第4話 外科医
巨大なシャンデリアを中央に吊った豪華な吹き抜けの玄関ホール。出入り口ドアのある小空間、フードを抜けた先は来客が自由にくつろげる場所にもなっている。
そのラウンジの壁際に置かれた、ほど良い弾力ある本革張りのソファーに足を組み深く座る男。
外科医、ドクター・Tは、シャンパンの注がれたグラスを片手に、心の中で愚痴っていた。
(はぁ? 俺はどうして招待を受けた? ……しかも、こんな早く来てしまった……まったく…とんだ気の迷いを起こしちまったもんだ)
シックなブランド物のグレースーツに身を包んだ体は、余分な脂肪など見当たらない中量級ボクサーのように鍛え上げられた体躯。短めの黒髪をオールバックにまとめている、ストイックさがにじみ出るような冷淡な顔つき。
「ちっ。お喋り野郎と下らない話をする為に来た訳でもあるまいし……」
思いが口からこぼれ、早くも後悔の念が湧き上がる。
そのドクターと同時刻にこの島へと降り立ったのは、派手な明るいワインレッドのスーツで決めた見るからにキザ男。口の方も達者で、船旅の間は個室に分かれて居たため難を逃れたが、屋敷に着くや、やたらと話しかけてきて彼を閉口させた。
(手品師だか詐欺師だか知らないが、興味も無いつまらん話ばかり。さすがにいい加減「赤」が目に痛い……)
医者は少々強引に話を切り上げ、一人で落ち着きたいのでと、うるさい男を追い払うとようやく何処かへ消えていった。
その後は、招待客そろっての夕食会までまだ時間があるという事で、する事もなく手持ち無沙汰。普段はあまり飲まない酒だったが、使用人の女、頭の鈍そうな太ったメイドに出してもらった。
(食前酒に、まあ軽いワインかビール? 何でもいいので悪いが持ってきてくれと言ったら……なかなか良いシャンパンを持ってきた)
ドクターに頼まれた、メイドのウルフィラはにこやかに返事し、地下のワインセラーから運んできた。
「わたしは良く分からないので……お気に召さなければ他の物を持ってきます」
そう言ってボトルを3本、グラスと共にサイドテーブルに置いた。
お辞儀をして離れる彼女を冷たく見ながら(まあ…そうだろうな、お前のような者に高級な酒の知識もあるまい)ボトルを回しラベルをそれとなく読んでみる。
「ドン…ペリニョン。ほお……ロゼにゴールドか?…………」
どうやら、世に言う高級シャンパンの代名詞「ドンペリ」のボトルだ。
「フフフ、いくら上客とはいえ……着いてそうそう、よりにもよって高い方をチョイスしたってのも、がっついた酒飲みのようで卑しく品がない。こっちのホワイトにしておこう……」
白い瓶の封を開けそそぐ。グラスで踊るきめ細やかな泡が喉の歓声を煽る。
「まあドンペリの白なら数万程度と言ったところだろ……」
そんな経緯で、外科医が玄関ラウンジの椅子でゆったり酒を味わっていると入口が騒がしくなった。数名の男女、探偵マーヴェルと同じ便でやってきた招待客が入ってくる。
(あぁ……、残りの呼ばれた客どもか? 少なくとも奴らと同じ、午後の船で来るべきだったな)
豪邸のラウンジに無言で散らばる彼らをそれとなく見ながらドクターは思った。
(ゲストはこれで粗方揃ったようだが、肝心のホストの御姿はいつ見られるんだ?)
