第12話 相棒


 部屋に入るなり名探偵マーヴェルにはピンときた。

 しかし、『流石は超一流の探偵ならではの鋭い洞察力だ』と感心する必要はない。


 なぜなら、マーヴェルが気づいたそれは……。


 クリスが少々ご立腹だ、ということだったからだ。



 何処かへ消えてしまった執事の探索をあきらめた探偵は、館の3階中央付近に位置する客室、かに座の間に戻って来た。中に入ると、そろりとドアを閉め、後ろ手に鍵をかけた。一歩一歩、まるで地雷原を進むがごとく室内へと歩みを進めると、恐る恐る、ふてくされた相棒クリスへ声をかける。

 「お、おや? 良い子はまだ寝てなかったのかなぁ」


 「ぷぅ~」

 両方のほっぺたが、お餅のように膨らむ。


 「まあまあ、そう怒りなさんなって。僕がやってたのはつまらない労働だよ、まったく。……執事を探すためにそこらじゅうを縦横無尽に飛び回ってたんだから」


 「どうせ、うちがおらんかったら、まともな推理もでけへんくせに」


 「漫才の間違いじゃあないかい?」


 「フン! まあいいわっ。そんなど~でもいいことより、うちが腹立ってんのわ……この部屋や~!」


 「そ!? どうして? 良い部屋じゃないか」


 「気に入らん!」


 「……?」


 「名前が気に入らん! なんで、なんでカニ座や、もっともっとお似合いの星座があるやろ~」


 「おいおい~いまさら」


 「うちに合わせるなら、乙女座。二人の名コンビなら双子座。カッコいいヤツなら獅子座とかにするやろ~」


 「残念ながら……すべて先約ありでございました」


 「プン! よりによってカニちゃんとはなぁ」


 「いいじゃないか、蟹は美味しいし」


 「うちの喋りへの当てつけか~!!」


 ネチネチと小言を言い続ける小さな可愛い相棒を無視して、マーヴェルはバスルームへ足を向ける。


 「あ~ちょっとシャワー浴びてくるね」


 かなり大きな自家発電設備が置かれた小屋も館に併設されており、水回りも申し分なく快適で、水圧も高く、安宿のシャワーのように栓をひねってもチョロチョロと水がただ垂れるだけという物悲しい思いとは無縁だった。



 探偵は熱いシャワーの中で思考を巡らせる。


 とてつもなく奇怪ではあるが非常に興味をそそられる招待状に従い、孤島へやって来た事。全容が把握できてはいないが……おそらく皆、特殊な力を持つ招待客達。未だ正体を現さない、すべての中心人物であり謎の主、D.M.シラヌイ。そして今朝、姿を消した執事。


 「事件が起きた……とまでは、まだ言えない。しかし……何か、きな臭くなって来た」


 濡れた黒い前髪が額から垂れ、奥から覗く蒼い双眸が煌く。


 「やり遂げられると思っているのかな……名探偵マーヴェルの目前で」



 バスタオルを体に巻き、頭をタオルでゴシゴシ拭きながら部屋に入ってきた探偵。何気なく入口を見る。ドアはちゃんと閉まったままで異常はない。


 「おい、クリス? 誰か来た」


 その質問に首を振って答える。


 間違いなく、此処では今二人きりだ。

 マーヴェルは少し神妙な顔つきになってクリスに向かい合う。


 「本当は……クリス、お前には静かに部屋に居てほしいんだ。……危険な目には合わせたくない」


 「……」


 「ああ、もちろんまだ危険だと確定はしていない、だけど嫌な予感はしてる……」


 「…………」


 「…………ふぅ~…………あ~あ、無駄か……」


 「……あたりまえやん! 危険ならなおさら! ついてく~。うちは……うちはー」


 キュートな笑顔いっぱいできめた。

 「永遠に名探偵マーヴェルの相棒! クリスやもん」





 一方、執事のいない部屋を出て行ってから。

 今や相棒の様な少年二人、ロクロウとマーティは何故か事の成り行きでマジシャンのモリヤと過ごしていた。


 一階にあるサンルームの丸テーブルで繰り広げられる、ミスターモリヤの様々なクローズアップマジックに驚いたり、簡単な出し物の種明かしや、手品の手ほどきを受けたりと十分に楽しんでいた。


 マーティはモリヤにすっかり心を許し、彼をとてもユニークで面白い好ましい人だと信じた。今までの人生で出会うことの無かった、彼こそまさに自分の求めていた良き大人だと感じていた。

 だがしかし、ロクロウはまだ相変わらず奥底で抱いていた。その一時は笑い楽しみながらも……こいつは何処か気に入らない匂いのする大人の一味だと。

 

 純粋な青年はふっと思う。

(どうせ能力を授かるなら、探偵やマジシャンぐらいの才能が良かった。天才と呼ばれるような頭脳、オリンピックメダリストのようなアスリート。そんな人間としての尺度に収まるぐらいの才能……。きっとロクロウもそう心のどこかでは思ってるんじゃないかな?)


