第5話 ホスト


 開け放たれたドアから入ってきた人物は、両手をポケットに突っ込んだまま仁王立ち、ハードロックシンガーがステージ上に登場し、崇拝する観客どもを歓喜の渦に巻き込む直前の間を楽しんでるかのポーズ。

 顎を少し上げ、広い玄関ラウンジに居たすべての者を明らかに見下すように、不遜な面構えで言った。

 

 「へぇ~……、みんなご苦労さん」


 ゆるりと首を左右に回らし、冷ややかな睨みを一人一人に向けていく。


 「わざわざ、おいらの為に集まってくれたの? 暇な奴ら……」


 その態度を受け、2、3人の表情が変わる。敵意を込めた視線。さらにそれ以上の殺意さえも。先ほどまでの無関心を装ったバリアは消滅しかけ、もはやここは張り詰め尖った空気が支配する空間。


 剣呑な匂いが立ち昇ろうとも、彼は思わずニヤリと笑ってしまう。


 無造作に刈られた短髪頭、ハーフパンツにTシャツ姿のその男、いや……その少年には、何も恐れるものはなかったのだから。



 彼を迎えに出ていた執事が部屋に入りお辞儀をして、メイドのウルフィラが玄関ドアを閉めた。ふとした間が生まれる。

 少年が到着する少し前に廊下からラウンジに入ってきた陽気な笑みを顔に張り付けたキザ男、モリヤ。彼が玄関に最も近く、半ば必然的に尋ねた。


 「あの、もしかして君が……招待主のシラヌイさんかい?」


 「はぁ? そう言うおじさん誰?」


 「いや~こりゃあ失敬。私はミスターモリヤと申します」


 質問者の3分の1ほどの年も経ていない少年は、少し片目を細め、モリヤという男をしばらく値踏みするかのように見つめると答えた。


 「おいらは神の子、ロクロウ」


 「…………」

 年上を敬う気持ちなど微塵も無く、生意気で、どこか不気味な10歳の餓鬼、その彼の眼差しに少し言葉がつまった。


 「……カミ? へぇ~」


 モリヤは円を描くような軌道で一歩一歩と歩みを進めつつ


 「井の中の蛙のーゲロゲ~ロ……カエルの子じゃあ無く?」

 少年に向け、両の手を顔の横でパクパクさせ陽気におどけてやじり返す。


 その直後。


 ガタガタッっと生け花を飾っている棚が鳴ったかと思ったとたん、バタンとモリヤの方へ倒れた! そして、上に載っていた高価な花瓶が飛んで


 …………執事の手に収まる。



 ??? 何かとても不合理!? 少し時を戻し今一度現象を辿ってみよう。この現実を理解するために。


 入口に置かれた生け花の飾り棚が地震でもないのに揺れた。左右のうち一つだけ、ミスターモリヤに近い方の棚が。

 棚は揺れ倒れ、上に載っている花瓶が奇妙な放物線を描いて飛びだす。まるで透明人間が其処に居て、瓶を持ち上げ彼に投げつけたかのように。


 これだけでもおかしい、とてもおかしい、起こるはずのない現象。


 しかしそれは、その後も続く。


 宙を舞う花瓶はモリヤに当たることも、床に落ちて割れる事もなく、執事クロミズの差し出した両手に受け止められた。


 ……言うなれば、その一点に花瓶が飛んで来るのが分かっていた、そう思わせる自然な流れの動作の中で。



 時の流れを戻す。

 花瓶を抱えたままの執事がスッと少年の傍に立ち、目の前で呆然とするモリヤだけにという事では無く、みんなに向けて告げる。

 「こちらは、ゲストのロクロウさんです。皆様と同じく」


 ヘリコプターで乗り込んできた最後の登場人物は、未だ姿を見せぬ謎の主人ではなかった。


 が、ラウンジに集まっていた先客たちに圧し掛かった重苦しい空気。屋敷の外からでさえ威圧オーラを感じさせた者へのモヤモヤした緊張感、目の当たりにした妙な出来事。

 異様な少年と笑い顔の男、冷静すぎる執事、彼らを中心にさらに密度が高まった部屋の暗雲は、執事のその言葉だけではまだ晴れない。


 「まあまあ、お二人さん。僕たちは殺し合いをするためにわざわざ集まったわけじゃないんですから~。そうつんけんしなくても」


 探偵マーヴェルが割って入った。


 「ミスターモリヤ、あなたも大人げない。仮にわざとでもねっ。僕を含めみんなの自己紹介も済んでいないんだし……時間はたっぷりある。主人のシラヌイさんがそろってからゆっくり行きましょうよ」


 同意のしるしに、おどけて肩をすくめるモリヤ。探偵の胸ほどの背丈の少年ロクロウは無言のままじっと見上げる。マーヴェルは優しく笑って、少年に言った。


 「ロクロウ…君。カエルの子はオタマジャクシ、じゃあ神の子は何だ?」


 「? なに???」


 探偵の想定外の言葉にわずかに戸惑った、ロクロウの瞳が反抗的なギラギラしたものから一変、子供っぽい好奇心でいっぱいのキラキラした目になる。



 ゴーン、ゴーン。鐘の音が聞こえる。


 メイドが倒れていた棚を立て直す。すかさず元あった場所へ花瓶を整え置いた執事。些末な事を済ませると客人の方へ振り返る。彼の声が玄関ホールに響き渡った。


 「さあ皆様。主人シラヌイが夕食会にてご挨拶を致したいと申しております。どうぞ晩餐室、ダイニングルームの方へお集まりくださいませ」



 先導する執事のすぐ後に続き、探偵達は今いるラウンジの右側の廊下でつながる、一階のダイニングルームへ歩き出した。


 マーヴェルは考える。

 (あの少年は、やっぱり屋敷の主人ではなかった。年齢を考えても、まあ当たり前か……しかし、他の招待客と違い空からやって来たが? 特別な事情があるのか……もしくはスペシャルゲストという扱いなのか)


 ヘリが遠ざかっていく、ローターが風を切る音が小さくなる。


 これで空路も断たれた。


 「あ~あぁ、何、あの子だけ~。うちもヘリに乗りたかったわ……」

 自称、探偵の助手のクリスが悔しそうにマーヴェルにつぶやく。


 「子供は特別なん? そしたらうちもや! えこひいきやな~このパーティの主人は」


 マーヴェルは後ろに続く招待客を一度振り返ってチラッと見た。

 (言われれば……ロクロウはクリスと大して変わらないのか? でもなぁ、大きく違う点がある! お前の方は招待されちゃあいないぞ!!)


 晩餐室に入った。

 (いよいよ会えるのだろうか? 主人に)



 煌びやかな室内。広い大部屋の中央に、すでに食器などが並べられた長テーブルが置かれている。招待客達は適度な間隔に用意された席に順々に着席していく。

 

 執事とメイドを含め11人。


 ついに全ての役者がそろった。



 キーーーーン、ガッザザザ……。ハウリングを起こしたような雑音が何処からともなく部屋に響いた。


 若干違和感のある、機械で作られたかの様な合成音めいた声が天から降りてくる。


 「ようこそ! 皆さんお集まりくださいました」



 「私が、主催者であるシラヌイです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る