第3話 メイド


 メイドのウルフィラは屋敷の前でクルーザー船からの客を待っていた。健康そうな褐色の肌、女性にしては少し背が高くがっしりしている。


 「はぁ」肩を落とし、思わずため息が出る。


 (全員でお客さんは何人だったかしら……、皆さんのお世話をするのは、わたししかいない。ちゃんとこなせるのかしら、心配だ……)

 様々な心配事、不安が頭の中をぐるぐる回る。


 お腹のあたりに両手を当て、今一度背筋をピンと伸ばし、気合を入れ直す。


 「ダメダメ、しっかり仕事をやり遂げよう」



 街路灯や庭園灯はまだ灯っていないが、だいぶ日も陰ってきた。そろそろ午後5時を過ぎる頃である。


 目の前に広がる庭は、それほど特筆すべきことの無いありきたりなもので、急造感のぬぐい切れない造りだが、背後の大きな館はなかなか細部にまで凝った造形を施し、お金をかけた豪奢な建物だった。

 館の見た目、タイプとしては城屋敷というよりホテル。ヨーロッパ洋式建築の老舗の高級ホテルといったイメージだった。事実、客室が12室ほど用意されている。その他、敷地内には倉庫や自家発電のためのガスタービン施設を収めた建物もあった。


 此処の主は、まぎれもなく大富豪である。それも超の付く。



 メイドの目に、招待客達の輪郭がはっきり見えてくる。ちょうど庭園の一角に設けられたヘリポートの横辺りを進んで来る。


 今回の招待客の一団にはウルフィラよりも若い人もいるようだ。

 彼女は、もしかしたら気兼ね無くお喋りできる人もいるかもしれないと少し期待した。

 (一週間ずっと気難しい人ばかり相手だと、プレッシャーに押しつぶされそうだ)



 玄関ポーチ(この島に車はないが)いわゆる車寄せに客人がついに到着された!

 「ようこそ、ようこそいらっしゃいませ。どうぞ」

 精一杯明るい元気な声でそう言うと、丁寧にお辞儀をし、ドアを開け、次々に玄関ラウンジへ招き入れる。


 軽く頭を下げ応じるが、何を思うのか感情の読み取れない男。全くこちらを見向きもしない美しい女。目を合わせず下を向いたまま、おどおどと通り過ぎる若者。丁寧なお辞儀を返してくれたが、何か冷ややかな老婦人。

 結局、誰一人言葉を交わす客はいなかった。


 (ふぅ。これで最後の方だったかしら??)とメイドのウルフィラが思い、今一度庭を見やると、複数の人影。


 執事と共にしんがりの客、探偵が現れた。

 「やあ! どうもどうも。お出迎えをありがとうメイドさん。お名前は?」


 ウルフィラは思わずにっこり笑って答えた。


 「ウルフィラと申します。わたし達、皆様のお世話を精一杯務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 側にいた執事はドアの前で一時、足を止め何か口を開きかけたが考え直し、軽くメイドに頭を下げそのまま建物の中へ向かう。



 「僕は、名探偵マーヴェル。以後お見知りおきを! ウルフィラさん」

 帽子を取り、ややオーヴァーにお辞儀をした。一瞬、面食らったが…その感覚は瞬時に吹き飛ばされた。


 「うちは! うちは、超絶パートナーで、ビヨンド相棒な、めっちゃキュートなクリスやよ~(ハート)」

 ぴょんぴょん飛び跳ねて注目を煽る。


 「分かった分かった! クリス。も~う止めてくれ。僕が毎回挨拶をするたびに、こうされちゃあ、時間がいくらあっても足りない! 全招待客の前で何度も繰り返す気か? この漫才ごとき赤面物の挨拶を」


 「ぶぅ~。だってぇ、うちだって招待されたんやもん!」


 「それは違うぞ! 正確には、招待されたのは僕だけだ。クリスはおまけ、それもまだ了解を取っていな~い。これ以上煩わせるなら、帰らされるぞ。頼むからもう少し立場をわきまえ、静かに! ね、お願い!」


 「もう~……ちぇっ。うん、分かったわ。超お淑やかに付いてく……」


 肉付きの良い小麦色の両手を胸元にあげ、まあまあといさめる動作でウルフィラは優しく言う。


 「大丈夫ですよ。クリス? ちゃん? ご主人様の了解はとっております。どうぞ起こし下さいました」


 メイドも執事と同様、この名探偵マーヴェルの事は知らされていた。

 知る人ぞ知る人物、捜査機関界隈では探偵の中の探偵と言われ、超絶探偵、ビヨンド探偵という異名を持つ者としても有名人らしい。

 (私にとって……カギとなる人物……)


