第7話 メンタルマジシャン


 ミスターモリヤはメンタルマジシャンという肩書きで、ショービズの世界に身を置いていた。


 彼の言うメンタルマジシャンとは手品師のジャンル職で、大仕掛けを施したイリュージョンなどではなく、主に心理的な話術やトリック、科学的技法等を使い観客を驚かせ楽しませる。言葉通りメンタルに軸足を置くマジックを演じる者である。


 モリヤは最後に食堂に入った。もちろんこれは計算だった。背後から、自然と隙の生まれる角度からじっくり観察して、そろそろ集まった客達の人物像を把握しておきたかった。



 食卓に着席すると、ゲストたちの自己紹介が始まった。

 若い探偵の、何処かで聞いたようなありがちな台詞、グダグダな紹介が一番目に飛び出したことで、早速みんなを白けさせ躓いたが……。その後は執事の気配りでなんとか上手く繋がり、ぐるりと順番が回っていく。


 モリヤは思う。

 (他にも力を持った人間が…………こんなにも居るとは……)


 給仕係が常に側に就いていてくれるような晩餐ではなかったので、セルフサービスでテーブルに用意されていたワインをグラスに注ぎ、口にした。


 (うん…確かに興味深いな……一体どんな力にお目にかかれるんだ? …………あのマーヴェルとかいう探偵、本人の言葉を信じるなら、天才的な記憶や計算力を発揮する特殊脳の持ち主ということか……)


 彼自身に神懸った天才と呼べるほどの知り合いはいなかったが、現実に存在する様々な分野の天才達を思い浮かべると、この能力自体は想像に難くなく、さして気にするほどの力ではないと感じた。


 (しかし……大人しい奴ばかり……まあそんなもんか、気安くお喋りする気になれない、こいつはそれほど奇々怪々な会合なんだからな)


 そういうモリヤも、根っからの饒舌という訳ではなく、営業上、戦略上の演じている社交性である。


 (口が達者なのは探偵。だが待てよ……私と同じように職業柄か? ぶつくさ独り言も多い……本質はあの赤面症の学生と変わらないのでは? 残りの大人たちは落ち着いた比較的普通の立ち振る舞い。医者は、なかなかプライド高い鼻に付く性格。あの美人……一見冷静だが、かなり精神的に不安定だ。逆に婆さんと爺さん、年相応と言えるのかもしれないが……芯から冷静沈着)


 ワイングラスを置き、香り立つコーンが食欲をそそるポタージュも味わう。今までの経験と比較して、どちらも最高級の極上な味わい。


 (後は、この恐ろしい気味悪い餓鬼だ。いやいや待て……態度が表に出ているだけましか? 心の奥で……子供じみたやつ、精神年齢の低さを抱え持ってる奴ほど何をしでかすかわからない。マーティと言ったあの暗い小僧の能力を、早めに知っておかなければならない……)



 「おいらはサイキック」

 ロクロウの番が来て、少年は嬉々として己の能力を発表した。


 食卓を囲む者たちの頭に、最初に出会った玄関ラウンジでの奇妙な出来事がよみがえる。


 「サイキック? あ~君、超能力者か……」


 モリヤは、おでこに当てていた指先を離し、手のひらを顔の前で上に向ける。前の席に座る彼に笑顔を見せ、やや小ばかにした感じで続ける。

 「あれだ! そうそう…スプーン曲げね」


 目の錯覚だろうか、ロクロウの瞳がギラギラ光ってきたように見える。


 「それなら、このおじさんもサイキックだ。ほら、見てて」


 そう言いながら、モリヤがテーブルに置いてあるスプーンを一つ取ると、クルリと回し手の中でいとも簡単にぐにゃりと曲げた。続けざま、フッと息を吹きかけると元に戻り。再び手で一瞬覆うと今度は柄が捩じれるように曲がっている。

 テーブルにコンコンと当て、確かにすり替わってなどいない、硬いままだと示す。 


 「おおっ~」と、小さく感嘆の声が見物人から漏れる。彼の慣れた手際で、確かに硬いはずの金属が飴のように柔らかくなったように思われた。

 メインディッシュの肉料理を運んで来ていたメイドのウルフィラなどは、一番純粋にびっくりして思わず作業の手が止まっていた。

 

 「どうかな? タネも仕掛けも無いよ。ねぇ、君と同じ力……」


 モリヤは言葉に詰まる。


 ロクロウの瞳が明らかに光っている。


 「サイコ・ファング!」


 映画の特殊効果を見ているのか? 少年の肩の辺りから、淡く青い輝きを見せ揺らめく腕が伸びた。モリヤが曲げたスプーンを掴み取り、空中で光る大きな拳が握りつぶす。ガシッガシッ! ガシッガシッ! 鉄のスプーンは見る見るうちにクルミ程度の歪な鉄球になり床に落ちて数十センチ転がった。


 その場の全員が驚きで声が出ないまま、その輝き揺らめく魔獣の腕はモリヤの首をつかみ天井近くへ吊し上げる。


 (サ、サイコ……なんだって!?)


