第43話 脱出


 少し前の、シラヌイの館、地下中央の部屋から。



 「あのばあさん、どこ行く気だ? どっかに逃げるつもりか? それとも…」

 戸惑った様子を見せながら、モリヤは目の前のモニター群にいそいそ目を配る。


 「いた!」


 廊下のモニターに一瞬映った。


 「なんだ、あの足の速さ。オリンピック選手か!」


 次に映り込みそうな位置の画面に素早く目をやるが、目視できず見失う。


 「くそ! いない。どこだ?」


 キョロキョロとモニター画面を見比べる。


 「あそこや!」

 同じように画面に見入っていたクリスが指を差した。


 倉庫の入り口に立つ白髪で黒いドレス。一度こちら、カメラの方を振り向いた様は心霊映像のワンシーンを思わせる。


 「倉庫だ……おい、どうする?」


 モリヤは探偵に問いかける。


 「……」


 すぐに返事が返ってこない。ちょっとイライラしてきた彼は舌打ちをして、また画面に目を戻した。どうやらクナは倉庫の中に入るようだ。


 「なんであんなところに? ……誰か見つけたのか……それとも…………もしかして、ここが危ないんじゃあないか?」


 思わず浮かんだ不吉な予測に、彼の額から一筋汗が垂れる。


 「……時限爆弾でも仕掛けてる?」


 クリスがこんな時だというのに、自分のアイデアに微笑んだ。


 「この屋敷ごと私たちを吹っ飛ばすってのか? 冗談じゃない。……でも……バラバラになっていいのか? ……フッ……、こいつはジョークじゃないぜ。二手に別れちまって、より危険じゃないのか? って言ってんだぜ?」


 マジシャンも自分の台詞のマヌケさに自虐的に微笑みつつ、再び探偵を見る。


 「……僕たちも…行きましょう」

 やっとマーヴェルが口を開いた。


 「……」


 モリヤは口元に手を添え、少し考えこんだ後。


 「そうだな……あの婆さんを、あのままほっとくというか……、この土壇場に来て目の届かない所に居られるっていうのは……不気味だしな」


 考えはまとまった。メイドのウルフィラも連れて、誰一人残すことなく全員で地下のモニター室を後にすると、急いで地上に向かう。



 玄関口で気の利くメイドが傘を配る。かなり荒れてきているので、どれほど雨を防ぐのに有効か疑問だったが、無いよりはまだましなので傘を差し倉庫へ向かった。


 倉庫の前に着くと既にクナの姿は入り口に見えず、探偵がドアを開け中をうかがう。


 「……人の気配がありません……ね。中に入って調べます……」


 雨が急激に激しさを増し、小さな声ではかき消されそうだ。


 「……おい危険じゃないか? どうして誰もいないんだ?! …………わ、私は、外でメイドと待つ。そう! ……何があるかわからないところに……彼女には危険だ。……むろん、外で一人にすることもできない。そうだろ?」


 顔色のさえないマジシャンの言葉に、軽くうなずく探偵。


 「……そ、そうですね……分かりました。……僕が見てきます」


 マーヴェルは扉を開いたままにして注意深く中に入っていく。一度後ろの様子を見るとモリヤがやさしく庇う様にウルフィラに話しかけていた。


 「まんざら、嘘ではないのか……な」


 「あ~ほ! ただのよわチンや」

 クリスが不満そうに言った。


 「そういうなら……守るべき少女はうちやろ~が!」


 マーヴェルが鼻で笑う。


 「ふん! まあいい。うちはか弱き乙女じゃない、美少女戦士や…………ん?」


 さっそく目ざといクリスが棚の下で何かを見つけた。注意深くなければ影になって見落としそうな隅の場所。


 屈んで手を伸ばし、手に取った。


 「銃。サイレンサー? 付き?」

 そう言ってマーヴェルが、オートマチックのハンドガン先端に取り付けられた筒状の部分を触る。


 「まだわずかに暖かい」


 カシャ、グリップからマガジンを出す。


 「弾が足りない? 撃った後か……」


 周りの床に目を配るクリス。


 「薬きょうは……落ちて……ないみたいやな……」


 胃のよじれる嫌な感覚に襲われ、探偵は慌てて他の列を見に行こうとする、と。


 「!!」


 入り口付近で足音。慌てて身構えた。



 メイドのウルフィラだ。


 「ど、どうしたんです? 外で待ってて……ください」


 「あ、ごめんなさい。この倉庫の中にある懐中電灯とか……必要になりそうなものを、きっちり用意しておいた方がいいかと思って。…………それに、心配だったし。探偵さんの様子が……ちょっと……」


 マーヴェルの額には汗が滲んでいて、顔色も蒼白。思わず握りしめていた布地を持つ手から力を抜いた。


 「す、すみません。ご心配をおかけして…………僕の後ろから離れないでくださいね」


 いくつかの並んだ棚で区切られた、まだ見ていない列へ進む。


 「はっ」っとはっきり探偵の耳にも届くぐらい、ウルフィラが大きく息を呑んだ。


 首をうなだれ、糸の切れた操り人形のように床に座る人影。

 確かめるまでもなかったが……ゆっくり近づいて、首に手を当て脈を診た。


 倉庫にはクナ・スリングの無残な斬殺死体が残されていただけだった。



 探偵が出てきた。顔見れば良いことなど何一つなかったことが分かる。


 いっそう強まる雨風の中、外で一人で立っていたモリヤもまた、オドオドとして挙動不審。一人っきりになるという孤独な恐怖からなのか、かなりの疲労が目に見えた。もはや傘では防げない雨しぶきを浴びて濡れた顔、でもそれは雨だけではない、大量の汗も混じっていた。


