第13話 No.666


 ロクロウは愛を知らずに育った。

 ナンバー666、それが彼に付けられた名前。それは透明なバイオナノファイバーのドームにネジ付けられたプレートへ書き込まれた数字。


 ロクロウは親を知らない。

 遺伝子操作を施され人工的に受精された卵子を、人工子宮によって育てられたヒト。


 数多くの屍を背に、彼は生き残った。とてつもない力を内に秘めて。



 「果たしてこれは、許される事なのか?」


 その問いに、俗称トリニティと呼ばれる研究機関の長はうそぶく……歪とも思える自己肯定を含めて。

 「これは科学だ、人類発展の為の。人が次の段階に進む為の。人間のする事じゃない? 悪魔の仕業? ……フフフフ、いいかね? 私達の崇高な研究による……犠牲……それは……遥かに、比べる事も恥ずかしいぐらいに遥かに少ないのだよ! あなたたちが日常で『降ろす』という、欺瞞に満ちた言葉で誤魔化し、殺す! 胎児達の数よりね……」



 ロクロウは明らかに特異な個体だった。トリニティで共に生活する、他の数少ない仲間である少年少女達の能力を完全に凌駕していた。


 裏返しになったカードのマークを高確率で的中させる少女がいた。手を触れず、ガラスのボックスの覆いで伏せられた中の物を振動させられる少年もいた。掌に載せた小さな紙片を発火させられる子供、自らの体を浮かべられる子供もいた。体重計に乗って分かる程度の数値減を浮かべると表現してもよいのならば。


 これらは間違いなく、すべてが驚くべき未知の力、トリックなどでは決して無い驚愕の科学的発見と成果だった。


 しかし、ロクロウの誕生は、今までの研究成果の基準と言える土台の何もかもをひっくり返した。


 微かな恐れを覚えた大人たちは、怪物の子に複雑なレシピによって調薬された向精神薬、精神安定剤を投与した。その行為は、これまでとは真逆、力を伸ばす為の薬物ではない! 感情を抑制し、異能力を強制的に制御したのだ。


 彼らの力による服従は成功した。少なくとも表面上は。

 物心もまだつかぬロクロウは、彼らを従うべき大人と理解し畏怖を感じながら育っていく。それはまるで野生の猛獣、熊やライオンなどが自分のポテンシャルを知らずに人に育てられ、従順になついているかのようだった。


 この施設において、子供の成長に何か大きなものが欠けていたのは事実だが、ある意味、正常な文化的教育の元育っていった。

 外との繋がりは、細いものではあったが存在した。ネット、テレビ、本などの情報に触れる事は許され、そこから間接的に世界を知った。言わば小さなスペースコロニーの共同体、ココ以外の世界がある事は知識として分かっていても、ソコは別世界、決して行くことの無い。



 3歳の時、最初の転機その先触れが訪れる。

 若い女性の新入研究員が彼の世話を担当することになった。彼女は熱心に取り組み、彼に『ロクロウ』という名前を付け、彼女なりの愛情を注ぐ。


 人間らしさの育成、色々な知識を素直に学び、楽しみに満ちた穏やかな日々が訪れた。真の自由は無く、常に観察されデータを取られる為に生きて生活する実験体、それが真実だったが、幼すぎるロクロウにそれはまだ理解できない。


 そんな数年が過ぎた、ある夜、彼は目撃する。


 彼女が虐められていた。


 暗い部屋の片隅で、男に伸し掛かられ、悲しんでいる? 苦しんでいる? 大切な彼女。


 少年の丸く見開かれた二つの大きな眼に投影された人形劇。ロクロウの絞めつけられた胸に、今まで感じたことの無い嫌なムカつきが湧き、グルグル回る頭の中心でプツリと切れる音がした。


