第37話 終焉


 今日という日も、あと1時間ちょっとで終わる。


 青年の命という大きな代償を払って、最後の扉が開いた。だが、名探偵はもう役に立たない。すっかり打ちのめされ、廊下の壁を背に両膝を抱え座り込む。

 少し赤くなった額、知性の輝きの失せたおぼろな眼差しが爪先の方を見つめるだけで、モリヤたちの声掛けにも返事を返さず、声にならない声で一人呟くのみ。


 今度ばかりは相棒クリスも黙って大人しくしている。クガクレ嬢の時のように勢いに任せてまた出しゃばって、これ以上名探偵の名に泥は濡れない……同じミスはできないと……。


 じっと見ていたメイドのウルフィラが傍により、優しく肩をさすりいたわった。



 そんな感傷に浸っている時間はないとばかり、早くも気持ちを切り替えたクナが動く、素早く部屋の奥へと入っていく、それを見たモリヤが続く。


 「名探偵さんはもうだめだな……若さかな……」


 扉から離れる際、彼は一言そう残すと、軽々とした動きで廊下を進みカーテンを開け、何の躊躇も見せず歩みを進める老婦人の背中に向けて、続けて声をかける。


 「おい! 待てよ、ばあさん。私も行くから、危ないぞ」


 冷静なマジシャンは慌てて追いかけることはしない、焦る気持ちを抑え一歩一歩周りを見渡し進む。さすがに棘の生えた壁が迫ってくるような仕掛けはなさそうだ。


 奥のクナにも聞こえるほどの音量で話し続ける。


 「大丈夫か? ここはシラヌイの部屋だぞ。……私のカンでは……いや推理では……前にも言ったろう……この屋敷の主はイコール……執事の……」


 モリヤがカーテンをくぐるとそこは、一つの大部屋。10数面のディスプレイモニターが壁に並ぶその様子は、まさに管理室か監視室。


 「執事の奴が、あのシラヌイの正体……二人は同一人物……だから…………」


 最後まで言う事はできず、言葉を飲み込むしかない。


 モニターを十分見渡せる位置、中央に近代的な人間工学に基づき設計された奇妙な安楽椅子。マジシャンはそこに人影を見た。


 すぐ近くにクナが立って椅子の人物を見下ろしている。


 彼もゆっくりと傍により、回り込み、顔を確かめようとする。……嫌な予感。クナの態度からヒシヒシと感じ予想できたこと。


 (おいおい、ばあさん……なんでそんな、ぼ~っと突っ立ってるんだ、シラヌイだろ?そこに座っているのは、さっさと声をかけるなり、締め上げるなりしよう……ぜ……)


 そんな思いを抱きながら……


 犯人の


 顔を



 見た。


 !? が、その直前に目に留まらざるを得ないものが胸にあった。


 深々と突き刺さったナイフらしきモノの柄。


 (や、やりやがったのか? ばあさん)



 座っていたのは……。


 執事のクロミズ アキラ。


 完全に死んでいる、立派な死体を発見した。



 「どうでもいいけど、あたしが殺したんじゃあないよ」


 血はすっかり乾ききっている。よく見れば、強い悪臭こそまだ発してはいないが、すでに異様な変化を起こし始めている死体だ。昨日今日に殺されたものではないことは明らか。


 「どういうことだ!?」


 「こっちが聞きたいよ」


 ウィ~ン。


 「はっ!!」


 妙な機械音がかすかに鳴り、慌てて振り向く。何のことはない、空調設備が自動的に働きだしたようだ。


 部屋を見渡したが、他に誰の姿も誰の死体もなく、隠れている様子もない。

 左右にはドアがあり別の部屋につながっている。小さく互いに頷くと二人して、順番にそのドアを調べる。生活臭のない寝室と、少ない備品の置かれた棚があるだけのガランとした倉庫部屋。

 どちらの小部屋にも得るものは無いと分かったため、改めて死体が残されたモニター室を探索し始めた。


 やはりモニター類以外に別段目を引くものは特に無かった。


 「あんたの推理は、早くも外れたようだね」


 しっかりとモリヤのさっきの言葉を耳にしていたクナが冷たく言う。


 「……かもな……だが、まだこいつがシラヌイかもしれないという線は完全に消えちゃあいないぜ……。こうして執事に化けていた、本当の主人がすでに殺されていた……客の誰かに……そういう可能性も……ある……」


 モリヤは、ますます不気味に感じる老婆の動きに細心の注意を払いながら、改めて死体を見分し始めた。

 「ん! あっ」


 執事の上着のポケットに手帳が入っているのに気が付いた。繊細な指先を使い、そっと注意深く取り出す。まるで爆弾でも扱うかのように。


 手元に収めると、ぱらぱらとめくりながらさっと目を通す。カレンダー、日付、主にすべきこと、予定などが書かれているスケジュール帳だった。


 (何かの参考にはなるが、決定的な謎の種明かしにはならないか……)


 メモされている文章は事務的なことが中心で、雇い主や客のプライバシーに関わるようなことは記録に残してはいない。一流の執事の証ではある。


 後半の余白が続くころになって……はたと目が釘付けになる!


 「!」


 「どうしたんだい?」


 こちらも注意深く相手を観察していたクナが、モリヤの反応にすぐ気が付く。


 「こ、こいつは」


 顔を上げた、驚きをいっぱいに溜めた彼の瞳がクナを見る。


 「い、遺書だ」


 「? なんだって」


 「執事の遺書だ」


 「お~神様! またまた新たな真犯人が自殺して、みんな私がやりましたなんて……己の罪を告白したってんじゃあないだろうね!」


 久しぶりに口から飛び出た神様への祈り言葉。クナの驚きのすごさを表している。


 「……ち、ちょっと……違う」


 「……」


 「それよりも……驚きの内容だ……」


 繰り返そう、終焉はもう目の前。

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