第32話 リヴァイブ

 

 マーティは急いでみずがめ座の部屋を飛び出すと、何をおいてもまずは探偵マーヴェルを探すことにした。


 ロクロウの死、希望に満ちた有頂天から、絶望の地の底へ突き落され、元の自分……それ以下の自分に舞い戻ってしまい、ずっと殻に閉じこもっていた。


 何もかもが自分のせい、すべて投げ出したい、逃げ出したい。いつもの馴染んだ感情が彼を甘く誘惑し、楽であり、かつ罪深い行動へいざなってしまった。

 今までで最も長期間の引きこもり。


 だがしかし、人間とは、生きる生命力とは因果なもので、時とともにあらゆるものをも消化して行く。尽きることの無いと思われたあふれ出る涙もついには枯れ、負の感情もエネルギーを使い切り、何ものどを通らなかったはずが……お腹も減ったりする。そうして傷ついた心も少しずつ癒されていく。


 マーティもついにカムバックしたのだ。


 (い、いったい今は何日だろう……スマホは持ってきてないし……部屋では慌ててて時計を探すことも思いつかなかった。……柱時計に日付があったかな?)


 すっかり人気のない館内と直前に見た空前絶後の恐ろしいモノの影響で、何百年もたってしまったのではないかという妄想に襲われ始めて不安になっていた。


 (もしかしたら……すでに一週間は過ぎ、みんな島を出て行っていないのかも……)


 と思いつつ、裸足のまま小走りに進むと階段前で登ってくるメイドのウルフィラにばったり会った。


 暖かな日差しをも感じさせる彼女の笑顔に、強烈な安ど感を覚え、少し涙がにじんでしまう。

 

 「あら、マーティ様!」


 一瞬抱きしめてくれるのではと思えるほど近づき、いろいろ心配しましたと、悲壮感なく話してくれる彼女を見ていると、今まで感じたことのない気持ち、彼女の笑顔から目が離せなくなるような……初めての感情を彼は抱いた。


 「それで…どうなされたのですか? フフフ、その恰好」


 彼がガウン姿で、出歩いていることを不思議そうに聞いた。


 (クガクレさんのような目もくらむ美女ではないかもしれないけど……彼女とは違う素敵な魅力を感じる? なんだろう)


 ふと我に返り、今重要なのはそんなことではないと

 「あ、すみません! あの探偵さん、マーヴェルさんは? 知りませんか? 部屋でしょうか?」


 「たぶんそうだと思いますけど……どうしたんですか?」


 「……あ、あの…」


 言い淀みながら、ちょうど背後にあたる、やぎ座の部屋を指さす。


 「はい、お、オオツ様がどうか?」


 「し、……死んで……ます…………たぶん……」


 メイドの顔が暗くなる。


 「…………」


 「……お医者さんに……知らせる方が? でも……やっぱり、探偵さんに知らせた方がいいと思って」


 「…………は、はい……そうですね…………あ…ドクターは…もう」


 「!? いない? 帰った……んです…か……」


 言うべきかどうかと逡巡するメイドが、少し迷っていった。


 「亡くなってしまいました」



 驚嘆したままだったが、これはなおいっそうマーヴェルの元へ急ぐしかないとわかり、道中で、なんとか今日が最終日目前であることと、他にも亡くなった人がいることをウルフィラから聞きながら上の階へと歩みを進めた。


