第11話 レコード


 重厚な執事室の扉の前に立つメイドのウルフィラと招待客。

 今朝から姿の消えた執事クロミズにあてがわれたこの部屋は、執務を行うための家具調度品が置かれた間と、居間、寝室がある。


 ウルフィラは、後に付いて来ている客人達の方を見て、一度コクリと頷くと……ノックをして声をかけた。


 「クロミズさん! クロミズさん! ウルフィラです。いないのですか?」


 結構な大声だったので、万一寝坊していたとしても、この呼びかけで起きただろう。しかしドアの向こうに反応はなく、まったく人の動く気配がない。


 「やっぱり……居ないようですね。いったいどこへ行ったのかしら」

 小首をかしげてメイドは言った。


 「鍵は? 鍵はどうですか」


 探偵のマーヴェルにそう問われ、彼女はドアノブに手をかけ回す。ガチャ、ガチャ。


 「かかってます」


 「どこへ行っちまったんだ? あぁ! もしかしたら主人に呼ばれて下の階へ行ったきりなんじゃないか、何か重要な案件でもあるってんで」

 マジシャンのモリヤが親指を下に指しながら。


 「じゃあさあ、ちょうどいい! 下に降りて会いに行こう。執事のおっちゃんを探すついでに、ボスのシラヌイに」

 ロクロウが名案とばかりに言う。


 それを耳にしたメイドが少し慌てて、両手をバタバタさせながら

 「申し訳ございません! 本当に特別な用事の無い限り地下への御立ち入りはご遠慮いただくようにと命ぜられていますので……」


 彼女の言うことを素直に聞く義理もないのだが、少年は多少の不満を見せただけで引き下がった。

 「ちぇっ、まあいいや」


 「それに、下で執事さんのお姿は見ませんでした。どうしてもというのでしたら、もう一度今からわたしダッシュで見てまいります!」

 走り出すような、ピクトグラムみたいなポーズをとりながら強めに言う。


 傍でいつものように、何やら考えに深けていた探偵が顔を上げウルフィラへ尋ねる。

 「この部屋の鍵は?」


 「執事さんしか持っておりません。わたしの知る限り、スペアキーも無いです」


 「では……マスターキーもお持ちでないですよね……」


 「マスターキーって? 何」

 ロクロウが尋ねてきた。


 「え~っと、ホテルなんかに良く用意されているんですが、全部の部屋、客室なんかそれ一つで開けられる、親鍵のような物があったりするんです」


 「へぇ」っと感心するように軽くうなずく。


 「まあ、やはり…持ってたとしても執事さんか…主人でしょうか……」


 マーヴェルのその言葉にメイドは同意のうなずきを返す。


 「う~む。僕の考えが間違っていればいいけれど。ちょいと嫌な予感がするんですよね……」

 マーヴェルは近くに立っているマジシャンの方を向き、続けた。


 「ミスターモリヤ、鍵開けは?」


 「ま、まあ初歩的な技術なら」


 「ちょっと見てもらえませんか」


 そう探偵に促され、モリヤはカギに顔を近づけ観察する。

 「シリンダー錠。……そんなに特殊な鍵じゃなさそうだ。少し時間がかかるかもしれないがピンでもあればなんとか」


 探偵はメイド、そして周りにいる一同を見て

 「本来ならば、家主の許可なく勝手にこのような無作法はするべきではないのですが……。姿を見せず、放任主義のシラヌイさんです。怒りはしないでしょう」


 「……ご主人様の命令にない範囲は、お客様の行動の自由が重視されますので……」


 「そうだな、探偵の言う事は筋が通ってるか……じゃあ」

 そう言いつつ、モリヤはドアの前に屈みこもうとした、その時。


 バリバリバリ!


