第6話 堕天使


 「スピーカー!?」


 静々とテーブルに着席していた招待客の戸惑いをよそに。晩餐室に設置された、目に見えない複数のスピーカーから、謎の主の声のみが室内に流れ続ける。


 『遠路はるばる、このような小さき果て島に起こし下さり、誠にもって光栄至極』


 僅かに興奮が抑えきれていない。声の主は心の底から喜んでいるように聞こえる。


 『既に皆様に御送りした招待状にて、前代未聞の歴史的な集いの主眼は御知らせいたしましたが、今一度改めて申しておきましょう』


 数人が自分へ届いた招待状を手元で検めている。


 『此処に集まりの皆さまは……全て偉大なる才能の持ち主。……フフフ……ハハハッ否! 否! 才能の枠には収まりきらない特殊な能力! 業前を御持ちの皆さまです』


 集まった者が各々の顔を窺う。

 異能力、特殊能力。決まった呼び方も無く、すべて解明された力という訳でも無い。だが確かに現実に存在する……。


 それは特異な遺伝子。


 その発現により与えられた一人一つの、神のビヨンドスキル。


 そんな力について噂程度の話でしか聞いたことの無かった探偵マーヴェルは、主人の言葉でもって実際に耳にし、じわじわ湧き上がってくる感情、今までに無い興奮を覚えた。

 (おお! ここで今、テーブルを囲んでいるみんなが! う、うん…………まあ……どうだろう? 僕の場合、特殊能力というより、只の天才……だけなのかもしれないけどねぇ)


 『そのような素晴らしくもユニークな者同士が一堂に会し、親睦を深め、何かとてつもなく面白いことを! 素晴らしきことを巻き起こして戴きたい! とかく、あまりに優れた故、あまりに神に愛された故に……現実社会では孤独を感じてしまう…………そんな不合理極まり無き不幸にピリオドを打って欲しいのです』


 あり得ないほど奇妙な夕食会での、あり得ないほど奇妙なスピーチではあったが、この言葉を聞いた時、食卓を囲むすべての者が確かにシンパシーを感じた。

 孤独……そのワードは稲妻、外せない鎖のようにハートを結びつけた。


 この島を訪れた者たち。彼らは何故このような冗談ともいえる非常識な招待を、受けたのであろうか?

 常識ある者なら思うだろう、見ず知らずの人物の所有する聞いた事もない島へ、のこのこ行くはずなんて無い! 考えられない、と。


 だが、この時生まれた共感が、その答えの一つにならないだろうか? 大きな一つに。


 電話もネットも繋がらない絶海の孤島。


 誰とも繋がり続けない。


 誰も気に留めない、そんな彼ら……。彼らは一人ぼっちでやって来た。



 見ず知らずの何者かの……声は続く。

 『最後に……この件につきましても、招待状の追伸にて記しておりますが、改めまして……』


 気のせいか主人の話すトーンが少し変わった。


 『誠にもって失礼かつ差し出がましい申し出ではあります。しかし、私の気持ち、敬意を込め、皆様へのご足労に際し対価を御支払いしたく思っております。……僭越ながら能力の査定額という形にて提示させていただきました』


 マーヴェルへの招待状にも、記載されていた。その額、なんと10億円弱。


 (せっかくならキリのいい10億円にすればいいのにぃ)

 クリスがコソッと言ってくる。


 (おいおい~簡単に言うな~分かってるのか? 億だぞ億……ったく……十数万の毎月の家賃にさえヒィヒィ言ってる我が家だってのに)


 「ほんとだな、足りない額……これはきっと、お前の分のマイナスだ」

 探偵はうるさく反論してくる助手を無視してスピーカーからの声に集中した。


 『さらにここで付け加えるなら…………この孤島でのしばしの有意義な生活を御過ごし頂けた方、つまりは一週間此処に滞在して頂いた方へのみ、お支払い致します。明日から数えて7日後の朝、……次回は最後のお別れの朝食で楽しい語らいを行いましょう!』


