第14話 脱獄


 ロクロウが誕生し囚われていた秘密機関トリニティ、其処からの脱出は実験体の少年少女にとって不可能。独房にこそ閉じ込められてはいないが、並の刑務所などより脱獄するのは難しい。

 コンピューター制御の厳重なセキュリティ設備、無数にある監視カメラ、多くの常駐警備員による24時間体制の完全警護。


 ロクロウ自身にとっても壊滅的な破壊をもたらさず、スマートに抜け出すという技は何一つ持ち合わせていなかった。

 

 だが彼は今、シラヌイと知り合ったのだ。


 不可能が可能になった。


 脱獄計画がスタートする。



 ネットゲームで、『デモンファイア』と名乗るプレーヤーと知り合いになったロクロウ。数週間のゲーム内でのやり取り、さりげない示唆、暗喩、巧みにカムフラージュされたチャットの中でロクロウは何かに感づく。

 彼の言葉を借りるなら

 「もしかしたら……デモンファイアとの出会いって…………おいらにとってのヨーダ老師なのかも。おいらのフォースの使い方を教えてくれる!」


 監視者である大人達には分からない。

 ロクロウのネットやオンラインゲーム上の行動も監視はしていた……が、少年達の中でやり取りされる世界の言葉の真意は見抜けない。見えているのに見えない世界。


 最初の一手が指された、デモンファイアからのメールで指示されたサイトからファイルをダウンロードする。D.M.シラヌイの雇った凄腕ハッカーによって仕組まれたコードの魔法。暗号化されパッチワークの様に分断された未知のプログラムは探知できない。


 最初に開いた小さな穴から、煙の様に入り込む。

 鉄壁だと思われた施設のセキュリティーを潜り抜けロクロウのPCにインストールされたハッキングツール。

 そのツールが起動した瞬間、見えないトンネルで繋がった。


 そうなった後は中枢のマザーコントローラーを掌握するのも時間の掛からない仕事だった。


 そうしてロクロウはデモンファイア、いや、今となってはシラヌイの本願を知る。彼を囚われた施設から解き放ち自由にし、我が島へ最大の敬意をもって招待したい。

 その島は、ロクロウと同じ力を持つ者が集まる希望の場所。



 周りの堀は埋めた。次は己の鈍った刀を研ぎ直さなけらばならない。


 最初に日々与え続けられていた飲み薬を捨てた。飲んだふりをして口に含み、後でこっそり始末した。以前なら脳波チェックで監視者に感づかれたが、今は人の目を欺くだけで良い。何故ならネットワークで繋がるすべての機器は、この時すでにシラヌイのコントロール下にあったからだ。


 次に、注射針によって直接体内に送り込まれる薬。

 ロクロウは念動力の新たな使い方を生み出し学んだ。自らの体表面に膜のようにサイコキネシスのバリアを張るという。

 針から血管内に薬が送り込まれるが、ロクロウのサイコバリアが侵入した物質を包んで小さな範囲以外に広がらない。研究員が部屋を去った後でそのまま外へ押し出し、蒸発させた。

 慣れない最初は上手く体外へ出せず、押し戻す時に皮膚を引き裂いてしまう事もあった。その際には、わざと怪我をし、擦り剥いて傷口を誤魔化した。


 この繰り返しの日々で、ロクロウの力は加速度的に上がった。


 もしこの時、データに頼らずロクロウと向かい合い彼を見ている人がいれば、彼の瞳の爛々とした輝きに気が付いたかもしれない。

 そんな愛ある人が一人でもいれば。



 計画実行日、それはD.M.シラヌイ所有の孤島に異能者たちが集まる二日前。


 ロクロウは古き仲間に別れを告げた。悲しくはない、決して悲しくはなかったが……ロクロウに無言で頷き分かれていく同胞を見つめる瞳は赤かった。



 少年は計画通りのルートで施設内を歩いて行く。

 悠々と歩くさまは王者の行進、いやいや…それ以上。ロクロウの誕生を、驚異の力を目の当たりにして皆が口々に言った『神の子』そんな言葉通りの現人神の巡礼。何人たりとも彼に近づき彼を遮る者は無い。

 恭しく従うような膨大なエネルギーの塊、サイコキネシスの鬼火がユラユラ付き従って行くだけ。


 多くの扉は、シラヌイによりコントロールされ自動ドアが開くように開く。制御外にある扉も、例え重く分厚い鋼鉄であろうとも、ロクロウの磨かれ鍛えられた抜身の念動力が紙を引き裂くごとく破り開ける。


