第33話 傀儡


 外では風がうなりを上げ始め、激しく木々の枝を揺らす。雨もぱらつきだした。

 グレーの厚い雲に隔たれ、今日一日姿を見せることもなかった太陽も水平線の下に落ち、外出する気分になるには程遠い風景。


 代わってこちら館の中、やぎ座の間でも……ざわつく危険な香りが徐々に充満してきている。


 周囲から、いや~な視線を浴びる、メンタルマジシャン。人の表情を読むのは得意な方なので、いやというほどわかる。もう観念するしかないかと彼は口を開いた。


 「……ふぅ。……お話ししましょう」



 ミスターモリヤは、人を操る力を持っていた。


 彼のステータスを一般的に言えば、食うには困らないが、さほど有名でもない一介の手品師。名前を看板にショーを張れた回数も片手で余るほど。普段の仕事の大半はバーなどに呼ばれる流しのマジシャン。


 どうした、ミスターモリヤ? その異能力を使えば、超絶マジックを披露できて一躍有名エンターティナーの仲間入りじゃないか……と思うだろう。


 (私も同意見だ、だった。例えば、舞台に上げた『本当』の観客を…みんなが使うサクラではなくね…この能力で操れば、玄人目には謎に満ち面白いかもしれない。だが…素人さんには……どっちだろうと大して変わらない……その上ネタの受けが悪い。ハハハっ、華がないと言えばいいか? わかっている。私の本当の性分ではないのだ。ショーマンという仕事は)


 じゃあどうだ? マジシャンなんて下らない仕事にはさっさと見切りをつけて、ありとあらゆる人を操り、好き勝手して人生を謳歌するという生き方は?


 (……それは否定しない)


 (しかし…………まあいい。能力のルールを教えよう)




 「何人かは…うすうす気づいていたかもしれないが……私は人を操れる」


 肩まで上げた両手を広げ、まあ待て待てとみんなをいさめるモリヤ。


 「ただ……そこの探偵と同じように……フフフ……驚くべきものではない、引き合いに出してすまんな。そう…………私の能力はあのサイキックキッドのように超現実離れしたものではないんだなぁ。両目をピカーっと光らせ、目にした奴を何でもかんでも操れるって? そんな忍者映画かなんかの力じゃないのさ。端的に解説するなら……高速洗脳とでも言おうか?」


 「高速? 洗脳?」


 「もちろん洗脳はどんなものか知ってるだろ? 普通はじっくり時間をかけ、あらゆる外的内的圧力で相手の意思を挫き、曲げ、意識を変える……そんなものだ。虫も殺せない少女でも、洗脳によって標的者を悪の権化だと思いこませ、殺害を行わせるとこまで心を変えることができる。もしその行為が間接的なら、なおさら容易いだろう」


 「直接、自分の手で首を絞めて殺すより、ナイフを使う。刃物で刺すより拳銃。銃を撃つより……モニター上の映像を見ながらボタンを押す。そう言う事かい?」


 スリング婦人の言葉にうなずくモリヤ。


 「私の場合はこうだ」

 そう言いながら、軽く握った両手を少し前に差し出して肩下あたりまで上げて続ける。


 「右か左どちらでもいい、どちらも同じような価値、そんな選択肢を迷ってたとする。その時は、私の言葉一つで操れる。例え自分の意思でどちらかに決めたと思っても……あまり障害にならない、何故なら、心の奥底では所詮どちらにしても同じことだという潜在意識が消えてはいないからだ」


 ああ、なるほどねと、こんどは老婦人がうなづく。


 「やりたくないことをやらせる場合、少し話し込む程度の時間がいる」


 「そ、それで僕に……色々と話を? 操るのが目的で話をしてくれたんですか? …あれは…一日目、執事さんの部屋を調べた後…………。でも、そんな事をされたなんて? うん、無い……はっきりとした覚えが……」