 ブツ、ブツ、ピィー…雑音、主人の声が静まった部屋に響く。


 『…………もし、途中で去ってしまった場合、その方に御渡しする予定額は留まった方へ分配いたします。…………平たく言えば……いなくなった人の取り分は、残った人で山分けだという事であります』


 「…………」

 不穏な空気。


 (一人いなくなれば……取り分が一億増える)


 『では…何か質問など特になければ、裏方であります私は舞台裏へ引っ込みます……』



 「殺しちゃってもいいの?」


 !!! 恐ろしい質問を口に出したゲストへ険しい視線が集まる。


 「殺しちゃって、み~んないなくなれば……100億円以上手に入るじゃん、おいら」

 無邪気な笑顔を見せ少年は言った。


 『ハッハッハハ……これはまた面白い事を。……この集いの趣旨ではありませんし……私もその様な事は望んではおりませんが…………。がしかし、どの様に一週間を御過ごしになさるかは自由! 法の下で裁かれる事、もしくは裁かれぬ事を承知し、責任は全て御自分に……それは忘れずに』


 「ぷっ、はははっ。冗談、冗談だよ~、おいら大金なんか興味ないし。あ~……ただ言っとくけど、法律? そんなの知らないよ」


 事の善悪をまだ知らない無知な子供、ロクロウはそうでは無い。確かに法の知識はなかったがそうでは無い。



 荒れ狂う嵐の中、小さな小屋で身を潜める登山客のように重苦しい緊張感。


 ただ一人、西海岸の暖かな日差しのビーチで寛ぐ少年は眠気さえ漂わせ言う。


 「シラヌイのおじさん? もう長~い話は終わりにしてご飯にしようよ、お腹減った」



 タイミングよく執事とメイドが厨房からスープを運んできた。


 『それでは先ずは、今宵の御食事を楽しみください』


 ブツッ。スピーカーが振動を止めた。



 執事のクロミズが夕食について話す。

 「あいにく給仕する者が、わたくしとウルフィラしかおりませんので、フルコース……ではご用意できません。ポタージュ、メインに肉料理、サラダ。食後に紅茶とデザートのアイスとケーキをお出ししたく思います」


 おいしそうな臭いを漂わせたスープが順々に食卓に並べられることで、若干、張り詰めていた雰囲気が和んできた気がした。


 探偵が、チャンスとばかりに話し出す。


 「みなさん! 食事を楽しみながらもうちょっと~楽しく! そろそろリラックスして行きましょうよ。まずは自己紹介でも始めませんか?」


 まだ反応が悪い。幾人かはマーヴェルの方を見て、幾人かは無言でスープを飲み始めた。ばつの悪い思いをしながらも話し出す。


 「で、では、まずは僕から。え~皆さんの中にもご存知の方がいらっしゃるかもしれませんが……探偵をしております。……そう! あらゆる難事件を、覚醒バリバリの灰色の脳細胞が超絶推理で『経緯はこうです』なんて即解決しちゃう、見た目も中身もなかなかの名探偵マーヴェル! …………えぇ……あえて能力は? と言ってみますと……、フィクションでしかありえぬ探偵をリアルに! それが僕であります」


 スープをすする音。食器にスプーンが当たる音。ん? 何故だろうな~? それが非常に良く耳に入ってくる。


 「うわぁ~するっとスルーされてるわ……すべってるやん~恥ずかしぃ」


 マーヴェルは唇に人差し指を当て、余計なことを言ってくる助手のクリスに呟く。

 「しぃ~! 前にも言っただろぅ探偵の見せ場で口を挟むなって、お前こそ黙ってスープをすすってろ、も~う」


 恥ずかしいやら、苛立たしいやらで顔を赤らめ、小声になってしまいながらも続く。


 「只の推理の天才じゃあ~特殊能力的インパクトにも欠けますか? そうですか……。その上、僕の偉業をだあ~れもご存じない……ちぇっ、最近は世知辛いですねぇ。捜査機関もメンツってものがあるから、あまり公にしないんですかねぇ、僕みたいなコンサルタント的立場の人間の活躍は……」