 (今回のお仕事を無事やり遂げる助けとなってくれる……人……か…な…)


 探偵は、こちらに熱い視線を向ける純粋そうな女性、メイドのウルフィラをじっと見つめる。

 年は二十歳そこそこだろうか、滑らかで褐色の肌、丸っこい童顔に……丸っこい…体型。170センチ弱の探偵よりも少し高い。同じ船に乗り合わせたドレスの若い女は、だれが見ても十人が十人とも美人だと口を揃えて言うであろうが、彼女はお世辞にもそうは言われまい。


 デリカシーという文字の刻まれた辞書を持っていない、お喋りな引っ付き虫が囁きかけてくる。

 「なあなあ、このメイドちゃん、めちゃ太ってるなぁ」


 「ばばばっバカ~、しっつれいなことを口にするな~おっ、お前は子供か!」

 斜め下に顔を向け、焦ってオニの顔にチェンジしながら口の動き全開で答えるマーヴェル。声には出さない。


 この状況を面白がる、お茶目で悪戯なクリスは続けて、別(メタ)空間での寸劇を始めた。

 「ぷぷぷ、想像してみ~」


 は~い、『若奥様の集まる公園にて、妊婦ママさんに連れられた子供』やりま~す。


 そこに『お昼時に通り過ぎる、お腹パンパンのOLさん』てくてく横通りま~す。


 いかにも純粋無垢なのといった風に、ちょこっと小首をかしげて

 「あ、ママといっしょ~、ねえねえ、おねぇ~ちゃんは……いつ生まれるの?」



 「わわわわ!」子供のしつけは常に言葉で諭すべし主義の探偵も、さすがに実力行使、手が出てしまう。慌てて口を塞ぐ! フガフガッ。

 そぉーっと、かなり失礼な中傷を受けた女性を恐る恐る見る。


 幸いなのか、彼女の耳にはすべての会話が届いていないようだった。


 何とか今まで、最後尾のお喋りなゲストを、目をクリクリさせ戸惑いながらも、にこやかに接待していたメイド。

 豆鉄砲を食ったように数度パチパチ瞬き…………やがてハッとして口を開いた。


 ぐっと眉をひそめ!

 「いっ、いいかげんに…………




 ……せんか~い!」


 「このわたしが? 赤ちゃんですって!?」

 大げさに確かめるようにウルフィラは自分の太っ腹をぷにぷにする。


 「ほ、ホンマや。2、3人おるワ~…………うふふ、ふふふっ」っと笑った。


 つられて探偵も笑顔になった。



 そのホッとした束の間で、マーヴェルの脳はめまぐるしく思考する。


 (ああ~なんて事……クリスには決して悪気はないんだ! ただただお頭の回路が未熟なだけ……むむむ! だけど、どうした? いつも以上にお喋りが過ぎる。……バカンス気分で、テンションが上がってるからなのか……、それともこの島、今回の舞台が…いかにも……いかにも探偵心をワクワクさせる絶好の舞台だから? ウルフィラ、並の容姿の太った女……確かに……通常のセレブな大富豪なら、もっとグラマラスな美女を揃える、外見の美しい使用人を選び雇うのでは? なんといっても彼らには見栄が最重要なのだから。それなのになぜ…………いやいや、彼女には補ってなお余りある愛嬌、何より素敵な思いやりがある……明るく寛大な大人の対応。……ああ~すまない、愚かな固定観念の呪縛に、この名探偵が……陥るなんて)


 マーヴェルは首をちょっと傾げた後、口元に手を添えるとぶつぶつ呟いている。

 そして、打って変わって何かを思い出したようにポケットをいくつか探る

 「あれ、どこだったかな……。そうだ、ウルフィラさん。招待状を見せなきゃ?」


 メイドは大きく首を振ってはっきり答えた。

 「いえ、結構でございます。間違いはありませんので」



 探偵マーヴェルは、この不可思議な集まり、催し物のホスト補佐が、なぜ彼女だったのか? 彼女と数日接し内面をよく理解するうちに知ることとなる。



 ウルフィラは両開きの玄関扉に手をかけた。


 キィィー……ドアが開き、夕闇迫る外界を漏れ出る光の粒子がキラキラ照らす。


 「ではどうぞ、D.M.シラヌイ様の世界へ」

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