 一度は信頼を勝ち得た青年からの、明らかな失望感が手に取るようにわかる。謝罪の気持ちが心のどこかに持ち上がったためなのか、ばつの悪さから少し頭を掻くマジシャン。


 「……さらに時間をかけることで、私のこの行動への横やりをあいまいに、忘れさすこともできる」



 例えるならプログラミングのようなもの、複雑な指示になればなるほど難しい作業になるし、時間を掛けないと間違え、いわゆるバグも発生してしまう可能性が増える。


 操られたという、なにか釈然としない気持ち、その違和感を取り除くには、結構なパワーが必要で……目的によっては、そんな手を使うほどの価値があるのかという、本末転倒に陥ることに…………。


 一つ例を挙げよう。君に大好きな人がいる、相手はあなたが大嫌いだ。

 自分を好きになるようにしたい? ではどうする? まず膨大な手間暇をかけて悪印象を取り除かねばならない。そうしなければ暗示をかけるための話も聞いてもらえないからだ。

 この第一関門突破はかなりの時間を要するだろう、挨拶や何かにかこつけて一言二言言葉をかける、何度も何度も。

 

 会話はできる程度のお友達になったとしよう? 君と面と向かって話をしていると彼女の頭には当然よぎる。『あれ? どうして私はこんなクズみたいな奴と話して平気なのだろう、いったいいつから?』 眉を寄せ、いやな虫でも見るような冷たい目、そういったジャブを受け…また避けつつも、時間をかけて……好きなんだと錯覚させる。


 ここまで来れればしめたもの、あとは暗示強度を高め、すっかり君の虜にする。


 ……だがふと思うこともあるだろう、君の腕の中ベッドで隣に寝てる時、君の香りをかいだ時、君の背中を見た時、君の何気なく繰り返される癖を目にした時……

 『どうして私はこんなクソみたいな奴を好きになったのかしら?』


 さ~てここで思い返してほしい。力を使う価値があったのかと? 普通に何度も何度も振られつも挫けずに再アタックする、しつこいガッツとどれほど違うのだと?


 まあ最終的にゴールは約束されているから価値はあるか? 偽りのゴールだがね。



 (そして…フフフ、夢のハーレムは構築できない…………確実に力を使える対象は一度に一人だから)



 「シラヌイからメッセージで指示を受けた」


 そう、もちろん姿を見たわけではなくシラヌイが誰だかは分からない。 


 「内容は、カメラマンを襲うこと。オオツの旦那は不死身の能力者なので殴っても死なない。その目的は……このパーティに興奮を、刺激のスパイスを投入する、余興だと言われた」


 射るような、いくつかの視線を感じる。それを振り払うように大げさに両手を広げ肩をすくめた。


 「まあ、私も! こう見えて仕事柄…サプライズは嫌いじゃないものでね…………協力することにした。少しばかり信用ならないが……」


 (私も……秘密をばらされたくはなかったのでね)

 メッセージには、指示を無視できないように脅しともとれる一文が加えられていた。


 「そこで、最も適した人物…………」


 モリヤは周りの顔を見回して手を差す。


 「マーティ君にやってもらうことにした。簡単に落ちるのは誰か? 人の好さだね……よく言えば…いやぁすまない」


 腕を組み、いつもの彼の悪い癖、舞台に立つような演技じみた話しぶり。


 「暴力的ではないという性格に、若干難しさはあるが……他と比べればねぇ……フフっ。…………まあそういうわけで、指示通りに時間と手段を命令した。そうだ、書かれていたオオツの力と、こんなことをやる目的も教えたよ、彼の心の障壁を取るために。……あの老人は殴っても大丈夫、死ぬどころかケガもしない、みんなを驚かせてハプニングを楽しむだけなんだよ、とね」


 困惑して、うつむき首をゆっくり左右に振るマーティ。彼に真実を聞かされたうえで、あの時の会話の内容を思い出そうとするが、その時の記憶は、まだ上手く手繰り寄せることはできなかった。


 「私の誤算は、……もう後数回は彼に会って洗脳を完璧にする予定だった」


 「だけどロクロウ君の死で彼がすぐに姿を消し、それができなくなったと?」


 「そうだ、おみごとご明察。流石の私も少し焦りはあったが……まあ結果的に想定内だったね」



 メンタルマジシャンの自白で、青年マーティを操り、カメラマンのオオツを襲わせたことははっきりした。

 ミイラ化したオオツの奇妙な慣れの果てを目の隅でとらえながら探偵が話を進める。


 「お、おわかりかと思いますが……この件は三日目のこと、同時にドクターが殺された日のことです。あの日何者かに殴られ殺されかけたオオツさんは、そのあとすぐ蘇りました…そして……彼が言っていた『見たような気がする自分を殴った男』というのが、マーティ君だったのでしょう。後は……この……」