 「もう逃げるしかない。脱出する、この屋敷を」


 探偵から中の様子を聞き、マジシャンは決意した。怒鳴る気はなかったが、小さな声では聞こえにくいため大声になる。


 「考えてもみろ! 今までの事をすべて! いいか……ここは殺人鬼の箱庭、奴のテリトリーなんだぞ! 他に何が仕掛けてあるかわからない……危険極まりないトラップだらけの墓穴だ」


 腕時計で時間を見る。もうすぐ丑三つ時、午前二時。何度か風で持っていかれそうになった傘をついに投げ捨てた。


 「日が昇るまで、あと4,5時間か? 迎えの船が来るまでは……せいぜい10時間」


 この期に及んでも、またいつものようにブツブツと呟き、迷いを見せる探偵にいっそう苛立ちが募る。


 「あんた! あんたもいいな?」

 メイドのウルフィラに向けて言う。


 「…………は、はい……」


 雷鳴がとどろき、光る。ウルフィラが怯えて肩を縮こませた。彼女も傘を差すのはあきらめ、風に煽られながら畳むと扉のわきに立てかけた。探偵も無意識に同じような行動をとって傘を置いた。


 「……あ、あのぉ!…………でも……このままじゃ……か、風邪をひいてしまいます……濡れたお体を拭いて…雨具なんかも取ってこないと……部屋から」


 まあ、それもそうだと頷き、モリヤは屋敷の入り口へ向かって歩き出す。メイドもそれに続き、マーヴェルが最後、足元を見つめながらよろよろ進む。


 視界の悪い中一度二度、後ろを振り向き確かめるモリヤ。あと少しで玄関というところに来て突然立ち止まった。


 モリヤがおもむろに体の向きを変える。


 足元を照らす程の外灯、電気を付けたままの部屋から漏れる光。そのレベルの照明ではこの荒れた深夜の暗闇では心もとなく、濡れそぼって張り付く髪の毛も相まってマジシャンの顔はしごく不気味な表情をたたえる。


 「ちょっと待て……」


 嵐の中はっきりとモリヤの声を耳にしたのではないが、探偵たちも歩みを止めた。


 「ここの私たち以外に、第三者の犯人がいる…………そういうことだったな…」


 狂気じみている顔、それに影響を受けて皆の顔にも歪みが。


 「……それが、それこそが誰かの誘導ではない……のか?」


 「?」


 「なあ……探偵さん」


 メイドが思わず顧みた。今のマーヴェルの姿は確かに尋常ではない、つややかな黒い濡れ髪が、妖艶なカーブを描いて、蒼く揺らめくも屍のような落ち込んだ両眼。闇に潜む悪魔的な雰囲気が漂っている。


 「探偵の行くところ死体ありとは……ミステリー好きの昔からのジョークだが…………現実に……起きたとしても、やはり……疑いにくい……」


 「な、なにを言っているんですか?」

 ウルフィラが震えている。


 「……この事件の黒幕は、間違いなく恐ろしいやつだ…………いいや、正しく言うなら恐ろしい頭脳の持ち主」


 手で顔をぬぐい、少しでもと水滴を払うモリヤ、ゴクリと唾を一度飲み込んで続ける。


 「…………さすがの私も、出し抜かれそうなぐらい……」


 折れた膝、背筋も曲がり、魂の抜かれた病人の有り様で正面に立っている探偵。


 「……そ、そ、それが、僕だっていうんですか……」

 首だけを少し上げて、かすれた声で言った。



 「……あの倉庫、あんた……前にも何度もあそこに入っていたよな? ……私は知ってるぜ、…………見てたんだから」


 頷き、否定はしない探偵。


 「さっきも真っ先に入ったのは…………誰だ? …………あの地下室の…………扉を開けるため、あの青年をけしかけたのは? ……そうそう、あの扉の前でずいぶん粘っていたなあ…………もしかして、本当はもう……あんたは開けられたんじゃあないのか? ……そして執事を……すでに……始末していたんじゃあ? …………毒の知識も豊富、自殺、密室のトリックもお手の物……」


 雨が目に入り、目をつむる。


 「……あほや……いったい何回めや……真犯人変えんの……」

 つい我慢できず、小さく吐き捨てたクリスの言葉は雨風にかき消される。


 「…………フフッ……まあ、そうだな…………これらは……状況証拠というか……私の名推理を並べたところで……決定的ではない。私にとっても……決定的確信ではない」


 ミスターモリヤにオーラを纏うかのような気迫がみなぎる。


 「私がお前の! ……そう、確信したのは最初の夕食、あの……」

 その先は聞けなかった。


 ヒューっ


 ガッ! グシャ


 ドザッ


 

 探偵たちが目にしたのは……。


 突然上から落ちてきたブロック状の石が、ミスターモリヤの明晰な頭に直撃し、崩れ落ちた姿、降りしきる雨が激しく当たる地面に、赤黒い染みが広がってゆく……。

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