メイドに聞けば知らないと言い、執事に問えば「恐れ入りますが、もうしばらくお待ちを」と答えをはぐらかされた。
(フフフ、まあいいさ。俺にとって「真実はいつも露わ」なんだから……)
ドクター・Tは口元に笑みを浮かべ、3杯目のグラスをグイっと飲み干した。
探偵が最後に屋敷に入ると、ウルフィラがドアを静かに閉めた。
初めて島に足を踏み入れた時のように、静かに見渡す。フード部分には屋内に続く側に外開きのドアがあるのだが、開けたままになっている。季節や時間によっては閉めるのであろう。
そのまま進むと、建物中央をいっぱいに使ったとても広くゴージャスな玄関ラウンジだ。様々な置物、絵画が飾られていて、入ってきた入り口の左右にもアンティークな飾り台に置かれた、高そうな花瓶に生け花が美しく鎮座する。
正面に目を向ければ、突き当りには上への階段、T字状に分かれ上って行く。左右は廊下が伸び、その先には大部屋があるようだ。
先に入ったみんなは、各々分かれて落ち着く。白髪を綺麗に結った黒いドレスの老いた貴婦人、若い金髪の美しい女はそれぞれ手前の方のソファーに座り。初老の無骨な男は背中のバッグを下ろし、壁に背を持たれかけて腕を組み立っている。若い青年は相変わらず恐る恐る周りを見た後、ようやく階段の端に遠慮気味に腰かけた。
マーヴェルはとりあえず、ラウンジ中央へ歩き出し考える。
(これで全員? ではそろそろ、みんなへの華麗なる御挨拶が必要かな)
階段の方へ向かいながら、俯いて座っている青年と、逆方向の奥のソファーで酒を飲んでいる同じ船で見なかった男を観察する。
(……主人ではない、先客もいたという事か……)
「うわぁ……あのおっちゃん、さっそくお酒飲んでる~」
クリスがこっそり囁く。
「高っ! みてみ…あれ、開けてるビン、レアなやつや1万ドルはするんちゃう?」
「しっ……飲めないお前が、酒に詳しくなくていいから…………」
また、いらぬ掛け合いが始まりそうになった時。廊下側からまたもう一人、船に乗っていなかった派手目な赤紫色をしたスーツの男性が、満面の営業スマイルを浮かべながらラウンジへ入ってきた。
「おやおや、すっかり賑やかになってきたね。私はモリヤ。この素晴らしいパーティーに御呼ばれいたしました特別ゲストでございま~す。な~んてね、やあ! 皆さんよろしく!」
モリヤと名乗った男の他の皆とは数段違うテンションに、反応が薄い。目を向けはするが挨拶を返す者が居ない。両手を大げさに上げ、肩をすくめ首を振るモリヤ。
モリヤにはタイミング悪く、ぶつぶつ呟きながら空を見つめ思考モードに入っていたマーヴェルも、陽気な男の相手を受け入れられる状態ではなかった。
「招待客は、既に居た二人の男、同じ船の男女が4人、そして僕を含めて……7人というわけか……………はいはい、黙って…クリス………」
探偵がうるさい外野のヤジを無視しながら、考えを整理していると…チラッと何か煌きをとらえた。窓だ。外からの光。
「!?」
バラバラバラ………風を切る音が聞こえだす。
バラバラバラバラバラバラ、あっという間に大きな音になり、今までの静寂をぶち壊す。部屋にいる客がそれぞれ顔を見合し、緊張が走る。この爆音の発信源はヘリコプターだ。誘導するサーチライトの光線が窓に反射したのだ。
バッバッ、バッバッ………、ヒュンヒュンヒュンヒュン………風切る音が徐々に小さくなる。間違いなくヘリポートにヘリが降り立ったのだ。
数分、静かに流れる時。
当たり前だが、ラウンジに居る招待客達の位置からは、建物の壁に遮られ誰の目にも外の景色は映らない。されど自然と視線が玄関ドアに集中。
ドッドッドッドッ…何者かが館に近づいて来ている。
誰言うとなく共通の思い「我々を呼び集めた謎の招待主」ついに、と。
霊感を持つ異能者など一人も居ないというのに、確かに皆…すべからく戦慄すべしと思わしめるほどの強烈な圧を感じていた。
そして、重い扉が弾けるように開いた!
このバトルロイヤル、無慈悲遊戯のラストアクターが登場した。
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