第39話 監視者


 ミスターモリヤは改めて様々な場所が映し出されているモニター画面を見ている。今いるこの部屋の扉の前、屋敷の各階の廊下、ラウンジや食堂などの共有部分、出入り口、庭の門、倉庫などの外部の建物、ヘリポートに港。


 「客間にこそ監視カメラはないようだが、ここですべてを把握できるな」


 「もしあたしのシャワー室にでも仕掛けてたら、たとえ何事もなく無事に過ぎてたとしても……主の首にナイフを突き立てるよ」


 老婆のセリフに、ここは笑うところか? と判断が付かず苦笑いで受け流すモリヤ。コントロールパネルを色々といじくりながら。


 「ほかの場所への画面切り替えは……無い? これですべての撮影箇所か……録画データは……残さないか……さすがに」


 しばらく経ってから入ってきたメイドが横で、何処からか持ってきた真っ白いシーツを執事の遺体に覆いかぶせていた。


 モリヤは、別に思いやって聞いたわけではないが、まだ部屋に入ってきてないマーヴェルの様子を尋ねる。


 「探偵さんは廊下で、相変わらずの放心状態か?」


 心配そうな顔でウルフィラは答えた。

 「……は、はい」


 まあ構いはしないとばかり肩を軽くすくめ、モニターの方に視線を戻すと、モリヤの顔色が曇る。地下室なので全く感じないが、外を映しだすディスプレイの様子では、かなり荒れた天気になってきている。


 時間を気にしてるようなクナのそぶりを見て、彼も自分の腕時計を確かめた。


 「いつの間にか、もうすぐ深夜零時じゃないか……」


 舌打ちをして、やや上を仰ぎ見る。薄暗く全体を照らすライトが灯っている。


 「……電気は大丈夫だろうな? 明かりが消えたら真っ暗闇だぞ……」


 「大丈夫だと思いますが……あ、そうだ、確かそれぞれのお部屋に懐中電灯があります。倉庫にも十分あったと思います」


 モリヤの独り言を耳にしたメイドが教えてくれた。



 突然クナが素早く後ろを振り向く。


 ガザッ、カーテンが動き、のろのろと暗い顔の探偵が入ってくる。


 「……また死体だ、探偵さん。さすが名探偵のゆくところ死体だらけだな……」


 マーヴェルはマジシャンの皮肉にも、軽くうなずくだけで、生気のない目で部屋を見回している。


 「ほれ!」


 そう声をかけて、スリング婦人が最後の手記の書かれた執事の手帳を投げ渡した。探偵はそれを意外ときっちりとした反応で、バレーボールのレシーブのように受け止める。


 「残念ながら犯人を知るには、何の役にも立たないけどさ」



 「さあて? 執事とシラヌイが同一人物で、執事が真犯人じゃあないか……なんて思った者も、もしかするといるかもしれないが、違ったわけだ」


 自分のことは完全に棚に上げてマジシャンが語りだす。


 「と、なると……つまり……」


 そしてゆっくりと首を左右に振る。

 この島に残った、生き残った者たちの顔を一通り見て。


 「この中に、犯人がいる!」


 にやりと笑う。


 「なんてことは、もはやここまで来るとなさそうなので……残された可能性は……」


 その思わせぶりなマジシャンのおふざけに、あきれた老婆が彼の最後の言葉を言わさせずと言葉をかぶせた。


 「あたし達以外に、もう一人いる。もう一人謎の人物が隠れているってことだ」


 ちょっと口をへの字にして、不満さを表してモリヤは老婆と台詞の掛け合いを続ける。


 「……そうなりますと……ことは単純。私たちをここへ呼び寄せた、あの晩餐の不気味な声の持ち主、この島、この館の主、このモニター室でこっそりとすべてを観察していた男……」


 「D.M.シラヌイを探し出す」


 「……誰も姿を見てない、顔を知らない……」


 言葉の途中で一度、『ほんとに使えない使用人だ』とでも言いたげにメイドを顎で指し、クナに疑問を投げる。


 「……使用人にさえ正体を明かしていない。用意周到、まさにこの場所は奴のテリトリー。問題は、私たちでそんな奴を倒せるのか? …………逃げられるのか……か?」


 執事の書き残した言葉を思い出す。


 「このまま……この部屋に閉じこもって、明日を待った方がいいんじゃあないか?」


 「フッ」


 なぜかクナ・スリングはそのモリヤの言いようを鼻で笑った。


 「なにか、おかしいか? ……今までの経緯を思い出してみろ? 相当厄介な相手だぞ!」


 「いや、悪かったね。あんたのその目の奥に初めて本当の怯えを見たような気がしてね…………確信して安心したんだよ」


 「?」


 「あんたがシラヌイじゃあないってね」


 「な、なにを馬鹿な! 当たり前だ」


 モリヤの顔が赤くなり、怒りと何かドス黒い闇のような気を混じらせた感情を高ぶらせる。


 「それを言うならな、ばあさん! あんたが一番簡単に人を殺せそうな危ない目をしてるんだぜ! 私には隠せない……。あんたの未だ隠してる能力次第では……」


 二人の間のムードが物騒な雰囲気になっていくのに気が付くマーヴェル、読み終えた手帳から目を放して注意を向ける。互いに刃物を手にした逆上者が、向かい合うような一触即発の嫌な感じ。無駄な争いがここで起きれば、それは真犯人の思うつぼか。


 クリスがぼそっと言う。


 「いよいよ……お話の後半で疑心暗鬼に落とし、仲間内で殺し合わせるなんて……よくあるストーリーや」


 マーヴェルもクスクス笑う。


 「……フフフ、ほんと、よくある……」


 少し離れて見守っていたウルフィラも、みんなの顔が尋常でなく、明らかにピリピリと張りつめ殺伐とした空気に恐れているのか、いつもの陽気な笑顔はない。


 探偵はゆらゆらとクナとモリヤの間に割って入り、低く叫ぶ。

 

 「……そんなよくある結論は、名探偵マーヴェルが許さない!」


 ぼさぼさの黒髪、狂気さえ感じさせる情緒不安定な探偵の両目にクナでさえ気圧される。ドクドクとこめかみが脈打つ。頭がガンガンする。


 ハッと、自分らしからぬことを言ってしまったと後悔の念に捕らわれる。

 「………………す、すみません。……こうなっては…………こんな状況にまで……惨劇を止める事……出来ないようでは、もう名探偵は名乗れませんよね……」


 「まっまあ、そういうことだな、いくら大層にタンカを切っても……説得力に欠けるぜ、探偵さん」


 「…………ここは、モリヤさんの言う通り、僕にはもう……お手上げということで……この地下で待機しましょうか安全に……」


 「だろう? 別に私たちはエンターテインメントを演じてるわけでも、参加型推理ゲームを楽しんでるわけでもないんだ。……安全策で…………最後をかっこ悪くすごそうが別にいいじゃあないか?」


 ピピ、ピピ。


 クナが時計を確かめる。日付が変わった。ついにたどり着いた最後の日。


 「…………じゃあ、あたしはちょいと散歩にでも出かけてこようかね……」


 「!?」


 「はあ? 何言ってんだ婆さん?」


 「運があったら……また会おう」


 そう一言言って、探偵の肩をポンポンとたたいた白髪の老婆。

 彼女が颯爽と駆け抜け部屋を出ていくことを、誰にも止めることはできなかった。

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