 扉の周りに閃光が走る。木っ端が舞い飛ぶ。


 「そんな、めんどくさいこと、しなくってもいいよ」

 ロクロウが輝く目をしてそう言った。


 少年の強力な念動力がドアの封印を切り裂いた。執事の棲み処が露わになる。



 最初に目に入ったのは、部屋の正面に置かれたどっしりとした木製の事務机。机の奥に置かれた椅子に執事クロミズの姿はない。


 入口すぐの一部屋が、確かに事務室のような役割になっているようだ。周りに本棚などもあり、机の上にはデスクライト、電話、書類箱などが載っている。


 「やっぱりいないな」


 モリヤが隣の部屋のドアに近寄ると、入り口近くに静かに立つメイドに尋ね

 「こっちは寝室? プライベートな部屋かな」


 ウルフィラは頷く。


 「お~い、執事さん? クロミズの旦那! 居ないのか?」

 モリヤがノックをするが、奥から反応はない。


 首を振り、皆の方を見てからドアノブを回す。鍵はかかっていなかった。ドアがギィっと軋み音を鳴らし開いた。半身を部屋の中に入れながら声をかける。


 「お~い? 酒でも飲み過ぎて寝てるのか?」


 薄暗い部屋の中で、ドア近くの明かりのスイッチを見つけ押す。パッと天井の明かりが灯り部屋の隅々が良く見えた。

 背後から探偵とロクロウ、少し離れてマーティが様子を見に来る。


 「……」


 「もぬけの殻ってやつだな」


 ベッドがあったが、そこには誰もいない。さっきまで寝ていた形跡も無く奇麗に整えられたままだった。部屋の中自体も特に変わった様子は無く散らかってもいない。


 仕方なく元の部屋に戻ると、探偵があるものに気が付く。


 「おや? これはまたアナログな、レコードプレーヤーですね」


 壁際の棚に、今ではほとんど見ないアンティークなプレーヤーが置いてあった。


 「クラシック音楽でも聞くのが趣味なのかな? デジタル音源じゃない方が好きだっていう人いますよね」

 マーティが探偵に言う。


 「彼はそうかな?」

 今一つ納得のいっていない感じの探偵。高級スピーカーをはじめ、そういった愛好家が当然揃えていそうなマニアックな機材が他に見当たらない。


 近くにはマイクがある。探偵はそれを指さしながら、大人しく壁際で皆の行動を眺めていたメイドに尋ねる。


 「これは? 館内放送とか……声を流せるのですか?」


 「はい、そうです」


 ふ~んと、頷きながらプレーヤーを少し弄る。ターンテーブルに既に載っていたレコードをかけ始めた。


 『シャー…シャー…………遠路はるばる、このような小さき果て島に起こし下さり、誠にもって光栄至極……』


 「!?」

 それを聞いた皆の顔に驚きが走る。


 「こ、これは?」


 「ん? どっかで聞いた? マーティ」


 「ロクロウ! この声。昨日の食堂で!」


 レコード盤に刻まれていたのは、オペラの『ワルキューレ』でも、オーケストラの『運命』でもなかった。曲でさえ無く、嗄れ声の演説。晩餐会で流れた主人シラヌイの挨拶だった。


 「はあ? どういう事? おいらにはさっぱりわからねぇ! 探偵さん?」


 深く考え込みながらレコードからの声に耳を傾けていたマーヴェル。ロクロウの問いかけにハッと我に返ると、おもむろに体を起こしながら答えた。


 「無数に考えられる可能性の議論はさておき……僕の記憶と耳が確かなら、昨日のシラヌイさんのご挨拶は……このレコードですね」


 「え? じゃあこの部屋からこれを流してただけってこと? あの時、本人がしゃべったんじゃあなく? えっえ? え? ……つまりは…………シラヌイはこの屋敷に居ない……ここには居ない! そういうこと?」


 ロクロウは思ったのだ。晩餐室で聞いた話はこのレコードで、姿を見せぬ主人とは実は幻。何処か他の部屋に居て話し掛けていたと、自分が勝手に思い込んでいただけだったのかと。


 「……ま、待ってください。マーヴェルさん」

 マーティが口を開いた。

 「それって変じゃ? ないですか?」


 隣でロクロウが振り返り、友達の顔を疑問符で見つめる。


 「録音されていたって……変じゃないですか?」


 レコード盤は回り続けている

 『では…何か質問など特になければ、裏方であります私は………………ハッハッハハ……これはまた面白い事』


 「だって、あの時、シラヌイさんは返事をしたじゃないですか」


 マーティもロクロウの方を向く。


 「ロクロウ! 君の問いかけに答えて」


 目を大きく開き、その時の事を思い出した少年。

 「そうだ! そうだよ、おいらが言った質問に答えてた……」


 「あれが録音された音声だというのなら、あらかじめ何を聞かれるか分かってたって事? D.M.シラヌイは質問を予測して答えてたって言うの?」


 名探偵マーヴェルが目を細めた。口元に指を当て上を見る。



 「フフフッ。さすがの名探偵もお手上げか?」

 しばらく黙って聞いていたマジシャン、モリヤがその様子を見て口を出した。


 「トリックだよ! これは! 全く簡単な」


 部屋中の視線が自分自身に集まっていることに愉悦を感じつつ、ミスターモリヤは朗々と話し出す。


 「いいかな諸君。これは思い込みとタイムミスディレクションを利用したトリック。ま~あ一般人は誤魔化せても……チッチッチッ、このミスターモリヤ、一流のマジシャンには通用しませんね」


 一般人という時に、マーヴェルの方をあからさまに見てほくそ笑む。


 「質問を予言? フフフ…笑わせる。こんな小細工をする所を見るに……シラヌイにそんなたいそうな力は無いと見るねぇ私は。手品の指南をするわけじゃあないので、簡単に答えを言ってしまうが……このレコードはあの時流れたものではない!」


 オーディエンスを見渡しながらたっぷり間を取る。

 「逆だ……よ」


 名探偵の方にゆっくり一指し指を突き出し、左右に振る。


 「そう! あの時の会話を録音したのが、このレコードさ」


 マーヴェルは驚きの表情で言った、ややわざとらしい驚きの。

 「おおっ、なるほど、素晴らしい。さすがミスター。あの演説を、あの時に録音し、その後ここに置いたという訳ですね! なるほどなるほど……手品で言うところの、答えを聞いた後で書かれたメッセージが、巧みなマジシャンの誘導で、先に予想して書かれていたモノだと思わされたという事ですか」