 力の開放。


 ……虐めた男は赤黒いボロ雑巾に変り果て、傍で座っている裸の女は、狂ったサルの人形のように真っ赤な両手のシンバルを震わせる。

 ロクロウの目に留まった、破壊できる物は全て、潰れ、破れ、砕け散った。



 警報がとどろき、真っ赤な非常灯が回転する施設内。


 かんしゃくを起こし、我を忘れた幼子をなだめようと大人たちが奮闘する。……子供はゾウで大人はアリ。

 非現実の極みが、激しい濁流のように押し寄せ、視覚情報を脳が処理できない。悪夢的カリカチュアアニメのフラッシュバックを思わせる。

 数十人の迫り来る重装備の警備員を見えない手が投げ飛ばし、捕らえようとする強靭なカーボンファイバーの網を粉みじんに蒸発させ、麻酔銃の弾丸を光の炎が弾く。


 数時間が経過して。

 耳をつんざくように鳴り響いていた警報も、いつの間にか止まり、平常時点灯の白色光の淡い光が冷たく辺りを照らしている。


 共に小さき魔人の炎の勢いも徐々に静かになる。


 深い呼吸音、押し殺した喘ぎ声、うめき声、時おり飛び散る火花、唸るような機械音。


 されど、意識ある状態、現状を把握できる状態で残れた大人たちにとって、無音の世界のごとく静かだ……今まさに背中に流れ落ちてゆく汗の雫、そのつたう音が耳に入ってくるほどに。


 遠巻きに彼を見る。静かに見つめる。微動だにせず見つめ続ける。そんなみんなの目に


 ……ロクロウは怯えを見た。


 少年は何かを悟った。


 (なんだ……。大人たちって…………下……だったんだ)


 その直後、何故か強烈な虚しさを感じる。パーティの終わった、静かで暗く、散らかった部屋を独り見るかのような。


 襲い来る麻酔針をそのまま受け止め、魅力的な場所へ、あえて落ちてゆく……深い深い眠りについた。



 事件の後、彼女の姿はもう二度と見る事はなかった。……が、ロクロウの生活は自然と元に戻っていった。以前の様に従順な少年。

 むろん、彼を制御する為の薬の量、強度は格段に増え上った。


 数年を何事も起こさず無難に過ぎ去ると、トリニティを支配する大人達には『何も心配することは無い。自分たちにはすべてコントロール出来る』そういう思いが、思い込みが湧く。

 一度落ちた場所に、二度目の爆弾は落ちない。何と人間の愚かな事だろう、まさに喉元過ぎれば熱さを忘れるのだ。



 今日もまた、いつもと同じ一日が始まる、そんな気分で朝を迎えたある日。

 新たなターニングポイントが突然訪れることになる。


 あの厄災日のしばらく後、ロクロウの心にはある思い、決意が生まれた。

 きっかけはミカンをむいた時、柑橘系の香りがして……何故か彼の頭にある映像が記憶の中からフワッと浮かんだ。

 それは、アクセス制限されたネットで見た、生物の学習資料映像の一つに過ぎない、ドクロアリの生態。


 コロニーの中心に居座る巨大な腹をした女王蟻を、何百という数の小さな蟻が一心不乱に世話をする。蟻一匹の命に全く価値はない、完全にパーツの一つに過ぎず、巣全体のシステムの一部となり彼女だけを守っているのだ。


 (……そうだ! おいらは魔王蟻だ、じっとして周りの働き蟻共に奉仕させ、ゆっくりと自分を成長させる)


 コロニー周辺のあらゆる栄養素を自分の体内にため込んだ女王蟻は第二形態に変態する。雄々しい羽根を生やし一回り大きくなった彼女は肥沃な土地を目指して飛び立つのだ。枯れた古巣を振り返ることなく。


 (羽が必要。自由になるための羽が……)


 ロクロウにとって、施設を抜け出すことは実際に決して不可能では無い。ただぶっ壊して出るだけが成功と言うのならば。


 (やみくもに外に出て『いったいおいら、これからどうすんの?』って間抜けなセリフを口にするのはかんべんだ)


 (そうだなぁ、最強装備をよこせとは言わねーけど……。低レベの装備で出発しちまって、冒険の途中で『詰んだ~』ってならないようにしないとなぁ)


 彼たちトリニティの子に許された娯楽の内、ロクロウの好きなゲームを思い浮かべながらそんなことを思う。



 朝からの決められた検査と実験のルーティンを黙々とこなし、昼食を済ませると、午後からは自由時間。ロクロウは自分に与えられたノートPCを開けた。

 彼の中での一時訪れた伝言ブーム、会った事もない外部の誰かとのメールのやり取りにハマった時期、それも既に遠く去り、今はもう大してコミュニケーションツールとして使っていないが、習慣としてメールをチェックする。