 「詳しくはマーヴェル様からお聞きください」


 「わ、分かった。僕も話しておきたいことがあるし」



 探偵は、かに座の自分の部屋にいた。マーティを見ると、何も尋ねることなく心からほっとしたように「ああ君、無事だったんだね」と声を少し震わせた。


 やぎ座の部屋でオオツが殺されていることを知らせると、驚きの表情は見せたが、どことなく既に分かっていたような感じも受けた。


 「マーティ君にはつらいだろうが」


 そう前置きして、今日までの出来事を端的に話した。


 驚愕の内容ではあったが、彼にとってはロクロウの死を超える衝撃では…もはやなかった。


 何かをまだ言いあぐねて居るマーティの様子を察したクリスが

 「言い忘れたこと、大事なことがあるん?」


 その言葉に背中を押されて、意を決した。


 「オオツさんは……」


 青年の表情がとても神妙なものに変わった。メイドを含め、それを見たみんなが息をのんで次の言葉をじっと待つ。



 「僕が殺したんです」




 探偵たちは、マーティが自分の部屋で着替えを済ませた後、やぎ座のオオツの寝室へ向かう。調べるまでもなかったが、ミイラ化したカメラマンの死を確認した。

 むろんあまりの変わりようは、これをオオツの死体、それ以前に人間の死体だと断定してもいいのだろうかという疑問を抱くほどだ。


 「公的な死の確認には、遺伝子検査などが必要でしょうが……とはいえ、僕としては彼の死体であることは確信しています」


 これが不死身の男の殺害方法として取りえる、数少ないやり方の一つであろう。


 「モリヤ氏とスリング婦人を…呼びに行きましょう」


 「死んでないやろうな……どっちも部屋で」

 クリスが不吉なことをこっそりマーヴェルに呟いたが……幸いにもそんな事態は起きてはいなかった。

 マーティが一緒にいるのを見て少し驚いたが、規格外の出来事の多さにその感情もすぐ薄まる。二人を伴ってオオツの部屋へと戻る。


 ベッドに張り付けられている、白っぽい人型のシワシワに乾きしぼんだ何か?! 宇宙人の死体だと言われれば……そうだと思うし、前衛芸術のオブジェだと説明されれば…納得もするかもしれない奇妙な代物。


 「これは……やりやがったな」

 恐れも、驚きも、そして興味さえも含んだ声で、死体を見たマジシャンは言った。


 「ミイラ!? ……にねぇ」

 ほとんど感心したように、老婦人はうなずく。


 「これもあの女の仕業か? え!?」

 自分の口で言っているそのセリフの意味、可能性の低さに気づき、馬鹿馬鹿しくも両手を広げ、大げさに語るモリヤ。


 「いえ、もちろん違います」


 探偵マーヴェルはゆっくり首を振って言葉を続けた。


 「マーティ君がオオツさんを殺しました……」


 演技ではなく心底びっくりの顔でマーティの方を振り向くモリヤ、片方の眉を上げ、いぶかしむクナ。


 「ですよね……ミスターモリヤ」

 さらにそう最後に付け足した。



 マーティは先ほど上の部屋ですべて探偵に話した、自分の知っていることを。あまりの出来事に若干記憶に自信のない点もあったが。

 「カメラマンさんの部屋に忍び込み、後ろから頭を殴りました。あの…ラウンジの暖炉にあった棒、火掻き棒で」


 「いったいなぜそんなことを」


 「……よ、よくわからないんです……本当です。ただ、この数日……あ、時間の感覚があいまいなので…たぶん数日ですが。……すみません、話がずれて。……それで、いろいろと考えて何となく思い出したのは、モリヤさんです……あの人の顔が浮かぶんです」


 「わかった! 催眠術や」クリスが自慢げに言う。


 「先日ロクロウ…が……こ、殺されたばかりだというのに、僕が、僕がまたこんなことを、何故だかわからないけれど……やった事実は変わらない。何が何だかわからない! その時の記憶もあいまいです……で、でも…とても恐ろしく……恐ろしくなって逃げたんです……僕は」


 両手を見つめる青年。


 「頭をたたいた感触……それが……あります。残っています。夢の中の出来事のような気もするけれど……血の付いた棒を持ったまま……自分の部屋へ向かって……自分の部屋に……逃げ込みました……ごっごめんなさい…………」




 「あんたが黒幕かい?」

 クナ・スリングが、素早い動きで身をかがめ手を後ろに回した。


 達人でもない素人でも感じる、とてつもない殺気で身の危険を感じたモリヤは即座に両手を上げ叫ぶ

 「ま! まて!!」


 「坊やが嘘をついてるのかい?」


 震えて首を振るマーティ。


 モリヤは畳みかけて言う

 「いや違う、わかったわかった! 言う言う! 俺のしたこと知ってることを!」

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