第26話 硝子


 時はもう深夜、高級ベッドの上。パーカーにタイトジーンズの麗人は若干の緊張感を持ちながら、いろいろ思いにはせていた。

 初日のように美しくセクシーなネグリジェは鞄の奥に押し込んだ。


 「若し美しさは、たかが与えられたギフト。年を重ねてからのこそ努力の賜物であり、それがあなたの真の美しさ」

 そんなことを言ってくる人がいたが、クガクレ アマコに言わせれば、それはただ化粧品を売りたいがだけの戯言だ。もちろん彼女は日々努力した、むなしい気持ちで。


 人知を超えた、漫画やアニメみたいな超能力。頭を割られても死なない、蘇生回復する脅威の再生力。この島に集まった異能者たちの起こす驚くべき現象。


 「どこかに、永遠の若さを保つ能力も存在するのかしら……バンパイアか何かみたいに……」


 しかし、次々と何者かに、若さどころか生を絶たれた。あのカメラマンでさえ、不死身の男でさえ若くはない! 実際年老いていた。


 「はあぁ…………やっぱり時の流れには人間、逆らえない……のね…」


 深いため息が出る。


 「しょせん最初に手に入れた贈り物を超える事は決してできないのよっ」


 ほかの能力者の存在を知ったとき、もしかしたらと、もしかしたら若さを取り戻せるような力の持ち主もいるのではないかと夢想したりもした。


 見えないなんていう、くそつまらない能力ではなく。



 クガクレの異能は透明。

 まず自分を透明化できる。服を脱ぐ必要もない、自分に触れている物も同時に透明にできるのだ。

 透明人間として、科学的に考えてみると、本来ならば光を受け止める黒目がないと何も見えないらしいのだが、彼女には透明化中も周りが見えた。


 身に着けている物も透明になるという現象、それをもって、触ることで自分以外の物も透明化できる。しかしこの力は距離が離れるほど累乗的に難しくなる。そのうえ状態を保つには彼女自身との接触が必要だった。


 つまりは、手で持てるモノ程度ならば自分以外も透明にできる。現場から衆人環視の中、少女の犯行の証拠となる物を持ち去ることもできた。



 「こうなった以上、最後まで逃げ切るしかない」


 彼女は、この島へ来てからの自分の行動を振り返り、考えを整理した。勝利者となるために。


 この屋敷についてから最初の夜までは、いっさい余計な行動を起こしはしなかった。まだ訳も分からず、慎重にならざるを得なかったから。いつでも帰れることを執事に聞き、少し安心を担保できて、他の能力者のことを探ることにした。


 いわば裏の顔、本当の姿、性質、誰もいない時に見せる真実を。



 まず、直感で安全そうだと値踏みした人物から始めた。最初は子供たち。いきなりの恐ろしい言葉でかなり警戒したが……接してみると、よくいるような子供たち、ちょっとやんちゃな子と引っ込み思案な子。


 (心配することもない……それほど気にかける必要もない)


 明るい日差しのもと、朝食時の会話を盗み聞きしていたクガクレ。気の置けない子供同士とはいえ、まだ純粋に一人きりの顔とは言えないかもしれないが、演じているのではない自然な感じを受けた。


 「……姿を見せないマーティ……彼も……こんな所に連れてこられ、とんだ災難に巻き込まれたわね……少しかわいそうだけど…………能力を使ってるのかしら?…そうね……きっと」



 そして、今回のこの招待客で一番善良そう、信頼できると思ったのが探偵マーヴェル、大した根拠のない完全に女の直感だが。


 彼女は少し大胆にいくことにした。


 間近で観察するため、マーヴェルの部屋に忍び込んだのだ。


 クガクレの特技として、鍵開けがあった。なぜなら透明化で中の構造が覗けるからだ。

 ゆえにこの館の客室のシリンダー鍵はとても簡単だ。

 鍵穴近くに手を添え、少しずつ範囲を広げてガラスのように中を見やすくしていく。後は上手にヘアピンで揃えれば錠が回る。


 覗き穴のない、客室ドアも有利に働いた。ドアの一部を透明化し、中の様子を垣間見ることができるのは彼女だけなのだから。


 そのようにして、うまくタイミングを見計らい部屋に入り、裏の顔を観察した。


 「まあ……みんなの前でいる時よりも、……思ったより……ちょっと内向的な印象。独り言も少し増え……もしかしたら部屋にいる時の方が集中して推理できるのかしら……そうでしょうね……」