 すねて無駄にスープを混ぜ続けながら、ブツブツと愚痴を言い続ける探偵に、みんなはより冷ややかな眼差しになる。


 マーヴェルの不手際、とまで言ってしまうと可哀そうだが、最初からいきなり止まってしまった自己紹介。

 機転を利かせて、執事が助け舟を出した。


 「わたくしは、クロミズ アキラ。シラヌイ様の執事として、皆様の滞在を精一杯サポートいたしたいと思っております。そしてこちらの女性が…」


 ふっくらしたメイドがその言葉にお辞儀をした後、彼に続けて述べる。


 「わたしはウルフィラと申します。至らぬところも多いと思いますが……メイドとして一生懸命頑張ります」


 ここで、やっと流れが生まれた。探偵の近くの席から順番に招待客が話し出す。

 探偵の向かいに座っていた痩せた老婦人。どこか魔女を連想させる貴婦人だ。


 「あたしの名前はクナ・スリング。今はもう引退の身だけど……昔は……そうさねぇ言ってみりゃ、しがない掃除婦ってとこかねぇ」


 次に探偵の隣に位置した、ブロンドの髪に透き通るような白い肌の美女。スリング夫人と共に彼女も同じ船便で島に来ていた。


 「……ふぅ……」少し長い溜息をついてから話し出す。


 「私はクガクレ アマコ。ただの女。……つまらない水商売女」

 そう言って退屈そうに、愛想の一つもない無感情な顔で周りを見渡したが、男性陣の関心の目は、紛れもなく彼女の美しさに引き付けられた。


 絶世の美女の前に座るスーツで決めたスマートな見かけで屈強な体の男、ラウンジで酒を飲んでいた外科医。魅惑的な彼女から目線を外すのに一拍置き軽く咳払いをして続く。


 「私はドクター・T。医者だ。外科医をしている。言わせてもらえば腕の良い…な」


 その後順番通りなら、美しい女クガクレの隣の若い男の番なのだが、オドオドしながら顔を真っ赤にし言葉に詰まってしまった。なかなか言い出さないため、外科医の隣に座る初老の男性が話し出した。


 「オオツ カズフサ。フリーでカメラマンをやってる。兄ちゃん、あんたは? 名前だけでいいんだぜ」


 オオツも探偵と同じクルーザーで到着していた。

 多少は話し安いようにと、同じく一緒の船に居た目の前に座る若い男に水を向ける。


 「…あっ……ぼ、僕はマーティ・アシモフ……です。いっい、一応……学生…です」


 口下手な様子でそれだけ何とか告げると、相当緊張したのか、カラカラの喉を潤すため慌てて用意されていたコップの水を飲んだ。



 いよいよ残すは、探偵から見て最も離れて座っている二人。

 スープをズルズル美味しそうに音を立てて食べている子供。ロクロウの番だった。


 「ん~? おいらの番? もう言っちゃったかもしンないけど、おいらの名前はロクロウ……ん、そう。ただロクロウ。で?」


 スプーンをテーブルに置き、席を立ち椅子に飛び乗るとみんなを見ながら続ける。


 「自己紹介って? たったそれだけ? もう~つまんないの」


 子供っぽい仕草で足をバタバタさせる。


 「何か特技は? 能力を見せてくんないの? ちぇっ、もったいぶっちゃって……内緒なの? マ~ジつまんねぇ」


 口の周りにスープの汁を付けたまま、純粋な瞳で問いかけるように大人たちを見る。


 「おいらは神の子。そう言っただろ?」


 ベロッっと口を舐め、腕で拭う。

 「そうさ! おいらサイキック!」


 両手を大きく広げ勝ち誇ったような笑顔、背中にどこまでも自由に飛べる羽があるかのよう。ロクロウ少年は叫んだ。

 「すんげぇンだぜ! マジ」

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