第35話 マインド・ルーム


 今日は最終日前日。招待主の言った最後の朝食まで、残りおよそ12時間。


 一階の中央ラウンジに下りてきた探偵たちは、「僕ならできる」そう言ったマーティ・アシモフ青年の次に発せられる言葉を待った。


 「僕の力なら……あの部屋に入れます……たぶん……、中に入れば開ける方法も……見つかると思います……」


 不気味な凄みのある白髪の老婆クナ。おどけた雰囲気を常にまとってはいるが、ここにきて少し様子の変わってきた手品師、人を操る力を持つモリヤ。

 いよいよ佳境に入ってきたことを感じさせる二人の強い視線に、さっきまでの勇気と自信が揺らいで、青年の言葉がたどたどしくなった。


 「天才マジシャンの私を差しおいて、壁をすり抜けるイリュージョンを見せていただけるのかな?」


 この絶海の孤島の屋敷の中で、探偵にも唯一調査することのできなかった地下中央の部屋。核シェルター並みの強度で作られた主人専用の部屋。最強のロクロウ少年がいない今、扉や壁を破壊しての侵入は不可能となっていた。


 先の二人とは少し違う、穏やかなまなざしで見守るように見つめる探偵。


 「ほら、うちが言ったやろ、テレポーテーションや」

 クリスが、的中したとばかり嬉しそうにマーヴェルに耳打ちする。


 「僕の能力……そう…………マインド…ルーム」


 マーティは今まで、自分の力を固有名詞で呼んだことなどなかったが、亡き友にならって今ここに名前を付けた。


 「マインドルーム?」


 「はい、僕は自分だけの部屋を創ることができます。……こうやって」


 そう言った彼の目の前の空間に揺らぎが生じ、ホログラムの映像を思わせる長方形のドアが現れた。


 「!?」


 「あ、先に言っておきますけど、何処にでも行けるわけじゃあありませんよ」


 青年は久しぶりの笑顔を見せてそう言った。


 「少し離れてください」

 そう言いながら、白い煙の揺らぎ舞うガラスのドアノブのようなものをつかみ、扉を開く。中の様子が垣間見れたが、目に入る映像と理解が追い付かずくらくらする。



 マインド・ルーム。

 一辺が約3.1415926cmの正方形の白い空間。壁は個体とは思えない揺らぎが常に見え、グリッド状に縦横と縞模様がある。ただ一定ではないため見方によってサイズが変わり遠近感が崩壊してトリップ映像でも見せられてる気分に陥る。



 「地下室の前で、このマインドルームを発動させて僕が中に入ります」


 「それでどうなるんだね? どこにも行けないのなら」


 「そうですが、……この部屋のサイズは3メートルぐらいあって、出口はまた別に好きな壁で開くことができるんです」


 その言葉で、クナはすぐに納得した。


 「なるほどねぇ、なんとなく分かったよ。どこか別の空間を経由してあの部屋の中へ忍び込むって感じかね?」


 マーティは大きくうなずいた。


 「……あんた……一つ褒めてやるよ」


 クナのその言葉に、少し驚いたが、素直にありがとうと返す。


 「いや、違うよ……扉を開ける方法を示したからじゃあない」


 「?」

 青年は老婆の言う意味がピンとこず、何を称賛してくれているのか分からない。


 「……フフフ。坊や、そいつを、その能力を使えば……そこの部屋にずっと籠っていれば……つまり安全。あんたは絶対に確実に生き残れるってことだろ?」


 「ええ、まあ……たぶん」

 ロクロウに最強の能力だと言われた、あの楽しいひと時を想起する。


 「いい道を選んだってことさ、坊やから大人の男になるね……」

 そう言ってかすかに微笑みを見せたクナの顔はどこか若々しかった。


 「……は、はい……あ、ありがとうございます」

 



 意地悪なクリスが……

 「無敵かな? ほんまに……」


 マジシャンも少し意地悪く水を差す。

 「好奇心から聞くが、作った部屋は動かせないんだな? じゃあ……その部屋に閉じ込められる可能性があるんじゃあないのか?」


 「? そ、そうですね……気を付けます」


 血気盛んなサイキックのロクロウ少年と違い、自分の能力にケチをつけられても何の反発もしない彼に、ちょいと肩透かしを食らってしまう。

 「ま、普通じゃあ起こりえないだろうが……この館の主のような? 常人離れした金持ちなんかだと大規模にやりかねないからな」


 マーティは思った。やっぱりここに集まった人たちは違う。力の持ち主の自分が一度たりとも思い浮かべたことのない考えを、思考をいとも簡単にする。


 (こんな形の出会いでなければ、もっと素晴らしいものになっていたかも)


 

 マインド・ルーム。

 マーティの目の前にドアを作り、それを基準に固定された部屋が創造される。

 ドアを閉め中に入ることで、いかなるものにも干渉されない絶対空間となる。

 今まで生きてきた記憶や知識があるので、なんとなくお腹が減ったような気分にもなるが、実は、精神さえ崩壊しなければ……永遠に入っていられる。


 マーティ青年程度の並の精神力でも、この空間にいることが、まるで瞑想のような作用があるので地獄の監獄独房のような気分ではない……限界はあるが。

 ついでに言えば、ミスターモリヤはあえて謙遜を装ってああ言ったが、彼の洗脳はほぼ完全に終わっていた。しかしこの空間で過ごすことによって、想定以上に早くその力は融解したのだ。



 「高い建物で、この力を使うときもちょいと気いつけや……」

 クリスはウインクしてそう忠告した。


 「?」


 「……いやいや、そんなことより、別に聞きたいことがあります」

 マーヴェルがマーティに質問した。


 「僕も一緒に入れないのですか? できれば一緒にあの部屋、あの開かずの間へ入りたいのですが?」


 「そりゃいいね、あたしも、それには賛成だね。みんなで入ればいい」


 「す、すみません。それは不可能です」



 マインド・ルーム。

 そこはマーティだけの部屋。それ以外は入ることは許されない。

 彼の意思で、誰かを入れるようにするとか、何かを持って入れるとか……現実はそんなに都合よくできてはいない。

 中に入れたもの、入ったものは跡形もなく消えてしまう。


 またまたついでに言えば、運動の法則にゆがみが生じるためか、外部から彼を引っ張り出すことは非常に難しく、逆に意図しないわずかな力でも外のものを引き込んでしまえる。


 ロクロウの言った、自分よりも無敵の能力というのもまんざら嘘ではなかった。



 探偵たち……マーティをはじめ、メイドのウルフィラも含めて全員で地下室へと下りていく。

 いよいよ終わりが近い。

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