 マーティ・アシモフ青年のこの思いは正しかった。

 並のマインドでは持て余す力。この島に集まった者たちすべてに共通する現実。尋常ならざる異能の能力など、人が壊れずに使える力ではなかった。


 使えると言うのなら……それは……邪悪な何者か…………。





 同時刻、開放的な、やぎ座の間にて。

 初老のカメラマン、オオツはリビングにあるソファーに深々と腰を下ろし心身ともにリラックスしていた。


 何を撮るという事もないが、習慣的に持ち歩いてしまう相棒のカメラをカバンから机に出し、こんな状況だというのに普段通りのリズムで過ごしている。

 完全に電源を落とした役に立たないケータイは、しまい込んだままということ以外は。


 軽い食事は済ませ、傍のサイドテーブルに冷たい缶ビールと、つまみに軽く塩のきいた煎りアーモンドを置き、ヴァンダインの推理小説を読みながら暇をつぶす。


 読みかけの本をうつ伏せに置き、アーモンドを数粒、口に放り込んで子気味良く噛み砕く。直後、塩味の残る味蕾にビールを流し込んだ。ふぅ~っと息をつき、今置かれている現状について思いが行く。


 伏せられた本に目をやりながら

 「名探偵か……こんなフィクションに出てくるような探偵には初めて会ったな。どこまで本当かどうか分からんが……さて、この島での休暇が終わるころには、何か謎を明かしてくれるのかな? フフフ」


 オオツも調査員と呼べるような、いわゆる一般的な探偵業の者たちには偶に会った事があったが、事件を推理して解決するという者は実際に知らなかった。


 彼は思っていた。このままバカンス気分で一週間をのんびり過ごし、大金が手に入るなんて、笑ってしまうほどおいしい話だ。


 「しかし……10億って言われてもな……1000万、いや、100万ぐらいの方が、まだリアルか。フハハッまったく実感が湧かん」


 笑い声は出せども、ほとんど感情の起伏を見せない顔。その眉間にしわが寄り、眉が上がる。

 「ギブアンドテイクが世の常なら、俺の何かを要求されるか?」


 少し肩をすくめ首を小さく振ると、男はそれ以上熟考するのをやめ、また本を手に取り読み始めた。読んだ事は覚えているが、内容をすっかり忘却した小説を。





 同時刻、薄暗い、さそり座の間にて。

 相棒と呼べるような人はもういない老婆、クナ・スリングは自分の老いにひとしきり愚痴りながら、慣れた手つきで手を動かす。


 「あと10年……いや…あと5年若けりゃねぇ……」


 手に鈍く揺れる一筋の光、スリングは細めた目で見つめ己の仕事に満足する。


 「……何事も無ければ、それはそれで良し」

 そうつぶやくと、皮砥を畳み、暗器をしまった。




 若干時間をおいて。


 鍵がかけられた、おとめ座の間にて。

 相棒など居た事もない美女、クガクレは部屋へ戻って来た。

 ドアにしっかり鍵がかかった事を確かめ、リビングへ進む。テーブルに出したままの、ややぬるい水をそのまま近くのコップに注ぎ、緊張で乾いた喉を潤した。


 「はあぁ~」


 張り詰めた気持ちがやや沈静したところで彼女は今日の日を思い返す、この館で数日一緒に過ごすことになる泊り客の印象を。


 (まだ確信できた訳じゃないけど……裏で豹変するような狂った危ない奴、殺人鬼なんてのはいない感じね……、子供たちは、思ったより純粋そうな子たちだし……。じいさんたちも別に普段の振る舞いを見てても……普通の人って感じだった)


 台所へ向かいながら、もう少しましな飲み物を探す。


 (でも……結局は、まだまだ謎の能力次第かしら……油断はできない)


 冷蔵庫を開ける。アルコールを求める気分でも無かったので、低温殺菌されたミルクの入ったビンを手に取った。消費期限は十分ある。


 「とにかく、完全に信用できる人間を見つけておく……味方を見つけておく」


 彼女は一つの結論に至った。その理由は……結局のところ、はっきりとした理由があるわけでなく女の勘と呼べるものかもしれない。


 「フフッ……あの……探偵さんは気に入ったわ……おかしな人であることは違いないけどね……」


 それでも良かった。アマコにとっては、一時、この島に滞在する期間だけ寄り添える相手がいれば、それで十分だったのだから。


 また島に闇の帳が下りてゆく。

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