 最後の扉が開き、どこまでも広がる外景が大手を広げロクロウを招く。遠くでヘリコプターの羽の音がする。


 外へつながる階段は13段。一歩一歩ゆっくりゆっくりと下りて行く。


 一人も『ヒト』を傷付けず、凪のように静かなる脱出。もはや誰もロクロウを追ってくることは無いだろう。少年は少し邪悪な笑みを口端に浮かべ高らかに笑った。

 ヘリから降ろされた梯子に捕まり飛び立つ。


 さようなら。


 13階段には13の首。


 呪縛の要塞、その長を一番高い段に……責任ある位、キーになる学者、ヒエラルキーに則って奇麗に並べた。


 大きな羽根を生やした魔王蟻は、空高く飛んでゆく。


 もう何もないコロニーを下に見ながら。




 少年には広すぎる、しし座の間の寝室。

 夜も更け、ロクロウは一旦はベッドにもぐり込んだのだが寝られない。島に来てからの短い時間ながらに起きた様々な出来事、平凡とはとても言えぬ今までの人生と、色々な物事が頭の中を駆け巡るのだ。


 「あ~あ、ちぇっ。完全に目がさえちゃったぜ」


 そう言うと、ベッドから跳ね起き、ベッドサイドの机にあった、キッチンの棚で見つけて置いたスナック菓子の封を開け食べ始めた。


 「仲間……な、か、ま……友達……友達……うん……そっだな」


 此処で出会った仲間について考えると、少年の顔に自然と笑顔が出てしまう。

 施設にも同年代の仲間や友達はいた。しかし、彼らとの間には見えない壁があった。どうしても越えられない大きな壁。


 「シラヌイが言ってたように……ここにはいた。嘘じゃなかった。おいらの本当の仲間」


 年齢も比較的近い大人しい青年マーティ・アシモフの顔が浮かぶ。


 「おいらと同じ力。……まぁ…全員がすげぇってことは無いかもしんないけど……なんかワクワクするぜ、ハハッハハッ」


 初対面の挨拶で少年は、『お前らなんて簡単に皆殺しに出来るんだぜ』なんて言う様な傲慢で高圧的態度、台詞で粋がって見せたが、それは本音では無く、そんなつもりは無かった。

 言ってみれば、最も若くして強者の集まる代表チームに選抜されたエース級スポーツ選手が、ちょいと強がって必要以上に自信を態度で表してしまうような、ありがちな若気の至り。


 「マーティや探偵は面白くていい奴だし。他の連中もそのうち仲良くなれるかもな……へへっ……例外もいるだろうけど」


 ロクロウはシラヌイの言った言葉『異能力者を集めて何か新しい事を世界に起こす』その言葉を受け、自分の中に今まで想像もした事なかった新鮮な思いが生まれていた。


 (そうだ! あの時の自分とはもう違うんだ。一人ぼっちでもない、隠れる事もない……誰にも縛られる事なく自由に世界に出て行ける! うんうん! そうさ、おいらがリーダーになってみんなを守り、引っ張っていくんだ。ハハハハッ! ヒーローチームの誕生じゃん)


 なんだか嬉しさと興奮が抑えきれず、足をバタバタさせベッドでう~んと伸びをする。


 「チームリーダーかぁ……そうすっと……そろそろ設立者シラヌイ教授の顔も拝まないとなぁ……フフッ……ハハハハッ」


 輝き大きく見開いた両目で天井を見てると、ふと気が付いた。喉が渇いた。


 冷蔵庫を開ける。水と酒類は残っていたが、好きなジュースがもう無い。

 「……しかたねー……取りに行くか……」


 時刻はもう真夜中だったが、すっかり眠気も無くなり、鼻歌交じりの上機嫌で一階の食堂を目指すロクロウ。


 屋敷は静か、廊下は橙色の淡く弱い足元灯が所々で光照らしている。他の招待客は部屋で寝ているのか誰の姿も無い。


 ロクロウの年頃なら、薄暗く不気味な深夜の屋敷で何処かへ一人で向かうなんて、ゾクゾクして恐ろしくおっかないと感じるのが普通だろう。だが彼にはその感覚は無かった。

 それは、彼が何も恐れるものがない最強のサイキックだからだろうか?