 意味もなく少年の言葉の意味を考えかけていた、そんな彼の意識が急速に霧に覆われていく。


 「ウッ、ぐががああぁっ」


 「何が……同じなの? おじさん……」


 ロクロウが小首をかしげ、そう言うと、笑い出した。


 光増す少年のサイコパワー。モリヤの首筋に血管が浮き、顔が赤く充血する。誰もが、最悪の結果を予感した、その時。


 「坊や、もう止めなさい」

 黒いドレスの老婆、クナ・スリングが少年の後ろに回り首筋にナイフを当てていた。


 「……!」

 ロクロウは心底驚く。今の今まで全くその動きに気が付かなかったからだ。


 「せっかくの初めての晩餐に……生首を二つ並べる事はないでしょ」

 冷酷な暗い瞳で見つめる婦人。


 「そっそうです! 後の掃除が大変です!」

 突っ立ったままだったメイドが思いのほか大きな声で言った。


 少年は、少し考えるような顔つきをして

 「……あぁあ、そうだね。お肉もまだ食べてないや」

 ペロッと舌を出しそう言うと同時に、吊るされた男がドサッと床に落ちた。


 「げほげほっ」

 執事が抱きかかえに行く、大した事ないとモリヤは手で制し立ち上がった。


 「ごっごふっ、……い、いやあ申し訳ない。ロクロウ君! 君、確かにスゲェ力だよ!   おっ…御見それしました…よ…………」


 「だから言ったじゃん。神だって」

 少年は事も無げにモリヤのことは無視して、肉に頬張りつきだした。

 モグモグさせながら思い出したように言う。


 「ンぐ……この肉うまい~……ん……、おばあちゃん? すんげぇ素早いんだね……チョット驚いた、ほんのチョットだよ……。まあ……ナイフじゃあ~効かないけどね~ほらっ見える? おいらのサイコ・アーマーが!」


 少年の体が、さっきの光の腕で見せた淡い輝きに覆われている。


 「24時間起動中だよ、寝てる時でも~おいらって無敵じゃん……」


 いつの間にか元の席に戻っているスリング婦人は呟くように返した。

 「はぁん……そうなのかい…これ以上つまらないいざこざで、この婆さんにビートを刻ませないでおくれ、年なんだからねぇ」



 ミスターモリヤは首を軽く回し、服装を整えると席に戻る。


 本当は、腰から砕けそうになったが、最大限の精神力を総動員して耐えた。


 (何がサイコなんたらだ? ふざけやがって、コミックヒーローの必殺技でもあるまいし……ちっ、気に入らないな……やっぱり。…………この集まりは)


 彼は怒っていた。

 それは……人を殺す事をも厭わない生意気な少年が、強大な力をひけらかしみんなの前で自分を辱めた事でも、皆殺しにして金を独り占めするなどという、道徳ある者の発想とはとても思えぬ宣言をした事でもない。


 (この餓鬼は言っていた全員を殺せば100億円以上になると……)


 モリヤの顔に邪悪な影が差す。


 (おいおい……そりゃどういう事だ? 計算が合わないじゃあねぇか……)


 (私の査定額は8億1891万だと言うのに!!


 …………


 クソガキ共はいくら提示されてるんだぁ?)


 彼の計算は正しかった。彼の査定額は最低だったのだから。



 「オホン! では、最後は私の番ですか……」

 大げさな身振りを交えて立ち上がると彼も自己紹介を始めた。先ほどあった揉め事が嘘のように、努めて平静平常に。


 「もう、ご存知かもしれないですし…………あ? もしかしたら……私の姿をメディアで既にご覧になられた事があるかもしれませんねえ。そうです! メンタルマジシャンとして数々のショーで主演を務めさせていただいている……ミスターーーモリヤです!」


 高らかに名乗りを上げた男は、腹立たしい思いを抱きながら、食卓を囲む異能者たちを下し見る。

 果たして依頼された事を実行する価値があるのだろうか、そう問いながら。

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