第40話 鼓動


 見晴らしの良い一本道をハイスピードで飛ばすオープンカー。ステレオスピーカーから大音量のロックが流れている。

 大学生の男女4人。片手でハンドルを握る青年が助手席の彼女に、奇麗に矯正された真っ白い歯を見せた。その笑顔に誘惑され、そっと両手を首に回すと、頬にキスをする。

 後部座席からは、冷やかす声と笑い声がはやし立てる、髪をかき上げつつ振り返り微笑み返す。


 卒業旅行で繰り出したドライブ、何もかも忘れて羽目を外す。

 運転するのは3番目の彼、バスケットボール部のキャプテン、ホルダーの缶ビールを取るとグビグビと飲み干す。有り余る興奮のエネルギーを発散するように「ヒャッホゥ!!」と奇声を上げると、握りつぶした空缶を後方の路面に投げ捨てた。


 ダイヤルを回し、音量をマックスにする。ガンガンに響く低音のドラムのビートが体に心地よい。シートに背中を預けると体中に風を感じながら、どこまでも澄み渡る青い空を見て彼女も笑う。

 ああ素晴らしきかな人生! 大声で叫びたくなるような充実感、良き仲間、そして最高のボーイフレンド。


 クナ・スリングは青春を謳歌していた。


 スポーツ万能で明るく元気はつらつ、極上の美人ではないが、笑顔が愛くるしい魅力的な女性。常にクラスの中心で人気者、男性からもモテモテで、この上ない理想の青春。



 「おい、冷えたの俺にもくれよっ」


 ドライバーの彼が新しいビールを要求した。後ろの女友達が、新しい缶をへたくそなモーションで投げわたす……差し出した手元を大きく外れ、慌てて伸ばす。一度はつかんだかに見えたが、滑って跳ねると運転席の下に落ちた。


 「ファンブルしてんじゃあねぇよ、キャプテ~ン!」

 男友達が笑う。


 「うるせぇ、あ~どこだ…」

 身をかがめて、探そうとする。


 ギュッ!!

 路面の石にタイヤがとられて、車が大きくぶれた!


 「! あっ!!」


 素早くハンドルを返し、体制を整える。一瞬ヒヤリとしたが、直ぐにまた車体は安定して進みだした。


 「もう! 気をつけてよ。あたしが取ってあげるから……運転に集中しなさい」


 そう言って、クナは彼の足元に身をかがめ、落ちた缶ビールを探した。


 「ば~か、この程度、俺のテクをなめんじゃないぜ! 目をつぶってても大丈夫!! クナ、変なとこ触んなよ、ハハハハハっ!」


 前輪の右タイヤが……誰かが捨ててペシャンコになったアルミ缶を踏んだ。一瞬、地面をとらえる摩擦がなくなり、わずかに浮く。車輪から伝わる違和感に気づき、とっさにコントロールしようとするが、彼の心にはついさっきの動揺が残っていた……過剰に筋肉を動かす。


 能力への過信、アルコールによる神経伝達の遅れがブレーキを踏むべきタイミングをも逃した。

 全身の血の気が凍り付き、体中の産毛が逆立ち、パニックに頭が真っ白になったときにはもう、進むべき道路の真ん中をとうに過ぎ、道脇の大木に突っ込んでいた。



 シラヌイの屋敷にやって来たスリング婦人。見た目は老婆、年は70から80、見ようによっては90歳でもおかしくはない、かなりの年寄りに見えるが……実年齢はまだ40代だった。



 コントロールを完全に失い道を逸れ空を飛ぶ車の車内で、クナは拾った缶ビールを手に、隣で限界まで目を見開いている彼を見て思っていた。


 (ああ、そういえば、初めて付き合った彼もスポーツマンだった……、そうボーイスカウトのリーダーで……長いまつげがとてもキュートで……え~っと……その次、2番目の彼は……ハイスクールの野球部のピッチャーで…………)


 フロントがひしゃげて、その彼が車外に投げ出されて飛んでいく。


 (……だから、シートベルトしなって言ったのに)


 後ろの二人も、くるくる回ってゴム人形のように後を追う、小さな破片、ガラス、石、木の屑、鉄片、よくわからないどっかの部品も宙を舞っている。


 (…………って、あたしも着けてなかった……)


 はじかれた車体も回転して、制御不能で宙を飛ぶ。後は地面に叩きつけられ何度か弾んでジ・エンド。

 クナの目に、周りがゆっくりとスローモーションで映っている。


 (…………頭ぶつけたのかな? あたし酔ってる??)


 カーステレオから……まだドラムのビートが鳴り響いている。


 (ええっ!? これが、死ぬ前に見る走馬燈? ゆっくりになるっていう現象なの?)


 彼女は、どうせ死ぬならダメ元でと自ら車から身を乗り出した。自分だけ吹き飛ばされてはいない、おかしな状態にはまだ気づいていない。

 地面からの高さは3メートル弱、あらためて事故の衝撃の凄さにびっくりはしたが、死ぬ身で怖がっても仕方がない。ゆっくりと回転している車を蹴って地面に飛び降りた。


 ちょっとした違和感、夢の中で落ちているようだ。


 地面に降り立ち、周りを見渡すと、あん馬の体操選手の演技のように楕円軌道でオープンカーのなれの果てが体をひねりながら落ちて行く。


 目にするのは嫌だったが、人のようなものも地面で弾み転がっている。


 (ああ! そっか)


 ドラムビートの間隔がゆっくりになっていく。


 (あたし、もう死んでるんだ…………)


 車は大破し、もう鳴ってるはずもないステレオ。


 ガシャーン!! カラカラ。宙を舞った物体の地面との鼓膜を引き裂くような接触音がそこら中から聞こえてきた。


 ただ一人、立ち尽くす彼女を風が撫でて茶色の髪の毛が揺れる。今まで息を止めていたことに初めて気が付いた。


 ぷは~、肺が新しい空気を求める。


 ハードなロックはもう聞こえない。


 スピーカーから聞こえているかと思っていたビートのリズムは、彼女の頭の中で鳴っていたものだった。



 これが彼女の力が初めて発動した瞬間だ。



 「わぁ~!!!!!!!!!!」


 クナは力いっぱい叫んだ! 何故だかわからないが叫ばずにはいられなかった。


 叫べども叫べども何も反応は返ってこない、ただ地平線に消えて行く。



 彼女の異能力はハイスピード。職業は……まだ見つけていない。

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