩がいるのかもしれん」


 そう言いながら、月天丸は説教するかのようにびしりと指を向けてくる。


「つまり、敵は外ばかりにいるとは限らんということだ。己が身を案じるならば、普段のように阿呆ばかりをしているのではなく、もう少し皇子の自覚を持って身分相応の生き様を心がけてだな」

「何でそこまで大事な話をもっと早く言ってくれなかったんだ!?」


 叫んだ俺が寝床から跳び上がると、月天丸は機敏な動きで後ずさった。


「い、いきなり大声を出して驚かせるな。しかし、さすがの貴様も少しは驚いたようだな。これをいい薬だと思え」

「ああ、本当に驚いた。まさか宮中にそこまでの理解者がいたなんてな……」

「……は?」


 俺は思わず頬を綻ばせながら、うんうんと何度も頷く。


「理解者? 貴様、何のことを言っているのだ?」

「そりゃあ、その依頼主のことだよ。権力簒奪を目指してるってことは、つまり俺たちを皇帝にさせたくないんだろ? というかそいつ自身が次の皇帝になってもいいって考えてるんだろ? なかなか気骨のある奴じゃないか。宮中は敵だらけかと思ってたけど、まさか身近に隠れ同志がいたなんてな……感動ものだ」

「正気か貴様? 暗殺の依頼主こそ敵だろうが。何が隠れ同志だ」


 穏やかな笑みを浮かべた俺は、月天丸の前に立ってその両肩に手を置く。


「いいか月天丸。その依頼主と俺たちは、ただ単に少しやり方の面で食い違っているだけだ。『継承反対』っていう目的では完全に一致してる。よく話し合って継承回避の方法さえ協議すれば、志を同じくする仲間になることができるはずだ」

「目を覚ませ。殺そうとしてきた相手だぞ?」

「ほんの少しの悲しいすれ違いがあっただけだ。まだ和解の道はある」

「なぜこういうときだけ無駄に器の大きそうな発言をするのだ貴様は」


 実際に器が大きいのだから仕方ない。

 その器の大きさを巧妙に隠して継承を回避するためには、そのような貴重な理解者を味方にしない手はない。


「最高の情報だった。ありがとう月天丸。武神祭の一件でもうダメかと思ってたが、これでまた希望の光が見えてきたぞ……!」


 意気込んで目を輝かせる俺だったが、なぜか月天丸は疲れ切ったような表情になった。

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