 何となく一つのメールが目に留まった。


 『MMORPG「ブルーオーシャンXI」オープンベータのお知らせ』


 その内容は、新作ネットゲームのテストプレーへの参加の誘いだった。

 当然ながら明らかなスパムメールやウイルスはシステム的に弾かれ、彼のPCには届かない。害のないテキストメール。

 これは今までも来ていたメールだったのかもしれない。だが彼は気が付かなかった。この日この時初めて、本文に目を通し内容に興味を持ったのだ。


 外の人と緩やかに繋がる事ができ、対等な立場で楽しめるゲームは、閉ざされた世界の子供にとって心地よい娯楽だったし、既にロクロウもいくつものオンラインゲームに登録し、現在も暇を見て遊んでいた。


 「ふ~ん、新作か……。試作版? それってバグとかあって面倒そうだから……あんま興味なかったけど」


 メールに記載されたサイトに行き、ゲームをダウンロードした。ゲームに関しては昔からのシリーズもので、超メジャーという作品ではなかったが、何処かで聞いた事がある作品だった。運営元も信用の置ける会社で、セキュリティソフトのチェックも万全。全く怪しくはない。


 いつものように、此処で決められたルール通りの情報で登録を済ませ、ゲームをプレースタートした。


 クオリティの高いグラフィック、オーソドックスながら馴染みよいゲームシステム。ロクロウは徐々にゲームにのめり込んで行く。


 「ほぉ! 楽しいじゃん。ハハハッ~これ、もうちょっといいPCに代えてもらわないと」


 2時間ほど遊び、最初のボス戦のクエストが受けられるようにまで成長できた。ただロクロウのキャラではボスモンスターを倒すのはかなりの難関らしい。そこで、本来ならば同じようにゲームの世界で楽しんでいる他のプレーヤーと協力して、パーティを組み強力な敵と複数で戦うのだが、周りにそのプレーヤーがいない。


 「テスト版だから、人が少ない。それにおいらが始めたタイミングがちょっと遅かったのか? みんなもっと先に行ってるな……さて……」


 ゲームとしては、まだまだ通常のバトルも面白かったので、少し遠回りにはなるが、このまま成長させソロでボスを叩くという選択肢があった。


 「そうすっか……」


 そう思ったとき、ゲーム画面にチャットウインドウが気持ちいい音を鳴らして開いた。

他のプレーヤーが話しかけて来たのだ。


 ロクロウは後ろを向く。視界の下の方に小さい種族が見える。ロクロウが選択したマイキャラはマッチョで巨大な巨人族の戦士だったが、そのプレーヤーは細くてしわしわの耳の尖った妖精族だった。


 「?」


 「一緒に行きませんかロクロウさん」


 (ロクロウ!?)


 ロクロウの画面上に表示されるキャラ名は『ROCKLAW』


 (ん?……ま、まあそう呼べなくもないか……)


 一瞬ドキッとしたが、こうしたアバター名、キャラクターに付けた名前は人それぞれ様々なモノがあるので、親しみも込めて変形、省略して読まれることもままあった。そう気にせずロクロウは返事をする。


 「うん。ちょうど仲間を探してた。よろしくデモンファイアさん」


 デモンファイアはニッコリ笑ったが、キャラクターが人間っぽくなかったため不気味な感じがした。

 ゲームの中で演じるキャラクターは、理想像を伴う事が多いので、ロクロウのように実際の姿とはかけ離れた、もしくは正反対の姿を取ることも少なくない。

 (もしかしたら、中は……若い女の子だったりしてね)


 チビで年寄りの魔法使い、デモンファイアとの冒険は楽しかった。ゲームの合間の話もロクロウの事を良く分かってる、何を今一番言ってほしいのか理解してるかのようにツボを押さえた気持ちの良い受け答え。


 このデモンファイアとの出会いが、ロクロウの第二のそして最後の転機となる。


 もちろん。


 デモンファイアとは


 D.M.シラヌイだった。

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