 推理の内容まで聞ければよかったのだが、さすがに意味を聞き取れるほどの呟きではなかった。


 あまりに近づきすぎてもまずい、普通人でもちょっとした音、気流、つまり気配を感じられる。そして相手に見えないということは、透明人間の存在を一切無視した不意の動きを、こちら側でより注意しないといけないのだ。


 (透明人間やるって、フフフ…見えないって意外と神経疲れるのよ……)


 「マリンブルーの瞳。……マッチョが鼻につくより、多少変で頼りないぐらいが……かわいい…………」


 (って、何言ってんの私)


 ゾクッとする、今まで感じたことのない感覚を、ブルっと身震いをさせて振り払うと、自分のカンに間違いはなさそうだと結論付けた。



 本当ならば、他のもっと謎を強烈に漂わせてる人物も同じように見極めたかったが、なかなかチャンスがなかった。


 外科医とカメラマンは多少なりとも、人となりを伺えたが、もっとも近寄りがたい老婦人クナは、全く隙が無く、透明になっても近づく気持ちになれなかった。


 そうこうするうちに最初の殺人、ロクロウの死を目にし事態が急展開する。


 早々と現場に近づいていたクガクレ。影で様子をまじまじと見ながら、これはまずいと思いだした。

 これから、誰かを探るということは、ただ単に奇妙な人間の隠された面を見るのではなく、殺人鬼という恐ろしい一面を見ることになるかもしれないのだから。


 何処かで明かしても構わないかとも思った自分の力、これもこうなってしまってはよい考えとは言えない、隠し続ける方が得策。


 現場を透明人間として視ていた彼女は、あの物騒な老婆が部屋へ呼びに、探しに来ると知って焦った。年齢に似合わぬ速足で、部屋に戻り出迎えるには間に合わない。とりあえず外に出てUターン、何食わぬ顔で散歩帰りのように屋敷に戻ったのだ。



 三日目の朝、彼女がオオツを発見したのも、何かちょっと気になる物音を廊下の方で聞きつけ、ひっそりと調べに出たところだった。いつもなら、普通の町での生活だったならそこまでしないのだが、一つの怠惰が命取りになるかもしれないと。


 ここで彼女の名誉!? のため記しておくなら、その力、透明人間になる能力、実は頻繁に使ってきたわけではない。


 先ほども言ってたように、この異能の行使は意外と気苦労も多い。精神的肉体的にも非常にキツいのだ。不意打ちのようにぶつかって来る人をよけ続けられるだろうか? 面と向かって吐かれる強烈な陰口に耐えられるだろうか? 羨ましいと思われた男子諸君、ご愁傷様。


 もちろん香水をつけないのも、その能力のため。残り香というのは容易に違和感のもとになる。


 この孤島に到着後数日で、過去数年分の透明人間モードになった。



 (……このありえない状況の中で、ありえない異常なこと! そんな馬鹿な事をする犯人っていったい誰!? …………名探偵にわからない以上、私にめぼしなんて……つくわけないか……)


 「だけどドクターの力を信用するなら……」


 (あの時集まった人の中に嘘つきはいない、犯人から除外できるのよね…………)


 彼女の疑惑の目は姿を見せない者へ。


 地下中央に位置する主の寝床、あの開けられない部屋も、彼女はこっそり調べていた。ドアを一部透明にして中を覗いて見たのだ。


 (あ~あ…残念だったけど、あんなのプロのカギ師でも開けられないんじゃあ? 覗いて見えたのも通路だけだった。……その奥はカーテンの仕切りがかろうじて見えたぐらいで、なんにも得るものはなかった)


 いろいろ彼女なりの推理に頭を悩ませていると……何かが頭をよぎる。


 「!!」


 まさに違和感、見た目は変化なく、音もしないのに……匂いというか、空気の流れというか……何かが、けたたましく警鐘を鳴らした。

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