 「……ちょっと、つじつまが合わんところがある……」

 小首をかしげ、クリスが小さく口を挟もうとするが……。


 マーティの嵩み掛けるような言葉が覆いかぶさる。

 「じゃ! じゃあ! ぼ、僕は殺していないんですね? 間違いなくカメラマンさんは僕の殴った後……無事……だったんですね? あの死体は僕が殴ったためにあんな姿になったわけじゃあないんですね」


 どこかで自分の殴打で彼がこうなったのではないと思う気持ちはあったし、その後の話もすでに大まかに聞いてはいたが、やってしまった事実と罪悪感がある以上、消えなかった不安。

 探偵の口から改めてはっきり聞くことでやっと少しの安心感が生まれた。


 「血を吸い取りミイラ化する力を持ってたら別やけどな……」

 自分の意見を遮られたクリスが、ふててこそっと言う。


 「私の指示も、あくまで殴るように言っただけで……殺せとは言っていないからね……まあ、後頭部をいきなり鈍器で強打されて、十人が十人みんな無事かと問われれば……疑問の残るところでしょうが?」


 困惑の二文字がまだ完全に払しょくできない青年は、また暗い表情に戻り口ごもる。


 「だけど一つはっきりしたよ、……まだ終わってないってね……ゲームは」


 オオツのミイラ化死体を指さして、老婦人が老人らしからぬ爛々とした瞳を見せながら言う。


 「さすがに不死身の男を殺すには、その場の成り行きや思い付きの衝動的な犯行では無理さね……下準備がいる。そうだろ? ほれ、あの装置を用意したということは……明らかに計画的」


 あえて残したのか、時間がなかったのか、ベッドの脇に前には置いていなかった病院でお目にするような機械がある。


 「採血……いやいや……吸血マシーンか? ……血……、不死身の男の血? !?」

 そう言ったミスターモリヤが何かにひらめいたように続ける。


 「おい! 血がないぞ! 抜かれた血がどこにもないぞ! どこだ? だろ? ……目的は……目的はこれじゃあないのか!? この血を研究して、不老不死! どこかに超高値で売るのが目的じゃあないのか!」


 スリング婦人も周りをよく見まわすが、確かに採られた血液がどこにもない。それらは持ち去られているようだ。


 「ああ、わかった、わかったぞ、目的もすべて分かった。疑いようなく犯人はシラヌイ。最初っから奴以外ありえない!」


 「もうっ……あのおっちゃん、何回、真犯人を変えるんや~、あんた、ダメダメ警部かいな」

 クリスがバカにしたように呟くが、マーヴェルぐらいにしか聞こえない。


 「そろそろ回り道はごめんだ。もはや残すはあの部屋の中! 地下の部屋に潜んでやがるシラヌイしかいない!」


 「まあ、あたしもだいたい同意見だけど……はてはて、あの部屋……どうする?」


 目的は定まれども、あの扉は決して外から開けられない。


 いつもよりずっと沈んだ様子で、ドアの近くに静かに立っていたメイドのウルフィラに向かってモリヤが詰め寄る。


 「あんた? 本当に知らないのか? あの部屋の開け方を! 本当に! 執事にも主人にも何も聞いていないのか?」


 少しおびえて、何も知りません、すみませんとメイドは答えるのみ。


 マーヴェルも手詰まりか、難しい顔で無言。スリング婦人も少しイライラした感じで右足をトントンと床に打つ。おどおどと首を振るメイドに今一度、胸ぐらをつかみそうな勢いでマジシャンが近づき詰問しようとしたその時。


 「できます」


 マーティが間に割って入って言った。


 ウルフィラの前に立ち、モリヤをしっかり見据え、堂々と

 「僕になら、あの部屋を開けられます」

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