 美少女を舌なめずりし狙うブギーマンが暗闇から突如現れギザギザの鋸で喉首を切り裂こうとしても、脳天に鋼の杭を打ち下ろそうとしても、念動バリアの前では全く歯が立たない事を分かってるからだろうか?


 そうじゃない。

 闇への本能的な恐怖なら彼の奥底にまだ少しは残っているかもしれない、しかし夜への畏怖は誰にも教えられていない。

 そう…親から『夜は危ないから外に出かけちゃいけません』とか『子供は暗くなったら寝なさい、さもないと恐ろしい鬼に連れてかれるわよ』と言った良くある戒めの言葉、愛情を受けていないからだ。


 か細い脚がリズム良く、ラウンジの階段を下りて行く。


 やがて食堂の隣、厨房のドアの前に立つと、ロクロウは手を触れず扉を開ける。サイコキネシスの光の腕だ。

 シーンと静まり返る部屋。冷蔵庫のファンかコンプレッサーの動作音だろうか、時おり意識を向けると気づく程度に静かに響いている。暗さにも目が慣れ、廊下からの光で部屋の様子も程々見えたので、わざわざ部屋の明かりのスイッチを探すのは止め、そのまま歩みを進める。


 少年の背丈の倍はあろうかという大きな冷蔵庫の前に立ち、扉を開くと明るい光が辺りを照らす。この冷蔵庫に飲料類が揃っているのは、今日の昼食時に来て知っていた。


 一通り中を眺め、目星のペットボトルを見つける。


 並んだ同じ銘柄のオレンジジュースから適当に一本、持ち上げる。淡い光で包まれフワフワ空中を漂うボトル。

 クルクルっと縦軸に回転すると、蓋がポンと外れ、ロクロウのチョイっとしゃくった首の動きと共に蓋が部屋の隅へ飛んだ。


 「フフッ」

 ちょっと笑ってしまうと、彼の頭に昼の会話が思い浮かんだ。

 初対面の探偵に、手品師といざこざを起こしかけたラウンジで出された問題、なぞなぞについてマーティと話した事。


 宙に浮かんだ冷たく冷えたビンが顔の上まで近づき傾くと、中から鮮やかにきらめくオレンジ色のジュースがこぼれ落ち、ロクロウの大きく開けた口へボトボトと流れ込む。

 ゴクリ、乾いた喉を甘く爽やかな香りで潤す。


 (うめぇ~)


 グビグビと飲み続ける。食道を滑り落ち、胃に流れ込む。


 何か…妙な感覚……彼の両目がパッと、より大きく開かれ、瞳孔が縮む。


 (ん!? あれ? ……あれ)


 宙に止めている力、念動力が急激に弱まり、ボトルが床に落ち跳ねた。残りのジュースが床をドクドク濡らす。


 (あ……れ…なんか……変)


 瞳が小刻みに揺れ。開けた口が閉まらず……僅かに震える。


 (あれ……ど、どうした……おいら…………こ、こ…呼吸が……)


 (…………?!…いっ…息の仕方を忘れた……)


 身体を支える足の力も抜け、ガクッと派手に尻もちをつくが、最早ロクロウの脳に霞がかかり、自分自身がどんな態勢なのかも理解できていない。


 「ロクロウ!」


 (あ…マーティ、大丈夫、大丈夫)

 ロクロウは心配させまいと笑みを見せた。


 「ふははは。ロクロウ、ざ~んね~ん」


 「えっ! マーティ…………マジ…?」


 「君の負けだね……」


 「嘘! いや……でも……わぁ~、分かってる。分かってるってマーティ」


 「残念~君の負けだね……僕は分かったよ」


 「え!? 分かってる? 分かって……マーティ」


 「まあ……マーヴェルさんが言ったのは、もしかしたら別の意味もあるかもだけど……なぞなぞとしてなら分かったね、ヘヘッ」


 「ま、待って、まだそれ、その答えは言っちゃだめ……もう少し、もう一日、明日まで考えさせて……」


 「……聞きたい? 僕の…答…え…………」



 息途絶え、厨房の冷たい石の床に胎児のように体を丸め横たわる少年。


 見開いた瞳から涙が落ちた。


 悲しくはない、悲しくは無いから……もう一度さようなら。

 ロクロウはこの世から抜け出した。


 (……あ~あ、答え……聞きたかったな…………)

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