 「分かったかな名探偵さん」


 「後は、レコードを作るプレス機か何か、録音するための機材が見つかれば……」


 「…………。……何処かにあるはずだ。とんだ道楽者の金持ちの様だからな」


 二人の解説を聞いてもまだ、マーティのモヤモヤした気持ちは晴れない。


 「ちょ、ちょっといいですか? 疑問なんです。たぶん子供のバカな想像だと笑われるかもしれないけれど……」


 昨日までの無口さが嘘のように、利発的に話す青年の言葉に耳を傾ける探偵達。


 「まず最初……昨晩の食堂で聞いた声が、レコードを流しただけだというなら、あの時部屋の中に居た僕たちだけがこの島にいるすべてで……もしかしたら……シラヌイという人物は本当はいない……そんな……まるで推理小説のようなことを…ふと僕は考えた」


 ロクロウも「うんうん」と頷く。


 マーティは怯えを含ませ、大きく見開いた眼を左右に小刻みに揺らし周りの顔を見て話を続ける。


 「そ、その上……もしかしたら……もしかしたらシラヌイというのは……ほんとは、ほんとは、この招待客の中に……いるんじゃないかって。……そ、そんな馬鹿げた思いにも……」


 緊張からか同じワードが繰り返し出てしまう鈍重な話し方だが、全員静かに聞き入る。


 「だけど! やっぱりそうじゃあなくって、レコードを流していたんじゃなくって、……モリヤさんの言う通りトリックで、あの時に話を録音したというのなら、やっぱり僕たち以外に、晩餐室以外であの挨拶をした人間が確かにいる。そう、シラヌイさんは存在する……当たり前だけど……そうですよね?」


 「あ~もう! おいら頭がこんがらがって来た」

 ロクロウは頭を掻きむしってそう言ったが、マーヴェルとモリヤは概ね了解と言わんばかりに首を縦に振る。


 「じゃあ、そしたら……何のために、いったい何のために、こんなことをしたんですか? 挨拶を録音したレコードを置いたりしたんですか? シラヌイさんは?」


 マーティの疑問はもっともだ。それはマーヴェル達にも分かった。レコードを流すことで自分は聞く側に紛れ込み、架空の人物を作り出す。それならば理解できる。わざわざ挨拶を録音しレコードにして残す、今回の行動に何の意味があるのだろうか。


 「誰にもトリックが見破られないとでも思ったのか? 賢いシラヌイ様は……」

 苦笑しながらマジシャンは呟いた。


 「う~む……僕の推理が真実だと、今はまだ断定できませんが……。案外すべての答えはあの演説の中にあるのかもしれません。この島に集まった僕たちという素晴らしい素材を美味しく料理するために……鍋の中へ今回のような『謎』というスパイスを落とした……そんなところじゃあないでしょうか?」


 名探偵マーヴェルはウルフィラを真っ直ぐ見つめる。美しく深い海の様な瞳。


 「……」ちょっと戸惑った後、ブルブルっと首を振り、両手を挙げて、いえいえと拒否のジェスチャーをするメイド。


 「わ、わたしにご主人様の事は聞かないで下さい。プライバシーの事はもちろんですが、本当に詳しくは知らないのです。わたしは執事さんに言われた事を中心に、忠実にお仕事をこなし、無事に一週間を終える。その事だけで精一杯なんですから」


 モリヤは怪訝そうな顔を見せたあと、吐き捨てるように言った。

 「結局、執事のクロミズに会わないとどうしょうもないという事か?」


 マーヴェルはメイドに確かめる。

 「ではウルフィラさん。執事さんってどんな方なんですか?」


 「……実は、わたしも……このお屋敷で初めてあった方で……皆様と大して変わらない立場なんです。でも、探偵さんがおっしゃったように、真面目で自直な凄い方だと思いますよ」


 そろそろ退屈してきたロクロウは

 「もう、いいんじゃない? 執事のおっちゃん探しは……ひょっとして…テレポート出来てどっかの街にでも買い物にいってんじゃないの? ハハハッ」


 「……」


 (普通ならただの冗談だが、一概に否定できないこの恐ろしい状況)


 言葉なく、それぞれが顔色を窺い思いを巡らすが、結局その言葉を受けて、執事の部屋の探索はお開きとなった。パーティはまだ始まったばかり。まだまだ時間はある、そんなに急がなくてもいい。

 枠から外れたドアは壁に立てかけたままで、それぞれ他の目的に向かい部屋を出て離れて行く。



 少し時間をおいて、最後の人物が出て行く際に、机の上の電話から受話器を取り耳に当てた。


 何も音がしない。耳の奥で鳴る静かで寂しい唸り以外は。

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